密会
イザヤとミアがマケイラ妃に仕えるようになって、ずいぶんの月日が経っていた。
当初、肩にかかるほどの長さだったイザヤの髪は、今やしっかりと後ろにまとめられている。
ホセ侍従の下に居た頃は、首の後ろが鬱陶しくなるとナイフで短く切っていたのだが、つい暇がなく伸びはじめた髪を縛っていたら、マケイラ妃がその髪型にしろと強いた。自分の臣従がみすぼらしいのは不快なのだと。
それ以降、イザヤは髪を伸ばし、衣服も安物ではなく、北部産の上質な亜麻布でしつらえた物を着るようになった。貴族のデニスとハリに並んでも見劣りせぬどころか、イザヤには皇太后から賜ったダガーがあるだけに、小姓内では抜きん出た身なりになっている。
その姿はマケイラ妃をすこぶる満足させた。
彼女にとっては、臣従さえも装飾品の一部なのだ。自分の所持品が羨望されると気分が良いのだろう。
ミアは初日の洗礼が堪えたのか大人しくなった。
しかし、それはマケイラ妃の宮に居る時だけだとイザヤは知っていた。
水場での洗濯時や、調理場へ行った時などは、マケイラ妃の女中であることを鼻にかけて、他の女中に威張り散らしているらしい。
それらの情報は、妹のゾーイから知ることが出来る。
ゾーイはナタリーの侍女になっていた。
元々、五人いた女中の中で生き残ったのはゾーイのみであった事と、侍女であったミアが抜けた事で、急遽、ゾーイが昇進することになったのだ。ならば、ゾーイはミアより上の立場になると思うのだが、ミアは未だにゾーイを見下している。
イザヤは、その様子を一度だけ目撃したことがあった。
以前、厨房の水をついでに運んでやった時のことだ。水がめを荷車から降ろしていると、厨房の方からミアの声が聞こえてきた。
「こっちはマケイラ様なの。お前の主人はたかが候補でしょ」
やがて食事の入った籠を持ってミアが出てきたので、妃候補の女中と揉めたか?と、イザヤは漠然と考えていた。
しかし、厨房に水がめを運び入れた時に見たのはゾーイの姿だった。
何があったのか直ぐに問いただしたかったが、兄妹であることは伏せているので、一旦その場はやり過ごし、夜が更けてから密かにゾーイを呼び出した。
「あいつと何があった?」
ゾーイは「ああ、ミアの事……」と、前置きした。
「私が先に待っていたのに、後から来たミアが横取りしたの。いつものことだよ」
ぼんやりと予想はしていた答えだったが、それが確信に変わると腹立たしさも明確なものになった。
「あいつ……!! しおらしくしてると思えば、見えていないところでは、やはりそういう態度か」
ひとまず感情を吐き出すと、ふと感じていた疑問を思い出した。
「しかし……。そもそもなぜ侍女のお前が厨房に? 食事を取りに行くのは女中の役目だろ。まだ女中の手が足りないのか?」
ゾーイは、しばし目を丸くして考えた後、思いついて「ふふっ」と苦笑した。
「何かおかしいか?」
「うん。兄さんはマケイラ様の宮しか知らないんだなって……。言っておくけど、侍女が厨房に行くのは普通よ。マケイラ様のところみたいに、何もすることがなくて立ってるだけの侍女なんていないの。身の回りのお世話は全て一人でこなすのが普通なのよ。だから、ミアは私達を見下すんだと思うけど……」
ゾーイは言いにくそうに言葉を続けた。
「でも、兄さんも……私達には当たり前のことが当たり前じゃないのね。高そうな服を着るようになったし」
「それは必要なことだから身なりを整えただけで……」
「それは分かるんだけど。どう言えばいいのかな……。本当にマケイラ様の小姓なんだって思うと、私の知ってる兄さんじゃないような気分になるの。遠いところに行っちゃった気がして、少し寂しいよ」
「いつでも近くにいるだろ」
「うーん。伝わってない気がするから、もういいよ」
イザヤはゾーイに呆れられた気がして言い直したかったが、言葉が思い浮かばなかった。自分が変わったつもりは無かったし、ただマケイラ妃が特別なせいで常識を知らなかっただけだという事を知ってほしかったが、ゾーイの心に寄り添える言葉を探しているうちに、ゾーイは辺りを警戒しはじめた。
「見つかったら面倒だから、そろそろ戻るね」
月明かりはあったが建物の影なので、もし誰かが通りかかっても顔はわからないと思うが、ゾーイはもう背を向けていた。
兄弟であることを隠しておこうと言ったのはゾーイなのだ。
マケイラ妃とナタリー、敵対する場所にそれぞれ仕えているのだから、余計な詮索を避けるにはその方がいい。
イザヤが名残惜しさを感じつつゾーイの背中を見つめていると「あ!!」と、何かを思い出したようにゾーイが振り返った。
「ミアのことだけど、いつまでも大人しくしてる人じゃないと思うよ。ただの勘だけど、彼女はそういう人だから」
そのゾーイの勘が当たっていたと気づくのはさらに先のことだが、ミアが本性を表し始める前兆はあった。




