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6番目の妃候補に捧ぐ最期の口づけ  作者: sen
第四章 毒殺

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尋問

 ミアの遺体が発見されたのは、儀式日から五日目のことであった。

 地下室は直射日光が当たらず、大理石やレンガで築かれたそこは冷気に満ちていた。初夏とは言え、遺体が腐敗するまでに数日の猶予があったのだ。

 しかし、死後三日頃から皆がおかしいと感じる異変が、確実に現れはじめていた。

 神殿には初夏の薔薇やユリが飾られ、祭壇にはサクランボやアプリコットが供えられていたのだが、その甘い香りの中に、じっとりとした妙な臭いが混ざりはじめたのだ。


「何だか果物が腐ったような……」

「妙に生臭い匂いがする」


 神官や聖職者達がそう呟きはじめた頃、大きな蝿(ハエ)が神殿内に紛れ込むようになっていた。

 そして五日目の朝――。

 生贄用の鶏小屋へ餌をやりに行った聖職者が、地下室の扉を開けたのだ。異常発生した蝿が、地下室へと吸い込まれていく様子を目撃したからである。


 セミル大神官は、無惨な姿となった姪に対面した時、激しい自責の念に駆られた。純金(ゴールド)の腕輪を買ってと甘えてきた時が、ミアとの最期の会話になってしまったのだ。また、いつものことだと相手にしなかった過去の自分を呪い、大声を上げて激しく嘆いた。そして、その嘆きはやがて怒りに変わった。

 この聖なる神殿の地下で、姪を家畜のように殺したのは一体誰なのかと。


 セミル大神官は、直ちに近衛兵長に捜査を命じた。

 近衛兵は、主に皇帝の警護や宮廷の警備を担っているが、宮廷内で大事件が起きた際、それを捜査、鎮圧するのも彼らの役目なのである。

 ミアの遺体を引き上げた兵士は、地下室に残された足跡に注目した。

 地下室は、長年の埃や初夏の湿気でぬかるんだ粘土質の泥があり、足跡はくっきりと残されていたのだ。そして、その大きさ、横幅、泥の深さから容疑者は男だろうと目星をつけた。

 また、凶器は鋭利な刃物であったこと。

 後宮通用門を通る姿を目撃されているのに、儀式に参加していなかった者。

 それらの状況から、イザヤ侍従に疑いの目が向くのは当然のことであった。


 しかし、尋問室に座ったイザヤ侍従は落ち着いていた。

 尋問室は後宮の地下にある。火山灰コンクリートの壁に囲まれた、ひんやりとした狭い四角い部屋だ。明かりは壁の受け皿に置かれた数個のオイルランプのみで室(へや)は薄暗い。


 近衛兵長は、粗末な木製のテーブルに両手を付き、じっとイザヤ侍従を見下ろした。

 なぜ、これほど落ち着いていられるのだろう。と不思議だった。

 捜査の尋問は、疑惑のない者にも行なうのだが、些細な隠し事さえ出来ぬよう、まるで容疑者と決めつけたかのように尋問する。

 容疑者でないことは分かっていても厳しく責め立てなければならないので「私はやってない」と怯えて泣き出す者には、良心が痛むことさえある。それほど、この尋問室は人々の精神を追い込むのだが……。

 近衛兵長は、太く大きい声でイザヤ侍従に尋問した。


「凶器を隠したな!?」


 まだ、ミアが殺害されたことは公にしていない。凶器があったことを知るのは、容疑者だけである。

 この誘導尋問に「いいえ」と答えてくれれば、イザヤ侍従をさらに追いつめられるのだが、彼は「凶器とは?」と怪訝な顔をした。


「知らないと!?」

「突然このような場所に連れられて、何があったのか聞かされぬまま尋問されても何のことやら……」


 イザヤ侍従は、机の上に両手を出して指を組んだ。

 挑発的な態度だなと思った。

 自分が疑われているのかもしれないと怯える者は、机の上に手を出すことさえ出来ない。尋問の恐怖から、震える手で腕を抱く者もいる。

 しかしイザヤ侍従は「それで? 何があった?」と、身を乗り出した。

 あまりにも落ち着き払っている様子から、イザヤ侍従には違和感しか覚えなかった。


「マケイラ様の宮(パレス)にミアという女中(メイド)が居るはずだが、ここ数日間、姿を見かけなかっただろう!! 何も思わなかったのか!?」

「ああ……。彼女か。さぼり癖のある者を気にしろと? 私だけでなく誰も気にしないというのに……」


 イザヤ侍従はそう呟いたあと「ところで凶器とは?」と、質問を返した。


「貴様のダガーナイフだ!! いつも腰に帯びていただろう!! それをどこにやった!?」


 机に拳を打ちつけると、隅の小さな台で記録を控えていた兵士が、驚きに体を震わせた。

 しかし、イザヤ侍従は動じない。


「五日ほど前から皇太后陛下に預けている」

「嘘を言うな!!」


 よくも皇太后の名前を出せたなと思った。


「嘘か否か、それを調べるのが近衛兵長の役目では? ダガーナイフは皇太后陛下から下賜されたものだ。手入れをしてくださると言うから預けた。話は以上だ」


 そう言うと、イザヤ侍従は勝手に席を立って尋問室から出て行った。


 近衛兵長がイザヤ侍従を引き止められなかったのは、皇太后の名前を出されたからである。

 イザヤ侍従の話が真実か否かは、皇太后に問わねば分からないのに、皇太后に尋問するわけにはいかない。イザヤ侍従はそれらを見越した上で皇太后の名前を出したのだろう。

 再び机に拳を打ちつけると、記録を取り終えた兵士は逃げるように退室した。


「若造のくせに、ふざけやがって!!」


 ミアとイザヤ侍従が不仲だったのは調査済みである。

 ミアを殺害したのはイザヤ侍従だと、長年の勘が告げているのだ。

 皇太后には尋問出来ないと高を括っているのだろうが、思惑通りにさせるものかと闘争心に火がついた。

 不敬であろうと皇太后さえ否認すれば、出任せを言ったイザヤ侍従の方に焦点がいく。


 近衛兵長は、事件の経過報告という口実で皇帝に謁見し、御前に這いつくばって、皇太后宮への立ち入りと尋問の許可を直訴した。

 無論、皇太后の関与を疑っているわけでは無く、手元に無いことを証明していただきたいのだと付け加えたが、たかが女中(メイド)の殺人事件に皇族を巻き込むなど異例のことである。皇帝の反感を買うかも知れぬ一か八かの賭けであった。

 しかし幸いなことに、皇帝はイオアンナ妃暗殺未遂の黒幕を未だ突き止められぬことに激しい歯がゆさを感じていた。立証の為ならばと、その不敬極まりない願いを認可したのである。



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