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Minority Town(3)

「あなたは私たちをかわいそうだと思いますか?」

「いいえ、僕はそうは思わない」

「それはどうして?」

「ずいぶん前に、母さんに――今はすっかり変わってしまった母さんに言われたんだ。目の不自由な人が白い杖をついて歩いているのを見て、僕がかわいそうって言ったときに。あの人は自分のことをかわいそうと思っているかしら? それすら分からないのに、あなたが勝手にかわいそうなんて決めたらだめよ、って」

「それは君の正直な気持ちなの? 母さんの言うとおりだと思った?」

「……いいえ。やっぱり僕は目が見えなかったり、障がいのある人はかわいそうだと思う。だって普通の人と同じように見ることが、聞くことが、歩くことが、食べることが、考えることができないなんて、そんなってないよ」

「君は正直だね……でも普通の人って?」

「え?」

「君は普通の人と同じようにって言ったけど、普通の人っていうのはどんな人のことなんだろう? 少し性格の変わった人や物分りの悪い人、見た目が醜い人なんかは普通の人じゃない?」

「そ、それは……」

「ふふ、ごめんね。いじわるな質問だったようだ。でもね、私は思うんだよ。障がいっていうのは馬鹿な神様が与えた試練なんかじゃなくて、ただの偶然でしかないんだ。宝くじのようなものだよ。君が当たらなかったのもただの偶然でしかない。そう考えるだけで、普通の人とそうじゃない人なんて分けて考えるのは少し難しくなる」

「ごめんなさい、そんなつもりで言ったんじゃあ……」

「いいんだよ、私は別に気にしていないし。もし誰かが障がいのある人間のことを怖いと考えるなら、自分はそれと違うものだと考えたくなるのは仕方がないことなんだよ」

「僕はあなたのことを怖いとは思いません。それどころか、とても優しいと思う」

「ありがとう。おかしな言い方だけど、この街は本当に興味深い。私のように障がいのある人間だけじゃなくて、ここでは多くのマイノリティたちが暮らしている。こんなに少数派の人間が集まる場所は世界中でここだけだろう」

「ここにいると安心する?」

「確かに、そう感じることがあるかもしれない。でも君や君の知り合いの誰かがもしここに住もうと考えているなら、一度考え直すことを勧める」

「どうして?」

「ここは、何も生み出さないから。ひと時の安心はあるが、いわば停滞し続けているんだ。若い人がこんな場所にくるべきではない。年寄りからの忠告だよ」


 それだけ言い残して、その名前も知らない老人は白い杖をつきながら階段を上っていってしまった。

 老人の姿が見えなくなってからも、階段の老人が見えなくなった辺りをぼうっと眺めていると、若いホテルマンがロビーのカーテンを一枚ずつ開けていった。

 窓から朝の光が入り込み、僕は少し目を細めてしまう。


 早朝にセレクトベルの鳴る音で目を覚ました僕は、そのまま顔だけ洗ってロビーに下りてきた。

 きっとまだ僕はホテルという空間に慣れていないんだ。あの部屋は狭くって、息苦しいったらない。

 そういえば今朝あのセレクトベルに届いていた質問――僕はあの質問の内容を思い出して、再び背筋がぞくりと冷たくなるのを感じた。


『バツヲウケルジョウケンヲ ミタシタモノガアラワレタ!

 ウントヒドイバツヲ アタエルベキトオモウナラYES

 ソウハオモワナイナラ NOノボタンヲ!』


 罰を受ける条件を満たしたものが現れた! うんとひどい罰を与えるべきと思うならYES。そうは思わないならNOのボタンを!――


 条件っていうのはセレクトベルの説明書きに書いていた、『ある条件を満たしたものには罰を与える』っていうあの条件のことだろう。

 どんなものか想像もつかない罰を与えられる誰かのことをかわいそうだと思うと同時に、罰を与えられるのが僕じゃなくてよかったと思った。それはとても自然な思考だった。まるで水が高いところから低いところに流れていくみたいな。

 ひどい目に遭うのが自分じゃなくてよかった。誰か知らない他人でよかった。

 そう思うのは恥ずかしいことじゃないけど、悲しいことなんだ。僕はふとそんなことを感じた。


「さてと」


 僕が腰を上げ、ようやく開いたレストランに入ろうかと思ったそのときだった。その声は相変わらず僕の聞きたくないタイミングを見計らうように、いつだって僕の元へ届けられるんだ。


「ここにいたのか、モリカワ君。大変だよ。朝起きたらタカフミがどこにもいなくなっちゃってるんだ!」

「と、とりあえず落ち着けよ」


 そんなことを言いながら、僕の胸はどくどくと激しく血液を全身に送り出しはじめていた。案外と回転の早い僕の頭は思い出していたんだ。朝早くにセレクトベルに届いていた、あの質問のことを。


『条件を、満たしたものが現れた……』


 とりあえず何も気づいていない風なイケダにそのことは言わなかった。言ってしまえば余計混乱して、話すらできない状態になるかもしれない。

 僕は興奮して鼻息を激しく吹き出して歩く後ろをついてイケダの部屋に入った。


「汚っ」部屋に入るなりつい口走ってしまう僕をキッと見て、イケダは言う。

「今はそんなこと言ってる場合じゃないって」

「でもさ……」


 その部屋のありさまは、まるで大型恐竜が暴れまわったあとみたいだ。ティラノサウルスだとか、トリケラトプスだとかが。

 僕らは部屋に散らばったパジャマやお菓子のかすを踏みつけながら、手分けしてタカフミがいそうな場所を探すけど、どこにもその姿は見当たらない。そもそもそこは人が隠れるような広さの部屋じゃあないんだ。


「やっぱりいないみたいだ」とイケダ。

「うん」とだけ僕。

「どうしよう?」

「どうしようって……。ホテルのフロントにいた人に聞いてみようか? 外に出るにはあのフロントの前を通るしかないみたいだし」

「そうだ、モリカワ君の言う通りだ。ちょっと聞いてくるから、モリカワ君はここで待っててよ」


 それだけ言い残して、イケダは走って部屋を出て行ってしまう。

 やれやれ、そんなキザったい言葉をつぶやきながら、僕はその背中を追いかけた。

 イケダの小さな背中は、兄弟のいない僕にはなんだか少し頼もしく見えたんだ。もちろんそんなこと、恥ずかしくて口には出せないけど。いつの間にか僕がイケダに対して抱いていた苦手意識も、小さくなっているみたいだった。

 ロビーに下りるとイケダがホテルマンに詰め寄っているところだった。慌てた様子のホテルマンの言葉が、二人のもとに駆け寄る僕の耳に届く。


「私どもは一日中ここに立っているわけではないので、弟さんがここから出て行ってもそれを見つけられるとは限りません。特に深夜の場合などは……」

「出て行った!? タカフミが僕に何も言わず出て行くわけがないだろう! タカフミは誰かに連れ去られたんだ! 見たか見てないかなんてもうどうでもいいから、一緒に探してくれよ。頼むよ、僕のたった一人の弟なんだ。頼むから……」


 イケダは今にも泣き出してしまいそうだった。

 イケダの心の中で、タカフミを連れて家を出てから抑え続けていた不安があふれ出しているのかもしれない。だってまだ僕らは中学生なんだ。本来ならまだ守られるべき存在のはずなんだ。

 まだ完全に信頼しているわけじゃないけど、友達の弟のピンチだ。僕がしっかりしなくちゃ!

 僕はイケダとすっかり困惑したホテルマンとの間に入ってから、ホテルマンに質問した。


「ひとつ聞きたいんだけど、このセレクトベルにはどこから質問を発信しているんだろう? 発信している人は誰か、でもいいけど」


 僕の発した質問に、さすがにホテルマンも冷静さを取り戻したようだった。


「セレクトベルに関しては、この街の町長がすべて取り仕切っています。彼はだいたい街の中心にある劇場にいるそうだけど、彼に会ったことがある人はほとんどいないっていう噂です。もちろん私も会ったことはありません」

「その劇場はここからどうやって行くの?」

「このホテルの前の道りを駅と反対方向に進んで、突き当たりを右に曲がると大きな建物が見えてきます」

「ありがとう。これ、少ないけど」


 僕はポケットに入っていた五十円玉を困惑するホテルマンに握らせると、イケダを引き連れてホテルを出た。

 劇場に向かって走っている間、イケダはほとんど口をきかなかった。この様子だとタカフミをさらった(可能性が高い)のが、あのセレクトベルの質問の送り主だっていうことに気づいているのかもしれない。

 僕はがむしゃらに走った、イケダを連れて。焦りはあったけど、昨日ぐっすり眠ったせいか天気が良いせいか、自分でも意外なほどに恐怖心はなかった。

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