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6番目の妃候補に捧ぐ最期の口づけ  作者: sen
第二章 イザヤの出世とナタリーの覚醒

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イザヤの策略

 その日は宮(パレス)の応接間に宝石商が訪れていた。

 かねてよりマケイラ妃が贔屓(ひいき)にしている者だそうで、取引後も世間話に花が咲いていた。

 イザヤは侍女長の隣で壁際に控えていた。

 ミアは運んできた飲みものを侍女長に渡していたのだが、その時のマケイラ妃と宝石商の話題は、もっぱらアサイ族のことだった。


「アサイ族は不思議な能力(ちから)があると言うけど、どのような能力(ちから)なのかしらね」

「妃候補のお方に能力(ちから)はないのですか?」

「たかが候補のことなんて知らないわよ。あなたは知っているの?」

「妃候補のお方のことは知りませんが、世間では予言の力だと広まっています。しかし、アサイ族が皆、能力(ちから)を持っているということではないらしく……」


 いよいよマケイラ妃が食いついて、話の続きを待っている最中(さなか)、ミアが「予言の能力(ちから)ですか?」と、話の腰を折った。

 イザヤは、マケイラ妃が怒るのではと思ったが、意外にも全くそのようなそぶりは見せずに「何か知っているの?」とミアに訊ねた。

 マケイラ妃は気まぐれなのだ。

 興味のある話題を振れば、周囲が差し出がましいと思う瞬間でも、彼女には違うようであった。


「知っているという程ではないのですが、反乱が起こった時、ナタリー様の様子がいつもと違ったのです」


 マケイラ妃は宝石商の存在を忘れたかのように、ミアの方へ体を向けた。

 アサイ族の話より、アサイ族のナタリーについての話の方が面白そうだと思ったらしい。


「違ったとは? 具体的に話して」

「私達はウェストガーデンで矢の襲撃に遭ったのですが、その直前にナタリー様が辺りを見回していたのです。何か聞こえなかったかと仰ったのですが私には何も聞こえなかったので、もしかするとそれが予言の能力(ちから)だったのかと思いまして……」


 マケイラ妃は明らかに気抜けした顔を見せて、また宝石商の方に向きなおった。


「聞いて呆れるわね。どうせ虫でも飛んでいたのよ。本当に予言の能力(ちから)があるなら、わざわざウェストガーデンには行かないわ。そう思わなくて?」

「確かに。仰るとおりです」


 宝石商は、うんうんと頷いた。


「それともまさか、アサイ族の力って虫の羽音を聞くことなのかしら」


 マケイラ妃は馬鹿にして笑ったが、イザヤ自身、予言だとかの目に見えぬものを信じる質(たち)では無かったので、ミアよりもマケイラ妃の言い分の方が現実的だと思って聞いていた。


 ひとまず、その時は大人しくなったミアだったが、厚顔無恥な性格は治るものではないようで、その日を境に本質が現れはじめてきた。

 マケイラ妃の機嫌がいいと見るや否や、積極的に話しかけることが多くなったのだ。イザヤはミアが出しゃばるのが気に食わなかったため、ある日、離れたところからマケイラ妃を見つけて近寄ってきたミアの足を引っ掛けた。


 その日、マケイラ妃は皇太后の茶会に招待されていたため、面倒だと言いつつも身繕いを終えて廊下に出たばかりのところで、イザヤはそれに同伴する侍女長に手土産のワインを渡そうとしていた。


「マケイラ様。これから出発されるのですね。今日のドレスもお似合いで……」


 小走りで寄ってきたミアの足を引っ掛けると、ミアは「きゃあっ!!」と、甲高い声を上げて転んだ。

 そのせいで、侍女長はワインを受け取る息が合わずに手を滑らせ、割れた瓶の破片が床に散らばった。

 ミアが褒めようとしたマケイラ妃のサテンのドレスは、ワインを吸って台無しになった。


「「申し訳ございません!!」」


 イザヤと侍女長の声が重なった。


「え、あっ!! も、申し訳ございません!!」


 ミアは転んだせいで、謝罪が遅れた上に「しかし聞いてください!! この者が足を引っ掛けたのです」と、罪を擦(なす)り付けてイザヤを指差した。

 イザヤはミアの頭の悪さを知っていたが、この場で釈明するほどだとは思っていなかったので、心底驚愕した。そして、もう一度謝罪を述べた。


「仰るとおりです。私(・)の(・)足(・)に(・)彼(・)女(・)の(・)足(・)が(・)絡まってしまいました。申し訳ございません」

「そうなんです!! 私は悪くありません!! どうかお許しください!!」


 マケイラ妃は、深く息を吸って、肩で吐いた。


「まぁ、いいわ。皇太后陛下の茶会に行っても退屈なだけだし、断る口実が出来たわ。マルクスに欠席を伝えるよう言って。それと、代わりのワインも届けておいて」


 侍女長に言った後、マケイラ妃は「イザヤ」と呼んだ。

 イザヤは、いささか緊張した。


「ミアを打ちなさい」


 ミアは驚愕に目を見張った。

 侍女長は「あの……マケイラ様……」と気がかりな様子で、止めるべきか否か迷っている。

 以前、イザヤがミアを打ったときの手加減の無さを覚えていたからだ。

 その顔を見てマケイラ妃は、しばし考えていた。


「そうね……十回でいいわ」

「承知しました」


 イザヤが頭を下げると、ミアは体を震わせて泣きそうになった。


「マケイラ様、お許しください!! 嫌です!! 嫌、嫌っ!! お願いです!! 命令の撤回を……っ!!」


 あまりに泣き叫ぶので、マケイラ妃は「うーん」と悩む素ぶりを見せた。


「十一回ね」

「そんな……っ!! マケイラ様っ!!」

「十二回」


 流石のミアも口を閉じた。

 しかしマケイラ妃には何も言わなくなったが、今度はイザヤに対して願い始めた。


「嫌なの……本当に嫌なのっ!!」


 イザヤがミアの首元を掴んで体を引き寄せると、その顔が逃げた。


「嫌っ!! 何で私なの!? 悪いのはアンタなのにっ!!」

「俺は命令に従うだけだ。舌を噛むぞ。歯を食いしばれ」


 そう言ってやると、ミアは口と目を固く閉じた。



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