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6番目の妃候補に捧ぐ最期の口づけ  作者: sen
第一章 内乱の日

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神官

 神殿は内廷と後宮の中間にある。閉鎖された後宮の出入りには許可が必要だが、神殿は中立しているので、いつでも誰でも自由に出入りしていい場所なのだ。


 イザヤはナタリーの助けを借りてゾーイを背負い、建物と建物との間の通路を駆け、曲がり角を曲がり、警備兵が配置されていない小門をいくつも過ぎた。


 ウェストガーデンは城壁に近い位置にあるため、城外から内廷を狙った流れ矢が降ってきたのだろう。

 神殿への道は城壁から遠ざかるので、幸いにも二度目の流れ矢の危険はなかった。しかし、まるで地面が揺れているのではと錯覚するほどの大勢の怒号や悲鳴、金属のぶつかりあう響きを聞くと、今は無事だがこの先は大丈夫なのだろうかと思った。

 ようやく神殿が見えたときは、無事目的地にたどり着いた安堵感を一瞬抱いた。


 神官は神に祈ることだけを役目としておらず傷病者の治療にもつとめるため、神殿の設備は有事に備えているはずであった。が、ベッドの数が足りていないのは明白だった。廊下には、ただの木製の台にシーツを被せただけの急ごしらえのベッドが並び、そこに寝かされた負傷兵が呻いている。

 慌ただしく出ていく兵士や、次々と患者を診ていく神官と何度も肩がぶつかった。

 どの病室を覗いてもやはりベッドの空きはなく、汗を流しながら廊下を早足で歩く神官は、呼び止められる空気ではない。

 ふと、健康な兵士が神官を呼び出しているのに気付いて後を追うと、内廷通用門の向こう側にも診療場所が仮設されていた。砂利の庭には天幕が張られ、次々に運ばれてくる負傷兵は毛氈(カーペット)を敷いただけの地面に寝そべり、そこで治療を受けている。


 イザヤは、こんなところで治療してもらうしかないのかと思いつつ、早く診てほしいとも思った。

 ゾーイを背負ったのは子供のとき以来なのだ。年月分の重みがイザヤに疲労を与えていた。


「すみません。急患なのです。彼女を診てください」


 イザヤは、負傷兵の応急処置にあたっていた神官に懇願した。

 神官はゾーイの背中に矢が刺さっているのを見たが、直ぐに目をそらした。


「周りを見てみなさい。急患ばかりだ。順番を守りなさい」

「しかし……」

「急ぐのは分かるが、それは皆同じなんだ。先ほどから待っている者をないがしろには出来ない」


 本心であろう。

 一人目に当たった神官は、すまなそうに顔を背けた。

 二人目に当たった神官は、修行中の聖職者に重症者と軽傷者の振り分けを指示していた老人だった。


「女中(メイド)を診ろだと! ふざけているのか。いま何が起こっているのか。我々の命を守ってくれるのは兵士だろう。軽傷の者は、また戦いに送り出さねばならん。優先すべきは兵士だ!」


 どれだけ頼み込んでも診てくれなさそうな雰囲気だった。

 時間を無駄にするつもりはないので、また他の神官を探すことにした。しかし、背を向けた直後に声が聞こえた。


「あの女中(メイド)は弱っています。つたない腕ですが私が診ましょうか」


 見るに見かねた聖職者が、老神官に告げたのである。


「構わん。何の役にも立たぬ女中(メイド)など捨て置け。お前は軽傷者の処置にあたれ」

「しかし……」

「早く行け!!」

「は……、はい」


 イザヤは老神官を睨んだ。

 老神官と目が合った。

 今の話を聞かれていたことに気付いたようだが、老神官は怯えた様子もなく、ふんと鼻を鳴らした。


 兵士ではないからと、どうして冷遇されなければいけないのか、これほど人を憎いと思ったことはない。己に権力があれば、あんな神官は都の外に追い出している。腹の底で、ふつふつと怒りが湧いてくるのを感じていたとき、ナタリーが駆けてきた。


「ねえ! ゾーイを診てくれる神官が見つかったわ」

「本当ですか」

「ええ」


 ナタリーは木造の病舎に顔を向けている。


「あの人よ」


 病舎の前に広げた天幕の下に、厳格そうな中年が立っていた。

 どちらかと言えばイザヤは長身と言えるのだが、この神官もイザヤに負けず劣らずの背丈をしており、さらに恰幅のよい体格は、彼の持つおごそかな雰囲気を際立たせている。少なくとも、彼は新米の神官ではないだろう。おろしたてのまっさらな白衣を身につけた若い神官らは、このような状況に慣れていないらしく、必死さの中にも不安の色が垣間見えるが、彼にはそんな気配はない。おそらく、先ほどまでに当たった神官達と同等のベテランに違いない。しかし、これまでに当たったベテラン達の対応から鑑(かんが)みると、彼もゾーイを診てくれるとは思えなかった。


「本当に診ていただけるのですか」


 イザヤは半信半疑で彼に問うた。


「ああ、診よう」


 彼はどんぐりのような目でイザヤを一瞥(いちべつ)すると、事務的に答えた。声は低く冷たかった。


 やはりおかしい。小姓の頼みではなく、妃候補のナタリーの頼みだから引き受けたのだろうか。

 そう思っていることを察したのか、神官が心の内を明かした。


「他の者が診てくれなかったのは、背中に矢傷を受けたとだけ話したからだろう。私もはじめは診るつもりはなかったが、どのような状況だったかしつこく説明されたからだ」


 言いつつ、神官はイザヤの背中に埋もれているゾーイの額を持ち上げて顔を確認した。

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