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6番目の妃候補に捧ぐ最期の口づけ  作者: sen
第一章 内乱の日

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治療

「やはり大丈夫だな。命に別状はない」

「状況の説明が必要ですか?」

「ここにいる兵士らは垂直に飛んできた矢を受けている。空から降ってくる矢とは威力は別物だ。この付近では防具なしで背中に矢を受けた場合、貫通するか胸の皮一枚の下まで鏃(やじり)は到達する。そういう患者を診過ぎているせいで……言わば一種の思い込みだな」


 神官はそう言ったあと、ゾーイに「麻酔薬を飲めるか」と確認した。


 麻酔薬はマンドレイクの抽出液が主成分のものだ。

 野戦ではそれが不足するせいで代わりに強い酒を飲ませて処置するらしいが、麻酔薬ほどの効果はないため想像を絶する痛みだと聞いたことがある。

 そんな貴重なものを女中(メイド)に飲ませてくれるとは。


 ゾーイの頷いた気配が背中に伝わってきた。

 ひとまず地面にゾーイを降ろして、座らせるように支えると、神官はスプーンで麻酔薬を飲ませた。一口ずつ何度も口に運ぶので、イザヤは気になったことを訊いた。


「ところで思い込みとは?」

「女中(メイド)ならば防具はつけていない。矢が肺に到達すれば治療不可だ。死なせるしかない。診るだけ無駄だということだ」

「え……彼女は助かるんですよね?」

「ああ。口から血の泡を吹いていないから鏃(やじり)さえ抜けば大丈夫だ。顔さえ見れば分かるのだが隠れていたせいで見えなかった。だから、致命傷だと思い込んだんだ。さて、矢を抜くから手伝ってくれ」


 話しているうちに、麻酔薬が入っていた木製の器は空っぽになっていた。毛氈(カーペット)の上にゾーイをうつ伏せて寝かせ、矢の柄(シャフト)をノコギリで切り、ハサミで服を切った。


「割り込んでしまってごめんなさい」


 背中でナタリーの声がした。

 割り込んだという言葉が引っかかった。

 処置台は目隠しのため、簡易的に天井から布を垂らしていたが、振り返ってみるとその隙間からナタリーの姿が見えた。


 ナタリーは、腕や足に矢が貫通した兵士たちの汗を拭いている。

 その時に気付いた。ナタリーの頭から、金細工の髪飾りが消えていたのだ。


「鏃(やじり)を抜く。暴れぬように肩を押さえてくれ」

「あ……はい!!」


 ナタリーに気をとられている場合ではなかった。

 神官はゾーイの口に布を噛ませて馬乗りになった。そして、イザヤがしっかりと肩を押さえたのを確認してから矢抜き鉗子(かんし)を傷口の奥に差し込んだ。


「ぎゃあぁああっ……!!」


 耳をつんざくような金切り声を上げて、ゾーイの体が仰け反ろうとした。

 この細い体にどれほどの力があるのかと思うほどの勢いで、体格のよい神官の体が僅かに持ち上がったほどだ。

 イザヤは咄嗟のことに驚愕して、つい押さえつけていた力を緩めそうになった。


「すぐに終わる!! もっと強く押さえろ!!」


 神官は馬乗りになったことでゾーイが起き上がらないようにしていただけでなく、大腿(ふともも)でゾーイの脇腹を固定していた。しかし、腕が自由では上半身が起き上がる。肩を押さえつける役割の方が重要なのだ。


 ゾーイの苦悶した顔は涙に濡れていた。

 もうやめてくれと言いたくなる気持ちを必死で堪え、全力で押さえつけて目を背けた。全身全霊で痛みから逃れようとするのが、肩の反発力から伝わってくる。

 

 しばらくして、鏃(やじり)を挟むパチンという音が聞こえた気がして恐る恐る目を開けた。

 傷口から鉗子(かんし)に挟まれた鏃(やじり)が摘出されたところだった。


「もういいぞ」


 神官がゾーイの背中から降りた。


 イザヤは脱力した。

 肩を押さえつけていた感触が、いつまでも手の中にあるような気がして腕が震えた。


 思っていた以上に、この神官は腕がいい。手際の悪い神官に当たっていたら、それだけ長い時間、ゾーイが苦痛を味わわなければならなかった。麻酔薬も使ってくれたし、鏃(やじり)を抜いた後の処置も、ワインで傷口を拭き、蜂蜜を塗って、清潔な亜麻布(リネン)で止血をしてくれている。


 しかし……。


 イザヤの視線を感じたのか、神官が冷淡に問うた。


「何か言いたいことでも?」


 作業の手は止まっていないし、傷口から目を離したわけでもない。それでいてなお、イザヤの心中を察するところは、同じ治療を幾度も重ねた経験値の高さが見える。さほど集中せずとも、手順は体が覚えているのだ。


「いえ……、感謝いたします」


 心の籠もらない声が出た。


 ナタリーから髪飾りを受け取っていなければ、この神官もゾーイには目もくれなかったはずだ。訊いてもいないのに状況説明だとかそれらしい事を言っていたが、髪飾りを受け取ったからナタリーの説明を聞く気になったのだとしか思えなかった。

 しかし、結果的には助けてくれた。ぞんざいにせず、手厚い治療を施してくれている。


 やはり世は金次第なのか。


 イザヤは心が曇っていく気がした。


 治療が終わった頃、若い兵士が門から駆け込んできた。


「首謀者が捕まったぞ! 反乱騎士軍を組織したのはウィリアム卿だそうだ!」


 その声を聞いた兵士らは、驚きを隠せない様子で黙りこんだ。


「それでウィリアム卿は?」


 腕に包帯を巻いた兵士が若い兵士に訊ねた。

 すでに治療済みの者、治療の順番を待っている者、皆が耳を傾けている。


「斬首刑らしい。これに加わった兵士も全員処罰されるそうだ」


 イザヤは薄々話が読めてきた。


 現皇帝は暴君と囁かれるほどだ。とくに登用制度の見直しは、反発した大臣らを殺して実現させたと言われている。

 皇帝への多くの不満が爆発した日が、たまたま今日だったということだろう。


「治療は終わりました。早く後宮に戻るほうがよいでしょう」


 神官がナタリーに言った。


 最後まで愛想のない男だったが、イザヤは深々と礼をした。



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