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6番目の妃候補に捧ぐ最期の口づけ  作者: sen
第三章 栄進の度に消える小姓

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栄進

 妃候補は六名いた。

 クロエ、アナ、ダマラス、エイレーネ、イオアンナ、ナタリーの六名である。

 しかし、ある日それに変動があった。

 妃になったクロエの後宮追放後、長らく後宮の人員に動きはなかったのだが、マケイラ妃が皇帝の不興を買った数日後、待っていたかのように辞令が発令されたのである。

 今年で齢二十五を迎えるアナ、ダマラス、エイレーネ。この三名に内示があり、その内ダマラスとエイレーネが妃に昇進した。アナは後宮で過ごし続ける自信がないと、それを辞退して後宮を去った。


 これまでならば齢二十五を迎えた時点で妃候補は追放されていたが、そうならなかったのは疫病が蔓延していたことも関係が深い。

 議員会議は連日なかなか終息を見せぬ疫病の議題ばかりで、議員らは会議が終わるとようやく呪縛から解放されたかのように、それぞれ家庭の話や美味な料理の話と、現実逃避とも言える話題で盛り上がりつつ会議室を去っていく者がほとんどであった。

 そんな中、ふと一人の議員が「そういえば妃候補だが、そろそろ齢二十五を迎える者がいたと思うのだが、陛下が好むような女性はいないのだろうか」と呟いた。

 その話題は多くの者の足を止めた。

 会議は毎日行われるが、皇帝がその場に現れるのはほぼ隔日である。

 その日、皇帝は不在だった。

 不在時であるからこそ話しやすいこともある。

 とくにアナ、ダマラス、エイレーネを推す議員らはその場に足を縫いつけられていた。


「妃は大勢いるのに誰も陛下の目には留まらぬし、候補者の中から一人くらいはと思ったのだが……」

「しかし、候補者らに機会はありましたか? 現在の候補者を追い出して、また新たな候補者を募るとしても、まず疫病が終息しなければ……」

「同感です。宮殿に病を持ち込まれてはなりませんから、それは控えるべきかと」

「確かに。しかも疫病の対策に多額の予算を投じていますし、妃候補の選定に係る費用を無くしたほうがよいと思います」


 会議室には机はなく、中央奥の皇帝の席から両脇の壁沿いに長椅子が置かれている。

 立ち止まっていた一人が着座して話を聞く姿勢を見せると、帰ろうとしていた議員らも次々とそれに従った。会議は終わっていた筈だが、気付けば全員が着座していた。


「いっそ、齢二十五を迎える候補者を栄進させれば……」

「確かに、それが出来れば追い出さなくてすむのだが陛下がどうなさるか……」

「皇太后陛下ならば承諾してくれそうだが……」

「後宮監督官もおそらく問題ないでしょう」

「問題は皇帝陛下ですな」


 皆が「うーん」と唸った。

 皇帝はマケイラ妃以外は眼中にない。「慣例通り追い出せ」と言いそうだ、と皆が思ったのだ。

 しかし意外なことに、これが可決された。

 議員らは、マケイラ妃が皇帝の不興を買ったことを知らなかったため不思議がったが、後宮ではそれを知らぬ者はおらず「マケイラ妃に対する陛下の嫌がらせでは?」などと噂された。

 真実は全く違う。

 皇帝は遊興に耽(ふけ)ってずさんな政務を行うような男ではなかっただけである。

 確かに皇帝が夜伽に指名するのはマケイラ妃ばかりであったが、それはマケイラ妃を愛していたからではないのだ。複数の妃に目をかければ、嫉妬した妃が寝室で不平を漏らすこともある。そんなことに気をかけるより政務を優先したいので、嫉妬を口に出さぬ妃を指名するうちにマケイラ妃が残っただけである。

 しかし、マルクス侍従はマケイラ妃をよく思っていなかった。

 マルクス侍従は何も言わないが、マケイラ妃を見る視線が冷えている。マケイラ妃に何かを問われれば丁寧に答えるし、適当な答えを出すこともないのだが、心が拒絶しているのを皇帝は見抜いていた。

 そして先日、マケイラ妃が嘘をついていたことを知った。

 神殿に通っていようがいまいがどうだっていいが、マケイラ妃が十年間も嘘をつき続けていたことと、それを見抜けなかった自分自身が腹立たしかった。


 マケイラ妃が皇太后の西隣に居住しているのは、長年指名されている実績から後宮監督官が決定しただけで、皇帝はマケイラ妃に特別な何かを与えたこともなければ大切に優遇したことはない。

 ゆえに時勢を読み取った妃候補の栄進に、反対する理由などなかったというのが真実である。


 ただ、その皇帝の心を一番よく知っていたのがマケイラ妃であった。

 十年も付き合っていれば、わざわざ聞かずとも皇帝が答えそうなことくらい分かるようになってくる。

 寝所で欲しいものをねだったとて、ほとんど贈っていただいたことはない。さも、贈ってくださるような言い方をしていたにも関わらず忘れるので、再度ねだってみると嫌な顔をして「贈ってやる」と言う。しかし、幾日待っても贈ってくださらないので訊ねてみると「しつこい」と不機嫌になる人なのだ。

 さらに後宮に来ていただく約束をしても、連絡もないまま来ない日などいくらでもあった。それが政務ならば仕方ないと思えるが、舟遊びや会食ならばマルクス侍従に伝えることさえも出来ないのかと思ってしまう。

 皇帝はマケイラ妃しか指名しなかったが、愛されてはいないだろうと常々思っていたのだ。

 愛の言葉を囁かれたことはないし、二人が出会った記念日は覚える気もなければ、こちらが言いだすまで祝おうと言ってもくれないし、それさえも流されたことなど幾らでもある。

 若い頃は皇后になることを夢見ていたが、皇后は皇子を産んだ妃の中から選ばれる。妊娠できないマケイラ妃はとうに夢を諦めていた。

 皇帝に対する不満など山ほどあるが、皇帝はそういうお方なのだと納得し、何も望まなければ、寵妃であることは事実なのだから、それさえ維持できればいいと思えるようになる。

 しかし、はたして寵妃の座は健在なのか……。

 皇帝から音沙汰がないのはいつものことだが、今回ばかりはいつもと違う。

 何もねだらぬようになり、望まぬようにもなり、不満も言わず、長年かけて皇帝が好む女性を演じ続けていたのに、たかが一度の失敗で見限られてしまったなら腹立たしくて仕方ないと思った。



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