8話 平凡聖女は骸骨公爵の運動習慣を改善する
公爵様に専属聖女として雇ってもらい、二週間が経った。
発作も最初の一度以降起きていないし、順調に公爵様の体調はよくなっているようだ。
ここまでの治療方針がうまくいっているということは、やはり公爵様のご不調の原因は、魔力循環が影響している可能性が高いだろう。
公爵様は毎日の食事量が増え、薬草クッキーもおやつに召し上がってくださるせいか、骸骨のように痩けていた頬は、やや痩せているくらいになっている。
銀色の髪は艶が出て、侍女のお手入れがいいのか、私よりもサラサラになっており、正直、既に王女殿下と並ぶほどにお美しくなられていると思う。
もちろん、男性と女性という違いはある。
だが、潤いを取り戻した肌は長年寝込んでおられたせいもあり、公爵様の肌は抜けるように白く、紫水晶のような輝きを宿していた瞳も、はじめてお会いした時よりもはるかに輝きと鋭さを増している。
神秘的な銀髪と相まって、まるで作り物めいた美しさだ。
魔術をかけた後など、その瞳にじっと見つめられていることに気が付いて、ドキリとすることもある。
(骸骨公爵って言われていたのが、嘘みたいな変わりようだわ)
とはいえ、私は公爵様のご容姿よりも、健康状態の方が気になる毎日だ。
(発作の原因も気になるし……。あとは、魔力循環が滞ると、味覚にも影響があるのかもしれないのよね……)
公爵様に聞いた限り、魔力循環を補助する魔術をかけ始めてから、食事を美味しく感じるのだそうだ。
(気のせいかもしれないけれど実際に食事量も増えていらっしゃるし、どの本にも書いてない、驚きの発見かもしれないわ)
そうしたことを、毎日のご様子と共に公爵様の体調を記録するノートに日々書き綴っている。
そんなある日、私は執務室に呼び出された。
「どうなさったのですか? どこかご体調が悪いのですか?」
心配する私に、公爵様は首を振る。
「いや。体調は問題ない。折り入ってジゼル嬢に相談があるんだ」
「相談……?」
「最近、食事量も増え、体力も以前よりついてきた。それでだな。この機会に、もう少し本格的に体力をつけたいと考えている。自己流で進めるよりも、ジゼル嬢に相談した方がいいと思ったのだ」
「体力を……。ですが、まだ早いような気がするのですが」
「その心配はもっともだが、発作はジゼル嬢が来た日以来、起きていない。こんなにも体調がいい日々を送れているのに、何もしないのはもったいない気がするんだ」
「焦らず、もう少し体に栄養を付けてからでもいいと思いますが……」
「どうしても難しいのか?」
どうやら説得は難しいらしい。
断れば、公爵様は自分で運動を始めてしまいそうだ。
一応、聖女としての修練の一貫で、魔術に頼らず健康な肉体を維持する方法も学んでいる。
それに侍女時代にも王宮の図書館で知識を補強していて、それなりに知識がある方だ。
(王女殿下に対してそれらの知識を役立てたことはなかったけど、公爵様のために役立てられるのなら、学んでいてよかったかも)
私も前向きに気持ちを切り替える。
「かしこまりました。無理をせず、私の指示に従っていただけるとお約束していただけるのでしたら、少しずつ体力作りも始めましょう」
「もちろんだ、約束しよう」
「では、まず最初に毎日の散歩や、体を伸ばすストレッチなどから始めましょう。いきなり急激な運動を始めては体を壊す原因になります」
「そんなことでいいのか? 護衛に聞いたところ、騎士団に入団するような者は幼い頃から体を作るために走り込みなどを行っているという。そういうことをやってみたいと思っていたのだが――」
「とんでもありません。そのような運動がなさりたいのであれば、やはりもう少しご体調を整えてからで……」
私が言いかけると、公爵様は焦ったように発言を撤回する。
「わかった。先程、ジゼル嬢に従うと言ったばかりだしな」
「ご理解いただけて嬉しいです」
公爵様は複雑な表情で私を見る。
「ジゼル嬢は意外と厳しいのだな」
「そんなことはありません。公爵様のお体を思ってのことです。きちんとお言葉を守っていただけないと、悪化することもありますから」
「……、言いつけを守るとしよう」
真面目に頷いてくれる公爵様は、いい人なのだろう。
王女殿下の侍女をしていた時には、ここまでスムーズに進まなかった。
ダメだと理由を伝えてもご理解いただけず、殿下にご満足いただける別の方法を毎回必死で考えていた。
「では、ストレッチですが――」
この場で、座ったままできるストレッチを三つほどお伝えする。
「息が乱れてしまえばやり過ぎですので、平常の呼吸でできるよう気を付けてください。血の巡りもよくなるので、健康にもいいです」
「確かに、少しやっただけだが、体がほてってくるな」
「効いている証拠です」
ふと、思案気に公爵様が言う。
「ストレッチだけでもこれだけ注意があるなら、散歩もついてきてもらった方がよさそうだな」
「ご希望でしたらご一緒しますが……」
「お願いする。今日の夕方、部屋に迎えに行くから待っていてほしい」
少々強引に散歩に行くことが決まってしまい驚く私に、公爵様は微笑みかける。
「ジゼル嬢に庭を案内するのが楽しみだな」
(目的が違ってないかしら……?)
だけど折角のやる気に水を差すわけにもいかない。
公爵様の微笑みに動揺してしまった自分に、専属聖女として必要なことだと自分に言い聞かせつつ、夕方を待つことになった。
夕方。
約束通り、部屋まで迎えに来てくれた公爵様の案内で、私は庭を歩いていた。
ここに来るまでに散歩の際の注意を聞かれたが、息を切らさない速度で歩くくらいで、他に注意点はない。
庭の方は流石公爵家と言うべきか、色とりどりの珍しい花が植えてあり、結局私の方がこの時間を楽しんでしまっているかもしれない。
辺りの景色を見ていたはずなのに、ふと気が付くと、私は公爵様のことを目で追っていた。
夕陽に照らされた銀色の髪が、うっすらとオレンジ色に染まっている。
硬質な輝きに少しだけ色みがつき、いつもよりも温かみを感じられた。
深い紫色の瞳も楽しげなきらめきを宿している。
外を自由に出歩けることを楽しんでおられるのだろう。
(こんなに、お美しい方だったかしら……?)
そんなことをつい考えてしまった自分に驚き、私は慌てて首を振る。
「どうした?」
あまりにも変な行動をしていたからか、公爵様に尋ねられ、私は慌てて当たり障りのないことを口にした。
「いろんなお花を育てていらっしゃるんですね!」
「この領地では王都に出荷するための花を育てていてな。品種改良なども積極的に行っていて、出来がいい品種を庭にも植えている」
そういえば、公爵家のお屋敷にくるまでの道のりでも花畑を見かけたが、あれはただの花畑ではなかったようだ。
どれも美しいが、ふと水色の花に目がとまった。
(お母さんの目の色、私よりも少し濃かったって聞いたことがあるけど、こんな色なのかしら……)
ふと公爵様も足を止め、私と花とを見比べて尋ねる。
「その花が気になるのか?」
「あっ、その、少し……」
突然公爵様に声をかけられ、戸惑いつつ頷く。
「デルフィニウムと言って、切り花として人気がある。これはスプレー咲きと言って枝分かれして花を咲かせるタイプだが、他に一本の茎に鈴なりに花を付けるタイプもあるんだ」
「お詳しいのですね」
花の名前すら知らなかったと驚くと、公爵様は首を振る。
「領主として、この地で育て出荷している花の名はすべて答えられるよう勉強している。気になることがあれば、なんでも聞いてほしい」
「え、全部……!? お恥ずかしい話ですが、私、この庭の花の半分も名前がわからなくて……」
「珍しい花も多いから、あまり気にすることではない」
慰めだろうか。
考えていると、公爵様が続ける。
「……ジゼル嬢こそ、男が花に詳しくて、嫌とは思わないのか?」
「そんなことはありません。すごいと言ったのは本心ですし、領地のために学ばれたのなら尚更です。しかもご体調が優れないなか、お勉強なさったんですよね。大変だったと思います」
「そう褒められると、嬉しいが照れるな。だが、すごいというなら、ジゼル嬢もだ」
「私ですか?」
何のことを言われているのかわからず首を傾げる私に、公爵様は言う。
「ジゼル嬢は医者に治らないと言われた発作を止めてくれた。私は毎朝起きる度に、自分が健康になっていっていることを実感している。それはまるで奇跡のように思えるが、ジゼル嬢が今まで聖女として学び、努力した結果だろう」
「そんなこと言われたのは初めてです……」
思わず目を見開いて固まる私に、公爵様は続ける。
「なら、これから毎日でも感謝を伝えなければな」
「こ、困ります」
「何に困るのだ?」
公爵様は不思議そうだが、王女殿下には、侍女の私が出来て当たり前という態度しか取られたことがない。
だからこうして感謝の言葉を伝えられても、どう受け取って良いのかわからないのだ。
「答えられないということは、問題ないということだな」
口の端を上げて言う公爵様に、思わず胸がドキリとする。
(こ、これは、そう! きっと、褒められ慣れていないせいよ!)
心臓に悪い公爵様の態度に、なんとかそう結論づける。
「お、お礼は、公爵様が本当に健康になられてからで結構ですから」
「遠慮深いのだな」
ああ言えばこう言う公爵様に、私は困ってしまって話題を変えることにした。
「そ、そういえば!」
「ん?」
「あちらの花の名前はなんですか?」
「あの桃色の花か。あれは――」
公爵様の気が逸れたことにほっとしつつ、話を聞く。
けれどなぜか、翌日からも公爵様に散歩に誘われるようになり、機会があれば必ず感謝の言葉を伝えられるようになるのだった。




