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6番目の妃候補に捧ぐ最期の口づけ  作者: sen
第三章 栄進の度に消える小姓

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非公式の引見

 神殿の執務室に通されたナタリーは、そこに居た皇帝の姿に驚きを隠せなかった。

 皇帝は執務机の前のソファでクッションに半身をもたせかけていたが、ナタリーを見るなり、暇つぶしに読んでいた書類は、まるで最初から興味など無かったかのように机に放り投げられた。


「ナタリー様。ご挨拶を……」


 案内したマルクス侍従が囁くと、ナタリーは我に返って敬礼し、侍女のゾーイは跪いた。


「皇帝陛下。いらっしゃるとは知らず、失礼いたしました」

「楽にしろ」

「ありがとうございます」


 ナタリーは腕を降ろしたが、顔は上げられなかった。

 いつものように礼拝に来たら、マルクス侍従に「セミル大神官の執務室に来てください」と呼ばれたのだが、理由は教えてくれなかったのだ。

 淡々と用件だけ伝えて足早に歩きはじめたマルクス侍従からは、黙ってついて来いと言わんばかりの威圧感が伝わってきて、ナタリーは何も訊けなかった。

 マルクス侍従が管理しているのはマケイラ妃の宮(パレス)である。

 もしやマケイラ妃が呼んでいるのだろうかと心の準備をして来たつもりではあったが、待ち構えていたのが皇帝だったとは。

 

 未来を予見するのは容易ではない。

 見たいところだけ見られるならよいが、能力を発動すれば一瞬で十年分くらいの情報が堰(せき)を切ったように流れ込んでくる。

 その中から、今日の出来事を探すのが大変なのだ。


「座れ」


 ナタリーはその言葉に従ってもよいのか分からなかった。

 低頭していても、突き刺さるような視線をひしひしと感じるのだ。一挙一動を審査されている気分になって、礼儀作法は合っているだろうかと、自分を疑ってしまう。

 せめて誰か、このような場に慣れた者がいれば見本となるが、事前の準備も無しで呼び出されては、萎縮してしまい体が動かない。

 視線でマルクス侍従に助けを求めると、マルクス侍従は「従うように」と言わんばかりに頷いた。


 執務室の床は、毛足の長い幾何学模様の毛氈(カーペット)が敷かれている。土足で踏むのを躊躇うほどの柔らかさだ。

 ナタリーは自然とその場に腰を下ろそうとしたが、マルクス侍従が慌ててそれを止めた。


「ナタリー様、お待ちください!!」

「え? 頷いたのは座るようにという意味では?」


 ナタリーは小声で言った。

 もう少しで床に膝がつくところだったが、マルクス侍従が腕を掴んでナタリーを立たせた。


「床に座れという意味ではありません」

「では、どこに?」


 マルクス侍従が目で告げたのは、皇帝の向かい側のソファである。


「まさか。不敬だわ」


 宮殿では、高位の者が高い場所から下位の者を見下ろす形で座るのが普通である。

 高さが同じ場所では、それぞれの行事の設(しつら)えによって席順は変わるため、全て覚えるのは困難だから、侍従に座る場所を教えてもらうようにと習った。が、流石にこれは間違っているだろうとナタリーは疑ったのだ。


 しかし、マルクス侍従は間違っていなかった。

 皇帝はナタリーを妃候補ではなく預言者として呼んだのだ。

 故にマルクス侍従は向かい側の席を示したのだが、このように恐縮する反応は久しぶりに見たなと思っていた。

 マルクス侍従は、免疫がついたマケイラ妃を余りにも見過ぎていたのだ。

 ナタリーの初々しい姿は、些細な失敗は許してやろうと、どこか寛容にならざるを得ない微笑ましさがあった。


 そして、それは皇帝も同様であったらしい。

 ナタリーは小声だったが、やり取りは全て漏れ聞こえていたようだ。

 皇帝は咳払いをすると、ソファを見下ろせる執務机まで移動した。


「そこに座れ」


 ナタリーがソファに移動した時、折りよくセミル大神官が飲みものをのせたトレーを持って現れた。


「申し訳ありません。ここに侍女はいないので、少々手間取りまして……」


 飲みものを出し慣れていないのか、トレーを運ぶ手がぎこちない。

 赤い素焼きの陶器(テラコッタ)の水差し(ピッチャー)とカップがカタカタと音を立てている。

 マルクス侍従がそれを受け取ると、水差し(ピッチャー)やカップはトレーに吸い付いているかのような安定感を見せた。


「問題ない。それはマルクスに任せる。セミル大神官も座ってくれ」


 皇帝はまずナタリーを呼んだ経緯を、セミル大神官の口から説明させた。

 イザヤがクロエ妃の横領を暴いたことなど皇帝にはどうでもよいが、疫病が蔓延することを言い当てたことは非常に有益である。

 ナタリーが真に預言者ならば、敵となるか味方となるかで、帝国の先行きが大きく変わるのだ。


 もしナタリーが弱者救済を大義に共同体の指導者的役割を果たすようなことになれば、帝国民が不満を持つような政治は間違っても行えない。ただ一つ間違った選択をしただけで、ナタリーを崇める民衆らは自分達の主義、主張を認めさせようと国家に牙をむく。思想によっては、目的を達成するためならば暴動さえ起こし得るだろう。

 いつの時代も自称預言者は政治権力と対立してきたが、その預言者らが本物であったのかは定かではない。


 皇帝はまずナタリーが本物かどうか見極めなければならなかった。



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