Minority Town(4)
彼女は耳が遠いので(ひょっとすると全く聞こえないのかもしれない)、僕らは彼女とコミュニケーションを取るために筆談をしなければならなかった。
「ここにイケダタカフミという少年が連れてこられてはいませんか」「いいえ」
「セレクトベルの質問にあった条件を満たしたものというのは、イケダタカフミという少年ではありませんか?」「知らない」
「この劇場にこの街の町長はいる?」「いる」
「町長に会わせてもらえませんか?」「それはできない」
僕は筆談を続けるうちにだんだんとムカついてくる。
ホテルマンに言われたとおりに歩き、古いながらも大きな劇場に入ると、すぐ横にある受付に座っていた女性――彼女は対応こそ親切だったけど、行動の端々から僕らを歓迎していない意思のようなものが感じられた。
僕はペンを持った腕を動かしはじめる。
「人の弟連れ去っておいて調子に乗んなよ、いいから早くここに町長連れてこいってば」
僕はにっこり笑って、そう書いた紙を差し出した。
彼女は僕の顔をじいっと見てからさらさらと紙にペンを走らせた。
「そこまで言うのなら、二階の町長室へどうぞ」
イケダを連れ、緊張しつつ老朽化した階段をのぼると、最初に目に付いた扉に『町長室』と書かれたプレートがかけられていた。一階が劇場になっていて二階にその他の必要な部屋を置いているのだろうか。僕はノックも無しにその戸を開けた。
町長室に入った僕が感じたのは衝撃でも恐怖でもない、ただ圧倒的な違和感だった。そこにあるはずのものがないとか、そこにないはずのものがあるとか、もはやそういった次元の話じゃない。圧倒的な違和感だ。
人はそういったものに出会うと、一瞬頭がくらっとするものらしい。僕は倒れないようしっかりと両足で地面を踏みしめた。
「私のこの姿を見て驚いたかい?」
彼の言葉に、僕はかろうじて頷くことができる。イケダは隣で絶句していた。
「どうして……そんな姿に?」
僕の問いかけに、まるで僕らを待っていたように町長室の真ん中に立っていた町長は声を上げて笑いはじめた。
その姿は世にも気味が悪く、もしイケダが隣にいなかったら僕はすぐにでもこの部屋を飛び出してもう二度とここへは戻ってこないことだろう。
「私の姿を見た人間は、だいたい君と同じようなことを聞くよ。こんな姿の人間を他に見たことがないんだろうね。圧倒的少数派、この街の町長にふさわしいと思わないかい?」
そう言う男の容貌を一言で説明するなら、小人だった。そしてそれはファンタジー映画に出てくるような愛らしいものでは決してない。
幼稚園児くらいの体に五十歳前後の頭髪の薄くなった男性の頭が乗った、今までどんな写真でも見たことのない姿をした男だった。身長はおそらく一メートルほどしかないだろう。体は小さいのに首だけが妙に太く、僕はそんなちぐはぐな体型に生理的な嫌悪感を覚えざるをえなかった。
「あ、あなたがこのセレクトベルに質問を送っているんですか?」僕は声を搾り出すようにしてそう聞いた。
「いかにも私がこの街の町長で、セレクトベルに質問を送っている」
小人はその小さな胸を張るようにして答える。僕には彼のそういった動作の一つ一つがひどく奇妙でアンバランスに思えた。
「今日の朝、僕らのベルにこんな質問が送信されました。条件を、満たしたものが現れた――って。これはひょっとしてイケダタカフミという少年のことじゃないですか?」
「よく知っているね、その通りだよ。ひょっとして君の知り合いだったかな?」小人はひょうひょうとした様子で言い、さらに続ける。
「んー、そろそろ結果が出る頃かな。彼がこれからどうなるか、君たちも興味があるよね。ちょっとそこで待っていてよ」
小人は戸惑う僕らを残して、部屋の奥に置かれていたパソコンの前へと向かった。
パソコンは小人にも扱いやすいようにしているのか、地べたにそのまま置かれていた。
集計の結果を出力しているのか、小さな指でカタカタと器用にキーを打つ奇妙な町長の様子を、僕はじっと見つめ続けた。イケダはというと僕の様子を横目で気にしながらも、やっぱりまだ驚きが冷めないようで口が少し開いたままだった。
「……くっ、くっくっくっくっ」
僕らの反応を楽しむように、不意に笑い出した小人。ただそれだけで、僕は聞かなくても朝の質問に対して出された結果を理解してしまう。
きっとイケダの弟のタカフミは少数決の結果、うんとひどい罰を受けることになったんだ。
「みんな意外と甘いよね、罰を受けるのが子どもだなんて知らないはずなのにさ。まぁ僕にとって……この街にとって、それはむしろ都合のいいことなんだけれど」
「タカフミはどこにいるんだよ!? そしてうんとひどい罰っていうのはどういうものなんだよ!?」
ほとんど叫ぶようにして言った僕の、その小人に対して持っていた感情は恐怖や嫌悪から純粋な怒りへと変わりはじめていた。
その歪みきった笑みを見ていると、いくつかの悪趣味な質問の内容を思い出すと、ぴくぴくとまぶたが痙攣するのが自分でもよく分かった。
「君は勘が鋭いようだね。君が想像している通り、少数決の結果、イケダタカフミ君にはうんとひどい罰を受けてもらうことになったよ。すぐに君たちのセレクトベルにも結果が届くだろう。どんな罰かは教えられないけれど、きっと君たちと二度と会うことはないだろうね」
本当になんでもないことのように、小人はそんなことを告げた。
「……!!」
僕の隣でずっと沈黙していたイケダが、何事かを小人に対して言おうとした瞬間だった。
まるでそのタイミングを見計らっていたみたいに、小人はその短い右腕を上げ、イケダの言葉を制すように言った。
「僕はこれでも町長でね、これ以上君たちに構っている時間はないんだよ。代わりといっちゃなんだが、今夜この劇場を使って君たちよそ者の歓迎会をするからぜひ来てくれたまえよ。劇場の本来の用途とは少し違うのだけれど、これも少数決で決めたことだからね」
「だ、誰が行くかよ。そんなもの!」怯えからなのか、そう言うイケダの声は震えていた。
それに対しあくまで余裕の笑みを浮かべたままで、最後に小人はこう言うのだった。
「まぁそう言うなって。来てくれないと、君も同じように攫っちゃうかもよ?」




