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6番目の妃候補に捧ぐ最期の口づけ  作者: sen
第三章 栄進の度に消える小姓

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疫病

 帝都から馬車で三日の距離にある都市アブロンは、凡そ二百万人の人口に支えられている。

 そのアブロンで疫病が発生した。

 感染者数は一日で軽く一千人を超え、死者数は多いときで五十を超える。

 朝議は連日、疫病が議題で、議員らの憑かれた顔には疲労感が漂っていた。


 従来の政策は、議員らの総意で各地の神殿を無料開放したことであったが、しかし患者は増える一方でベッドは不足、さらに神官の感染で治療者も不足する事態となり、一向に収束する気配はなかった。

 そもそも、神官には資格と言うものがなく、レブラーン帝国では名乗れば誰でも神官になれたことが、沈静化を見せぬ要因でもあったと思われる。民間療法程度の知識しかない神官が各地に多く点在していたことが誤算となったのだ。数の割に戦力にならなかったことが悔やまれた。

 このままでは、かろうじてアブロン内で収まっている疫病も、いずれ隣の市街地へ拡散するおそれがある。

 そこで、帝都から腕の優れた神官を派遣することとなった。

 派遣団の編成はセミル大神官に一任されたが、わずか三日で出立式が催されるに至った迅速さは、こうなる事を予見して準備していたとしか思えないものであった。


 出立式の日、皇帝とセミル大神官は外廷で派遣団を見送った。

 マルクス侍従は皇帝の後ろに控えていた。

 彼はマケイラ妃の宮(パレス)の管理をしているが、飽くまで宮(パレス)担当なのだ。マケイラ妃に忠誠を誓っているわけではない。

 彼のことを自分の所持品のようにマケイラ妃が思い込んでいるのは、彼女には内廷の様子が見えていないからだ。

 後宮に閉じ込められた妃にはその小さな環境だけが全てなのだろう。そこの世界は知り尽くしているが、外にはさらに広大な世界があることを全く知らない。


「セミル大神官。疫病はアブロンで食い止められると思うか?」


 皇帝は、近衛兵が警護する馬車を見送りつつ問うた。

 医療道具や薬、布、さらに食料品などが積み込まれた馬車は数十台にも及ぶ。


「さて……。先に向かった調査団が治療法を探しておりますが、まだ吉報はなく……」


 セミル大神官は申し訳なさそうに低頭した。


「備蓄の食料が尽きる前に解決せねば、民は飢え、死者数は急増するだろうな」

「仰るとおりです。ゆえに、これは時間との戦いとも言えるでしょう」

「うむ。そなたの迅速な対応は大義であった。先見の明があると議員らが褒めていたぞ」

「それは過分なお言葉です。実は……」


 皇帝は振り返って、言い淀んだセミル大神官を見つめた。


「何だ?」

「実は、先ずお耳に入れておきたい話がございます」


 そこで皇帝とマルクス侍従が耳にしたのは驚くべき話であった。

 妃候補ナタリーに、予言の能力(ちから)が発現したと言うのだ。

 セミル大神官は、ナタリーが様々なことを言い当てたことや、小姓イザヤがクロエ妃の不正を見つけると予言したこと、そして都市アブロンに神官を派遣させるはずだと予言したことも話した。


「なるほど、予言の能力(ちから)か。それで派遣団を迅速に組織することが可能であったと……」

「さようでございます。しかし、未来を大きく変えてしまう発言は出来ぬようで、ナタリー様がどこまでの未来を予見しているのかは、皆目見当もつかず……」

「ふむ。一度、会ってみるか。マルクス、後宮監督官に……」

「陛下」


 マルクス侍従は、皇帝の言葉を遮った。


「後宮を訪ねるのは止(よ)してください。後宮で指名すれば事実はさておき、夜伽の指名として記録が残ります。妃候補の段階でそれはかつて無いことですので、実行しようとなされば嫉妬したマケイラ様が妨害なさるでしょう」


 そう進言すると、セミル大神官が思いついた顔で「ならば神殿にお越しください」と言った。


「神殿に呼び出すのか?」


 皇帝は不可解な面持ちである。


「いいえ。呼び出さずとも、ナタリー様は隔日で礼拝に来ておりますので」

「ほう。遠いところを隔日とは信心深いのだな。しかし、そこでマケイラと出くわせば、密会だと疑うだろう。ならば、後宮を訪ねるのも同じではないか」


 セミル大神官が、マルクス侍従に目で合図した。

 それに気付いた皇帝が「何だ?」と振り返ってマルクス侍従に答えを求めた。


「実は……マケイラ様が神殿に参るのは儀式日のみですので……。それ以外の日であれば、出くわすことは無いかと……」


 皇帝は眉間を曇らせた。

 儀式日しか神殿に行かぬのは皇帝も同じだが、自分の宮(パレス)に専用の礼拝堂がある皇帝と皇太后は朝の礼拝を欠かすことはない。

 後宮から神殿へは遠いため、皇帝がマケイラ妃に「礼拝に通え」と指示したことは一度もないのだが、セミル大神官からマケイラ妃の信心深さを聞いて彼女を褒めたとき、彼女は思わせぶりに話していなかったかと疑ったのだ。

 つまり、見てもいないのにマケイラ妃は礼拝に通っていると思い込んでいた。

 そういえば、数年前からセミル大神官がマケイラ妃を褒めなくなっていたことにもようやく気付いた。


 マルクス侍従は、マケイラ妃の株が少し落ちたかもしれないなと思った。

 この事を問われたことは無かったし、わざわざ告げることでも無かったので伏せていたが、このような形で馬脚を現すことになるとはマケイラ妃も予想だにしない筈である。


 皇帝は短い無言ののち「今夜はマケイラの宮に行く。後宮監督官に伝えてくれ」と言い残して背を向けた。



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