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6番目の妃候補に捧ぐ最期の口づけ  作者: sen
第二章 イザヤの出世とナタリーの覚醒

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予言

 静寂の中、ぽたぽたと滴る水音が響く。

 額がひやりとして、まどろみから覚めた。

 この感触は、かたく絞られた冷たい布だと気付いたとき、視界から手が遠ざかっていった。


「ナタリー様!! 気がついたのですね!!」


 手の主はゾーイだった。


「ああ、良かった。本当に良かった。あ、待っていてくださいね。セミル大神官を呼んできます」


 パタパタと遠ざかっていく足音を聞きながら、ナタリーは漆喰が塗られた高い天井を虚ろに見つめた。


 ここはどこだろう。


 セミル大神官の名を片隅に置きつつ、ゆっくりと周囲に目をやった。

 とても広い空間に、沢山の無人のベッドが整列している。その数は二十くらいだろうか。

 そこは神殿の病室だった。

 やがてセミル大神官がやって来た。

 セミル大神官は先ほどゾーイが座っていた木の椅子に腰を下ろすと、今しがた額に置かれたばかりの布を取って、手のひらで体温を確かめた。


「まだ、熱がありますな。外傷は見当たらないが、どこか……」


 そう言いかけたセミル大神官は、ナタリーの顔を見て動揺した。

 ナタリーの目から、ぼろぼろと涙が溢れていたのだ。


「どこか痛むのかね?」

「頭が……割れそうに痛いんです……」

「ああ、そうか。冷やそう。それがいい」


 セミル大神官は狼狽えている。

 ゾーイは「花瓶が当たったのですか!?」と問いつつ、セミル大神官から受け取った布をもう一度水に浸した。


「いいえ……当たっていないわ……」


 ナタリーはゆっくりと体を起こした。


「起きあがっては辛いでしょう」


 セミル大神官がそう言ったが、ナタリーは頭を振った。


「大丈夫です。二人に話さなければならないことがあるので……」


 余韻で泣きだしそうになったが、ナタリーは呼吸を整えて涙を手で拭った。


「今、話さなければならないのか? 少し落ち着いてからの方がよいのでは……」

「いいえ……。突然のことで整理がつかなくて……忘れてしまわないうちに話さないと……」


 セミル大神官もゾーイも、ナタリーは混乱しているようだと気付いていたが、ひとまず言葉の続きを待った。


「私……未来を見たわ……」


「ん?」とだけ発したセミル大神官は、脇に立っていたゾーイを見上げた。

 ナタリー様は何を言ってるんだ? という目でゾーイに助けを求めたのだ。

 しかし、ゾーイにもナタリーの言葉に心当たりはなかったので、わかりませんという顔で頭を振った。


「ああ……。何を言いだしたんだって思うわよね……。私が頭を打っておかしくなったと思っているでしょう?」

「いやいや、そんなことは……」


 セミル大神官は狼狽えた。


「「やはり落ち着いてから……」」


 セミル大神官とナタリーの声が重なった。

 思わず、セミル大神官とゾーイは目を見交わした。


「信じられないのは分かる……。けれど事実なの。大神官。花瓶を落としたのはミアですね?」


 セミル大神官は、驚愕して口籠(くちごも)った。


「え……? それは大神官が手を滑らせたのでは……」


 ゾーイは、信じがたい様子でセミル大神官を一瞥(いちべつ)した。


「大神官はミアを庇(かば)ったの。でも、これは事故よ。ミアは落とすつもりじゃなかった。この事を掘り起こすつもりはないから、ゾーイも表沙汰にはしないでね」

「え……と。ナタリー様が望むなら、それに従いますが……」


 ゾーイが不満げに応(こた)えると、セミル大神官は諦めたように口を開いた。


「返す言葉もないよ。馬鹿な姪で申し訳ない……しかし、未来が見えたと言うのは……」


 セミル大神官は半信半疑である。


「見えたから、花瓶が落ちてくるのが分かったんです。それで避けることが出来たんですが……それから様々なことが見えて頭の中がいっぱいで……今もまだおかしくて……」


 ナタリーはこめかみを揉んだ。

 頭痛は外因的な痛みではなく、情報量が多すぎるせいで、頭の中を何かが這い回っているような得体も知れぬ感覚なのだが、それが辛くて何かせずにはいられないのだ。


「あぁ……。大神官は、私の髪飾りを持っていますよね。内廷への侵入者は私だと知っていたのに黙秘してくださったこと、本当に感謝しています」


「え……」と、声を発したのはゾーイだった。

 セミル大神官は理解が追いつかず、手のひらで口を拭った。


「あの時、ウーゴ神官に治療していただいたのが彼女、ゾーイなのです。ウーゴ神官にも感謝の言葉しかありません。お二人のおかげで、私とゾーイの命は助かったのだと思っています」


 セミル大神官は、何と答えればいいのか分からなくなっていた。

 ナタリーが「信じていただけましたか?」と訊くと「いやいや」と首を振った。


「夢を見てるみたいだよ……。しかし、アサイ族の能力(ちから)は予言の能力(ちから)だと聞くが、過去まで見通せるのかね?」

「いいえ。過去は見えません。未来が見えれば過去を読めると言うか……。それに予言は……未来を大きく変えることになるので、遠い未来の予言をすれば必ず外れます。当たっていると信じてもらうには、私が知らないはずの話をするか、少し先の未来しか話せないのです」

「なるほど。確かに今聞いたのは、普通ならナタリー様が知る筈のない話だ。しかし、何らかの手でそれを知ったと疑うことも可能だ。ほとんど信じているが、まだ八割と言ったところか……」


 セミル大神官が言うと、ナタリーは分かっていたかのように頷いた。


「では、少し先の話を……。もうすぐイザヤが大金を手に入れます」



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