出会い
齢二十二の小姓イザヤは、外回りの清掃作業の帰りに矢の襲撃を見て、ウェストガーデンの近くを駆けていた。
「きゃっっ!!」
「わ!?」
ウェストガーデンを横切ろうとしたとき、そこを飛び出してきた赤毛の侍女とぶつかった。顔に涙痕が残ったままの侍女は一瞬ひどく怯えたが、憎々しげにイザヤを見ると力ずくで押し退けて走り去った。おそらく貴族相手ならば、ミアもそのような行動は取らなかっただろう。
イザヤの服装は、長方形の亜麻布の真ん中に穴を開けて、頭からすっぽり被る形のもの。長さは動きやすい膝上丈。そして、皮のベルト。装飾品はつけていない。一目で平民の小姓だとわかる。
相手によって態度を変えるタイプの侍女か。
彼女のあの目つき。上から下までイザヤの服装を確かめた、その後の目だ。まるで「平民のくせに私を驚かせるな」と語る目だった。
ああいう女ほど、自分が偉いと勘違いしているだけで実は大したことがないと分かっているし、関わるべき相手ではないということも分かっているのだが、突き飛ばされた胸が痛くて思わず激昂しそうになった。
すぐに走り去ってくれたから咄嗟に殴り返さなくてすんだものの、しかし腹が立つなと思いつつ遠ざかる侍女の背中を目で追っていると、ガーデンから声が聞こえてきた。
「ミア!! 待って!!」
声の主は、漆黒の髪色の娘だった。
足首まで覆う長さのドレスは淡いピンク色で、シンプルなデザインだが光沢のあるサテン生地だ。ハーフアップに結い上げた髪を留めているのは月桂樹の葉を模した金細工だが、それは葉脈まで丁寧に表現された非常に精緻な細工品で、その茎は軽量化のためか現技術の極限にまで挑んだかのように非常に細い。
葉冠の名残で、純金の髪飾りには葉の形が用いられることも多いため、似たような髪飾りを何度か目にしたことはあったが、ナタリーの髪飾りは一目で次元の違う物だと分かった。
皇太后が後見しているアサイ族の妃候補か……。
イザヤは、ナタリーを軽蔑する気持ちがわいた。
自分には手の届かない存在の人物を、どこか別の部分で見下したい気持ちがあるからだろうか。
ウェストガーデンは酷い有り様だった。
池の水は鮮血が溶け交じり、矢に貫かれた女中が五人も倒れていた。ナタリーが付き添っているただ一人を除いては、皆すでに事切れている。
こんな日にたまたま外出しているとは、運に見放されている娘だと思いたかった。
天は二物を与えずだ。
恵まれた娘が不幸になってくれれば、下層で生きる者には心の救いがある。
「待って!!」
無視して過ぎ去ろうとしていたのだが、ナタリーはイザヤの服の裾を掴んだ。
「お願い!! 手を貸して!! このままだと彼女が死んでしまう!!」
イザヤは正義感が強い方ではない。保身が大事だと思っている。
「離してください!! 巻き込まれたくない!!」
「手を貸して!! お礼なら後でいくらでも渡すから!!」
どこかで馬がいなないた。はるか向こうに見える胸壁の上を、軽装備の兵士らがせわしく駆けている。壁を越えようとする敵を防ぐのだろう。頭ほどの大きさの石をたくさん積んだ荷車が、三台、四台と所定の位置についている。再び、矢が降るかもしれない。
「ナタリー様。もう……いいです。お逃げください……」
うつ伏せていた女中が弱々しく顔をあげた。
よく知る声であった。
「えっ……? ゾーイか!?」
イザヤはすぐさま女中に駆け寄った。そして、乱れたブロンドの髪を掻き分け、顔を確かめた。
すると、イザヤと同じ色の透き通った碧眼が、苦痛をこらえた顔でイザヤを見つめた。
「ゾーイ!! なぜお前が……!?」
ゾーイの姿を最後に見たのは三年前だ。
両親を早くに亡くし、七歳下の妹であるゾーイを養うには、自由はないが安定した収入を得られる宮殿で働くしか選択肢はなかった。しかし、ゾーイの生活費は表使いを通じて、ゾーイの預け先である故郷の村長に送っている。ゾーイが後宮の女中になったという報せは届いていない。
「早く東屋へ!!」
ナタリーが言った。
「いいえ。早く神官に診せなければ!! 神殿に行きます。手伝ってください」




