審判権と後宮監督次官(二)
ときにイザヤではなく、マケイラ妃の宮に仕える小姓デニスがゾーイの揉め事に加担したこともあった。
それはイザヤと同じ傾向だった。
ナタリーの悪口を言われたゾーイが言い返したことで、どこかの小姓がゾーイに詰め寄っていたところ、どこからかデニスが走ってきてその小姓と喧嘩になりかけたのだと。
後宮監督官は珍しいこともあるものだと思った。
小姓同士の衝突はよくあることだが、それは自分の仕える宮が悪く言われたときである。
マケイラ妃のところでは、侍女を助けて粋がるのが流行っているのだろうか。
よくよく考えれば、マケイラ妃の悪口を堂々と言える恐れ知らずはいない。
また、そこで働いているイザヤとデニスがマケイラ妃より下位の妃を妬んで悪口を言う筈もないから、普通に考えればイザヤ達が他の宮の者と揉めるなど起こりがたいことなのだ。
そうなってくると、イザヤ達は弱い立場の侍女を助けているのだなと思うしかない。
こじつけのようだが強引に納得しはじめた頃、またもやイザヤが揉めていると報告があった。
もう何度目になるか覚えていなかった。
経緯が目に見えている騒ぎのために、わざわざ現場へ出向くのが億劫になった。
「マルクス侍従。私の代わりに現場に行ってくれないか」
折りよくマルクス侍従が執務室に来ており、マケイラ妃の宮の帳簿を確認していたところだった。
「私が、ですか?」
マルクス侍従は、なぜと言いたげな顔をした。
「帳簿の確認が、もう少しかかるんだ。声をかけておくから兵士を三人ほど連れていくといい。イザヤは無罪。相手の小姓には、一晩入牢と言い渡してくれ」
「それは構いませんが……原因を聴かずともよろしいので?」
「いつものことだ。問題ない。どうせ悪いのは相手だ」
マルクス侍従は「いつものこととは?」と、納得しかねる顔で訊ねた。
後宮監督官ともあろう者が未調査で判決するとは、職務怠慢だと思ったのだろう。
後宮監督官は、イザヤがこれまで起こした騒ぎを説明し、マルクス侍従を納得させてから特例の言い渡しを彼に委ねた。
しかし、この特例措置が、のちに後宮の治安に大きく関わることになる。
先ず、イザヤは後宮監督官を後ろ盾に得たという誤情報が拡散した。
どれほど騒ぎを起こしても有罪になったことは一度もなく、さらに後宮監督官が現場に現れずに判決が下ったのだから、その誤情報は致し方のないことであった。
しかし、これを機にイザヤが騒ぎを起こすこともなくなった。誤情報のおかげで、皆がイザヤを敬遠しはじめたのである。
むしろ後宮監督官にとっては嬉しい誤算だった。
小姓同士の衝突は、そこにイザヤが通りかかるだけで治まるようになったのだ。
イザヤと揉めたところで、イザヤは無罪、自分だけが有罪。と噂になっていたらしく、しかも「イザヤはなぜか他人の揉め事に首を突っ込みたい変わり者だから、イザヤの前で揉めるな」と囁かれているようだった。
おかげで、他の宮の悪言を堂々と吐く者は激減し、後宮に平穏が訪れた。
目を光らせてばかりいられぬ後宮監督官とは違い、雑務に動き回っているイザヤの方が、いつどこで現れるか分からない不安を煽るのだろう。
そう考えていたとき、後宮監督官は良案を思いついた。
直ちに人事権を持つ皇太后陛下にその案を申し上げ、さらに皇帝陛下の決定を待った。
名分は、後宮の治安維持のためだ。それが承認されるのに、さほど日にちはかからなかった。
「私をお呼びだと聞きました」
執務室に呼ぶと、イザヤは緊張して立っていた。
呼ばれた理由が分からないからであろう。
後宮監督官はイザヤの前に立って、巻いてあった勅書を広げた。
「小姓イザヤを後宮監督次官に任ずる」
「え……?」
イザヤは理解していない顔で固まった。
「勅書だぞ。敬礼して受け取りなさい」
そう言ってやると、イザヤは狼狽しつつも言葉通りに従った。
「心配せずともよい。君は今まで通り、マケイラ様の小姓を続けるんだ。次官は兼任という形にしてある。言ってしまえば、名前だけだな。今までと何も変わらない」
「では……何故、次官に?」
「君が変わらずとも、周りが変わったからだ」
イザヤは首を傾げていた。
後宮監督官は、これまでイザヤが騒ぎを起こす度に、詫びの品だと言う指輪やら、首輪やらを、果てしなく受け取ってきた。貸しが積もっていくようで落ち着かなかったが、それが馴染んでしまうと、ふと、ただでは施さぬのだなと思うときがある。
決して施しを受けたいのではなく、彼はそういう男なのだと思うのである。
イザヤを次官にしてしまえば、もう施しを受けなくて済むだろう。ようやく胸のつかえが取れる。一石二鳥でよいことばかりだと思うと笑みがこぼれた。
イザヤにとっても申し分はないだろう。 名ばかりであろうと、出世には違いない。
管理の仕事を教えてやれば、私が退職するときにはイザヤに引き継いでやれるのだが……。
そんな暇はないだろうなと思い、後宮監督官は首を横に振った。




