セミル大神官と純金の髪飾り(二)
「叔父様。何かあったのですか?」
執務室の奥にある小部屋から顔を出したのはミアだった。
「やはり、まだ居たか」
セミル大神官は、執務机の引き出しに髪飾りをしまいつつ、再びため息をついた。
姪のミアは、わがままな娘である。
「一体いつまで、ただの女中のままで我慢しなければいけないの」と言うから口利きしてやれば「妃候補の侍女より妃の侍女になりたかったのに」と不服を言う娘だ。
大神官とて出来ないことはある。後宮監督官に侍女の推薦は出来ても、仕える主人までは口を出せない。妃候補の侍女に選ばれたというなら、それがミアの実力なのだが……。
「ねぇ、叔父様!! 今、何を入れたの? 髪飾りじゃなかった? 見せてほしいわ!!」
ミアは目を輝かせて、机の向かいに立った。
そういえば「自分の興味があることには目敏いくせに、気の利かないところがある」と、後宮監督官から聞かされたことがある。
「お前のそういうところが妃の侍女に選ばれなかった理由だとなぜ分からぬのだ」
「何よ。叔父様だからお願いしてるだけでしょ。妃には言わないわよ」
ミアは頬を膨らませたが、セミル大神官が本気で怒っているわけではないと知っているので「お願い!! 高そうだったから見たいだけなの」と、甘えた声を出した。
姪は可愛いものだ。
セミル大神官は、滅多に里帰りも出来なければ、妻も子も居ない。
手を焼く娘であれど、叔父様と慕ってくれる姪は可愛くて仕方ないのだ。願いは叶えてやりたくなる。
しかし、この髪飾りだけはいけない。
ミアはナタリーの侍女なのだ。ナタリーの髪飾りだとすぐに気づくだろう。ウーゴ神官ほどの慎重さと賢さがあればまだしも、ミアはどちらも欠けている。知れば、災いを招きかねない。
「お前はそんなことに関心を寄せている場合ではなかろう。主人を放って逃げ出す侍女など居らんと言うのに、なぜ戻らぬのだ。早く頭を下げに行け!!」
つい、怒鳴ってしまった。
執務室に人を通したくないのも、ミアがいるからなのだ。
有事に主人と離れている侍女など、どのような噂が立つか分かったものじゃない。ミアのために戻れと言っているのに、親の心子知らずとは、よく言ったものである。
「だって……今さら戻れないでしょ……。謝っても、もう侍女は続けられないじゃない」
ミアは涙をこらえている。
「それは分からぬだろう。許してくれるかもしれぬだろう?」
「気休めは言わないで!! 逃げだす侍女は居ないって言ったのは叔父様でしょ!? ナタリー様が許してくれても、監督官は許してくれないわ……。また女中に戻っちゃう……」
「女中でもよかろう。また侍女になれる時が来る筈だ」
「嫌よ!! やっと侍女になって自慢してたのに、女中に戻ったら皆から馬鹿にされるわ!! しかも、ナタリー様は妃になれそうもないじゃない!! 侍女だから我慢してたのに女中なんて絶対に嫌よ!!」
ミアの涙腺はとうとう堰を切った。
セミル大神官は、主人を蔑むとは……と呆れたが、ミアの言い分も分からぬでもなかった。侍女になれば、どこの配属であろうと序列は同じだと思いがちだが、主人の権力に左右されるところがある。現在ならば、マケイラ妃の侍女が一位と言ったところであろう。妃候補の、しかもナタリーの侍女ならば、冷遇されていても不思議ではない。
「ミアよ。泣いてもどうにもならぬだろう。逃げたのはお前だ。一からやり直すつもりで、また頑張ればよかろう」
「一から……?」
ミアは、ふと何かを思いついた顔で泣くのを止めた。
「そうだわ!! 一からやり直すわ!! 女中でいいわ!! 叔父様、私をマケイラ様の女中にして!!」
セミル大神官は目を見張った。
何を言いだすのかと思えば……。
ミアは自分の能力を分かっていないらしい。後宮の規則を覚えていて、指示されたことはできるから、自分は完璧だと思っているのだろう。それは、ただの基本で、できるのが当然と見なされることなのだ。見ざる、聞かざる、言わざる、の姿勢で忠誠心があってこそ、優れた侍女だと認められる世界で働いているのに、これまで周りの侍女をちゃんと見ていたのか? と疑いたくなる。
「お前は何を言っているんだ。マケイラ様がお前のような……」
言いかけて思い出した。
本来ならば、マケイラ妃がミアのような娘を使役う筈はないのだが、皇帝が女中を大勢殺したと聞いたばかりだ。人手不足の今ならば、ミアでも仕えさせてもらえるかもしれない。
一瞬そう思ったが「いやいや」と首を振った。
「やめておけ。マケイラ様は厳しいお方だ。お前も噂くらいは聞いたことがあるだろう。皆に自慢したいだけなら別の方法を探すほうがいい。くだらぬ考えで務まる場所ではないのだ」
「一からやり直すって言ったでしょ。女中経験は長いんだから大丈夫よ。他の妃のところは何回も行ってるし、ちゃんとやれるわ」
「他の妃とマケイラ様は違う。自分の能力を過信するな」
「何よ。髪飾りを見せてと言っても見せてくれないし、マケイラ様の女中もやめておけって。叔父様は私のことに反対しかしないの? 私がこのまま戻らずに、ずっとここに居てもいいの?」
セミル大神官は「うーん」と唸った。
ここで髪飾りの話を持ち出してくるとは、いくら可愛い姪であっても憎々しいと思ってしまう。
「雑用でもいいの。心を入れ替えて誠心誠意お仕えするわ。だから、お願い!!」
長らく渋ったが、髪飾りのことを忘れてくれるならと、願いを叶えてやることにした。




