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6番目の妃候補に捧ぐ最期の口づけ  作者: sen
第三章 栄進の度に消える小姓

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行方不明の同僚

 皇帝が後宮に泊まる際に使われる宮(パレス)はイーストガーデンの中央にある。

 イーストガーデンの遊歩道は日陰をつくるプラタナスが植えられ、宿泊専用宮までの道のりは柘植のトピアリーが左右対称に配置されている。

 宿泊専用宮の点検から帰路に就いていたイザヤは、その道中で久々に同僚と再会した。

 ホセ侍従に雇われていた頃の同僚、小姓ムラトである。

 ムラトは、イーストガーデンを手入れする庭師の補助で後宮に来ており、庭師が剪定した小枝や葉をほうきで掃き集めていた。


「久しぶりだな。後宮へ来ているなんて珍しいんじゃないのか?」


 イザヤは問いつつ、他の同僚の姿を探した。

 円型や円錐、ピラミッド型に作られているトピアリーは、放置すれば直ぐに小枝が伸びてくるので定期的に刈り込み作業をしなければならない。

 しかし、後宮で元同僚と会ったのは初めてだった。


「そうだな。今日はたまたま手が空いてたから手伝いに来たんだ」


 ムラトはそう言いつつ、イザヤの身なりを確かめた。


「しかし、イザヤは出世したよな。後宮監督次官だろ? こっちまで噂は聞こえてくるよ」


 ムラトの肌は浅黒く日焼けしていた。それに亜麻布(リネン)の服は土で汚れており、埃を被った潤いの無い癖毛には小枝が絡んでいる。

 以前は自分もこのような姿をしていたのかと思うとイザヤは急に恥ずかしくなり、ムラトを遠ざけたくなった。


「ところで、他の奴らは?」


 他の同僚の居場所を聞き、会いに行くと理由をつけてイザヤは立ち去ろうと思っていた。


「ビルはあっちにいるけど、ニコとゼノは辞めたぞ」

「え、辞めた? いつの話だ?」


 意外な返答に、恥ずかしいと思ったことも忘れていた。


「十日前くらいだったかな……」

「最近だな……。辞めた理由は?」

「うーん……」


 ムラトは人差し指でこめかみを掻いた。


「何だ? 言えないことか?」

「そうじゃないけど……。何か引っかかるんだよ。ニコが秘密だからまだ言わないでくれって言ってたんだけど、異動になるかもしれないって嬉しそうに言ってたのに辞めたって聞かされたから、あれ?って思って……」

「ということは、本当は辞めてない? どこかに異動してるということか?」

「そういうことになるよなぁ……。でも、口が裂けても言えないって言ってたから全く想像がつかないんだよな……。それにゼノも辞めたそうな感じは無かったから、ゼノも異動したのかなって思うし……」


 そうこう話しているうちに、ムラトは庭師に呼ばれ「またな」と言い残して仕事に戻ってしまった。


 イザヤは気になることがあると、それを無視することができない。白黒はっきりさせなければ、いつまでも気になって気持ちが悪いのだ。

 ひとまず執務室に戻り、後宮に所属する小姓の名簿に目を通した。

 ニコとゼノの姿を後宮で見たことはないので、そこに名前が載っている筈がないとは思ったが、異動になるかもしれないと言っていたなら、イザヤがマケイラ妃に引き抜かれたように後宮の所属になっているかもしれないと考えたのだ。

 しかし、どちらの名前も見つからなかった。

 やはりという気持ちだったが、それを目の当たりにすると、自分に出来るのはここまでだなという諦めの気持ちが湧いてくる。

 後宮監督次官になったからこそ後宮内のことなら調べることは出来るが、内廷に所属する小姓に関しては管轄外なので手も足も出ない。

 釈然としないなと思っていた時、どこかの小姓が執務室を訪ねてきた。


「あれ? 監督官は不在ですか? 外出許可証を発行してもらおうと思ったのですが……」

「それなら私が……」


 言いつつ、イザヤははっとした。

 外出許可証はそれに印章を押して、名前、日付、理由、行き先、帰宅時間の記録を取るだけなので、イザヤにも発行の権限が与えられているのだ。

 つまり、自ら外出許可証を発行することが出来るし、行き先を偽って記録することも可能である。


 イザヤはニコの実家を訪ねてみようと思った。

 家の場所までは詳しく知らないが、村の名前は聞いている。ニコが帰省していれば答えは出るのだ。


 記録を偽るべきかどうか定かではないが、ニコが何かを隠していたということを考えると、ひとまずニコを探していることは伏せておくほうがいいような気がして、マケイラ妃に買い物を頼まれたことにしておいた。

 

 不思議と、そういう直感は働くらしい。

 おそらくだが、ニコは帰省していなかった。

 ニコの村へ続く一本道が、疫病のせいで封鎖されていたのだ。


 イザヤは番兵に十日ほど前に誰かが通っていないかと尋ねてみたが、そこは帝都からアブロンへの派遣団が出発した後すぐに封鎖されたと言われた。

 派遣団が出発したのは、もう随分前である。

 しかし、封鎖されていても、帝都から出るのは個人の自由なのだ。疫病が落ち着くまで帝都に戻れなくなるが、それに同意出来るなら出てもかまわないのだと。そして、この説明をしたのは、封鎖されてから初めてだと番兵が言った。

 つまり、封鎖後に帝都からこの場所へ来たのはイザヤが初めてなのだ。

 ニコは、そもそもこの場所に来ていない。


 一体、どこに異動することになっていたのか。なぜ辞めたことになっているのか。


 イザヤは何も得られずに帰宅するしかなかった。



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