風見鶏
マルクス侍従の葬儀後、デニスとハリは後宮監督官の執務室に呼び出された。
主人が亡くなったことで二人に給料を支払う者がいなくなったのだ。二人を侍従へと栄進させてはどうだろうかと思った後宮監督官が、意思確認のために二人を呼び出したのであった。
しかし、話は思わぬ方向に展開した。
デニスが「それよりも、マルクス侍従が管理していたマケイラ様の宮は誰が引き継ぐのですか?」と訊いたからである。
実は後宮監督官も、そこが難しいところだった。
マルクス侍従が管理していたのは、皇太后宮の西隣の宮なのだ。手癖が悪いかもしれぬ平民の小姓を出入りさせるわけにはいかない。
その点で言えば、平民のイザヤがそこで従事しているのは、強運の持ち主だったとしか言いようがないのだが……。
とにかく、現時点でマルクス侍従のように貴族しか雇っていない侍従はいなかった。
「イザヤを侍従には出来ないんですか?」
ふと、デニスが疑問を呟いた。
「あ、俺も思った。イザヤなら俺達二人を雇える財力もあると思うし。俺は侍従ってガラじゃないから小姓のままがいいけど、他の年下の侍従に雇われるくらいなら、イザヤの方がいいし」
ハリがそう言うと、デニスも「確かに」と宙を見上げた。
ハリとデニスは、もう齢三十三になる。イザヤは齢三十なのだが、二十代後半で侍従になる者もいるのだ。
「あいつは平民で年下なんですが、なぜか従ってしまうんですよ」
後宮監督官は、そう言って笑うデニスを見つめつつ、分かる気がするなと思った。
しかし、妃直属の小姓というのも異例であったのに、それを侍従にとなると、後宮の人事権を持つとは言え皇太后だけでは決められない話になってくる。
マケイラ妃直属の侍従が、あの宮の管理人となってしまえば、宮は実質マケイラ妃のものになってしまうからである。
後宮監督官は、皇帝に相談する必要があるなと思った。
それから数日後、皇帝の独裁でイザヤの栄進が通達された。
「お前が侍従ですって!?」
マケイラ妃は久々に怒りを露わにした。
勅書の所属名のところに『皇帝直属・後宮総監府所属、後宮監督次官 兼 侍従イザヤ』と記入されていたからである。
以前の所属名は『皇妃マケイラ直属・後宮総監府所属、後宮監督次官 兼 小姓イザヤ』であった。
つまり、皇帝にイザヤを奪われたのだ。
皇帝はイオアンナ妃が妊娠したことで『宮替え』への動きを早めたのである。
後宮の風見鶏達は、一斉にマケイラ妃に背を向けた。
かくいうミアも、その内の一人であった。
「叔父様。私をイオアンナ様の侍女にして!!」
神殿の執務室を訪ねたミアは、執務机で文書に目を通していたセミル大神官に詰め寄った。
セミル大神官は、またか……と呆れた。
「お前には忠誠心というものが無いのか。あれほどマケイラ様に仕えたがっていたというのに……」
「マケイラ様は、もう落ち目だもの。あの宮からも、その内追い出されるわよ。自分の右腕が管理人になったのに、その右腕を取られたんじゃねぇ」
ミアは先行きを推測するかのように話すが、全て他人の受け売りであることは分かっている。
「一度、仕えたなら、どこまで落ちようと側で支えてやろうという気概は無いのか」
「叔父様。考えが古いわよ。私はいつか侍女長になりたいの。侍女長になるには、侍女が三名以上いるところで働かなきゃいけないんだから、出世しそうな妃を見極めて自分で主人を選ばなきゃ勝ち残れないわ」
セミル大神官は、ため息をついた。
有能ぶって話しているが、妊娠したイオアンナ妃が上り調子なのは、誰でも分かることである。一体、何を見極めたと言うのか。
「そこまで言うなら、自分の力でやってみたらどうだ。後宮監督官を説得出来れば、お前の希望通りになる」
セミル大神官は、不可能だと知りつつ言った。
おそらくミアは、イオアンナ妃に仕えていた者が全員処刑されたという噂を聞いて、今なら異動出来ると踏んだのだろうが、もしミアがいかに有能でも、現在は侍女も女中も募っていないのだ。
イオアンナ妃は、体が回復した現在も療養中という体で神殿で保護している。
流石に毒を使った暗殺が失敗したばかりで、さらに何かを仕掛けてくることはないと思われたが、念には念を入れて出産までイオアンナ妃を預かることにしたのである。
しかも、全員処刑されたという噂は誤りなのだ。ノーラン侍従と侍女は生かされ、二人は現在、神殿でイオアンナ妃の世話をしている。
今回の事件で毒を混入したのはおそらく新人の女中だと思われており、黒幕の予想はついているが証拠を掴めぬ状況だ。
よって、潜伏している手駒が未知数の現在、イオアンナ妃の側に新参者を置くという選択は無かった。
ノーラン侍従は、イオアンナ妃が妊娠していたことを知っていたにもかかわらず、暗殺への備えが不十分であったことを責められたが、出産までの期間を毒見役として側に侍ることで許された。
元々、マルクス侍従の小姓として十二年仕えていた経歴もあったことから、皇帝の信任が厚いのだろうと思われた。
長年仕えた侍女は、イオアンナ妃への忠誠心が高かったことと世話役が必要であったことから、処刑を免れている。
女中三名と小姓二名に於いては、気の毒だが見せしめに処刑された。
皇帝は恐怖政治を行なっているのだ。
連座で処されたくない者は、周囲を監視し、怪しい者を密告する。その社会では全員が敵に見えるので、悪事を行う協力者は得られにくくなり、結果として暗殺など出来ぬことになる。
ミアには世情が見えていないのだろう。
いつになれば正しく物事を理解出来るようになるのか……。
セミル大神官は深いため息をついた。
可愛い姪を馬鹿にしたくはないのだが、あれはいつまで経っても成長しないだろうなと思った。




