セミル大神官と純金の髪飾り(一)
セミル大神官は、執務室前で自分を待っていた神官を見たとき動揺した。
「大神官、待っていたのです。実は内密の報告がありまして……」
大柄な体格の、どんぐりのような目をした神官である。
名はウーゴ神官だ。
彼は十代の時から神官見習いを経て、三十年近く宮廷神殿に属している誰が見ても真面目な男だと言うだろう。
しかし、彼の医術の腕は確かなのだが、そちらの研究に注力し過ぎなところがある。礼拝よりも医術に熱心なのだ。ゆえに盲目的に神を崇拝する神官達とはどこか相性が合わぬらしく、今日も軽傷者の治療に回されていると聞いた。
彼の腕ならば重傷者の治療に回すほうがよいのではないかと思うのだが……。
ある一部の神官らは、もう助からぬかもしれないと思うような重傷者の難しい治療に挑みたがる。治療に成功すれば崇められるし、もし失敗して死なせてしまおうとも、端から助からぬかもと思われていれば神官に責任が問われることはない。それどころか神の御下にお送りする祈りを捧げることで、ありがとうございますと感謝されるほどだ。
ウーゴ神官は愛想のない男なので、密かに形成されている派閥とも縁がなく、そういう神官らに軽傷者の治療へ回れと指示されたのだろう。
しかし、目の前の患者だけに向き合うウーゴ神官は周囲からの評価には無頓着なので、邪な理由で重傷者の治療をしたいなどと望むような男ではない。
ここに来たのは、担当場所の不満を告げに来たわけではない筈だ。
ならば、現場を差し置いてまで訪ねてくる理由は何だろうかと思った。
「急用でないなら、またにしてくれ」
セミル大神官は、手で追い払う仕草をした。
何か予期せぬ事件でもあったのかと思ったが、内密と前置きされてしまうと、執務室に通してやって話を聞いてやらねばならない。しかし、今は誰も執務室に通したくないのだ。
「お時間は取らせません」
「君も知っていると思うが、大勢の死者の身元を調べるのに手間取っておるのでな。時間は幾らあっても足りぬのだ。すまぬが、また後で……」
セミル大神官は、一方的に述べて執務室に逃げ入り、扉を閉めようとした。
しかしウーゴ神官は、すんでのところで扉を掴み、僅かな隙間から「皇帝陛下が探していた侵入者はアサイ族の妃候補です」と切迫した声で囁いた。
「何っ!?」
セミル大神官は思わず扉を開け、廊下に誰もいないか確かめた。
他の神官らは未だ治療に当たる者と、死者の名簿作成に勤しんでいる者ばかりなのだ。人影が見当たる筈はないことは分かっていたが、ひとまず確かめねば落ち着かなかった。
「アサイ族の妃候補が、負傷した女中を連れてきたのです。ベッドに空きが無かったので、治療を頼める神官を探しているうちに内廷へ出てしまったのでしょう。ウィリアム卿と関係がないのは明白でした」
「そうか……いや、うむ……」
なるほど。そういうことであったか。と思ったが、事実は知りたくなかった。隠蔽は罪である。
しかしこれを皇帝に報告すれば、ナタリーは冤罪で処される可能性がある。
「いや、待て。名乗ったか? 名はナタリー様だ。彼女だという根拠は?」
「名乗っていませんが、あの髪色を見れば分かります」
「いやいや、話にならぬ。似た色を思い込むことで、そういう色に見えることもある」
無理があるかもしれぬが、そういうことにしておきたかった。
しかし、そうさせてはくれなかった。
「これが証拠です」
ウーゴ神官が懐から出したのは、純金の髪飾りであった。
贅沢さえしなければ、二年三年は遊んで暮らせるほどの値が付きそうである。女中などが持てる代物ではないので、妃か妃候補の持ち物だと確定してしまう。
セミル大神官は、まずいことになったなと思った。
状況証拠だけで、侵入者はナタリーだと答えが出てしまうのだ。
「ううむ……。誰かに話したか?」
「いいえ。信用出来ぬ者に口を滑らせるほど馬鹿ではありません」
「そうか。よい判断だ」
「これは大神官が持っていてください」
「君が受け取ったんじゃないのか?」
「女中は兵士より体力がないので急いで処置する必要がありました。しかし、待っていた者が順番を越されるからには、それなりに納得できる理由が必要だったので、兵士の目の前で受け取っただけです。出所が直ぐに判明しそうな代物は売らない方が身のためですから、私が持っていても何の価値もありません」
「うむ、もっともな言い分だ。そういうことならば、私が預かっておこう。さぁ、持ち場に戻りなさい」
「感謝します」
深々と低頭して去ったウーゴ神官を見届けてから、執務室の扉を閉めた。
一先ず、執務室に通さずに済んだことは安堵したが、厄介なことを委ねられたと思うと、ため息が出た。
セミル大神官は無実の者が処せられるのは望まないのだ。
しかし、この事実を隠蔽した場合、もし露見すれば自分が処されることになるだろう。
さて、どうしたものか……。
考えるだけで気が滅入りそうだと思った。




