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6番目の妃候補に捧ぐ最期の口づけ  作者: sen
第一章 内乱の日

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髪飾りの呪い


「あら、あなたはダガーを持っていないの?」


 皇太后の目が、イザヤの腰に向いた。

 ダガーとは、小姓らが装飾品として腰にぶら下げているダガーナイフのことだ。いつから流行しているのか知らないが模造刀なので、グリップの装飾だけに注力したダガーナイフは宝石が埋め込まれているものが多い。


「恥ずかしい話ですが、私の家は貧しかったので皆が持っているようなダガーは買えなかったのです」

「では、あなたにあげる物は決まったわね」


 皇太后はゴブレットなどを並べている棚から、頑丈そうな赤い箱を取り出した。箱には綿を敷き詰めた上に、さらに紫のサテンが敷かれており、細工の込んだ純金(ゴールド)のグリップに、やはり純金(ゴールド)の鞘(シース)のダガーナイフがそこに納められていた。しかも、グリップには緑柱石(エメラルド)が埋め込まれている。レブラーン帝国では、ダイヤモンド、真珠に次ぐ高級品と言われている宝石である。

 貴族の小姓らが持っているダガーナイフは、宝石が埋め込まれていると言えども比較的手に入りやすい紅玉髄(カーネリアン)や黒瑪瑙(オニキス)などだ。貿易でしか手に入らない上位の宝石は、首飾りや耳飾り、指輪などの肌身につける装飾品では見られることがあっても、道具などの粗雑に扱われるものは傷がつきやすいので、それらが埋め込まれているのは見たことがない。それに、田舎の貴族令嬢達が好きな純金(ゴールド)の重量に関しても、このダガーナイフの重量ならば誰にも負けないと断言できるものである。

 これは鑑賞用ではないだろうか。宝石好きの貴族の応接間などに、見てくれと言わんばかりに飾っていそうだとイザヤは思った。

 しかし皇太后は、誰の目にも触れないところに仕舞っていた挙げ句、それを傷がついてしまうかもしれない装飾品として下賜するのだから、やはり皇太后ともなると財力の水準は計り知れないと思った。


「これをいただいてもよろしいのですか。貴族でも、これほど立派なものは持っていませんが……」

「いいのよ。私が持っていてもここへ仕舞っておくだけだもの。あなたが使ってくれたら嬉しいわ」


 イザヤは遠慮がちに言ってはみたが、実のところ受け取らないという選択肢はなかった。

 純金(ゴールド)には引力がある。人を惹きつけて離さない魅力だ。

 自分の手には届かないと思っていたときは興味さえなかったのに、くれると言われればどうしても欲しくなる。

 自分はこれほど欲深かっただろうかと、頭のどこかで冷静に考えているのだが、今このチャンスを逃せば、これほどの代物は二度と手にすることができないと分かっているから、心の奥底ではもう既にこの美しく耀くダガーナイフはイザヤの手中にあった。


「感謝いたします。陛下」


 イザヤは膝をついて、ダガーナイフを頂戴した。

 ずっしりとした重みを感じながら、これをつけた自分を想像した。

 今は平民でさえ能力があれば出世できる時代なのだ。まだ出世したわけでは無いのに、何かが殻を破って生まれたような気持ちだった。


「私は陛下のような立派な物をあげられないけれど、部屋に戻ればお父様が持たせてくれた貴金属が……」

「いいえ、ナタリー様」


 イザヤはナタリーの言葉を遮った。


「私はすでに十分過ぎるほどいただきました。これ以上いただくことは出来ません」


 あの金細工の髪飾りのことだ。

 このダガーナイフの方がはるかに値打ちは上だと分かるのだが、あのような細工品を初めて見た衝撃が大きかったからだろうか。

 イザヤにとって、あの髪飾りは特別だった。憧れという安っぽい言葉では説明がつかない。あれこそ手の届かない代物というより、自分のような者が触れてはいけないものだった。漆黒の髪色に飾られた静かな耀きは、存在感を際立たせていた。

 あれは、ナタリーだけのものだ。ナタリーだけが持つに相応しい細工品なのだ。それをナタリーは、ゾーイのために手放した。

 自分ならば、他人のためには手放せないのではと思った。

 そこが、イザヤとナタリーの格差なのだと思うと、いかに自分がちっぽけでつまらない人間なのかと恥ずかしくなる。


「けれど……」

「お気持ちだけいただいておきます」


 イザヤは深く頭を下げた。

 純金(ゴールド)は権威と財力の象徴なのだろう。

 田舎の貴族令嬢達が馬鹿馬鹿しく思えたところだったのに、自分も同じように純金(ゴールド)の呪いに取り憑かれていたのかと思った。

 権力さえあれば、財力さえあれば、不遇な目には遭わないだろうと。

 しかし、ナタリーと話しているとそういう考えが浄化される。安っぽい自分が恥ずかしいから、恥ずかしくない人間になろうと思わされてしまう。

 イザヤは今一度ダガーナイフを見つめた。

 先ほどまで、これをつけた自分を想像して誇らしく思っていたのに、亜麻布(リネン)の服につけたところで悪目立ちするだけで似合っていないと思い直した。

 ナタリーの髪飾りのように、日常使いに見えることが重要なのだ。

 高級品を身につけていても違和感がなく、値打ちの分からない者には気付かれないくらいが丁度いい。

 気付かない者は、その程度の者だということだ。

 イザヤは皮のベルトに鞘(シース)を通し、ダガーナイフを収めた。


 今はまだ悪目立ちしてもいい。いつか、このダガーナイフに見劣りしない階級まで昇りつめてやると思った。



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