3話 平凡聖女は骸骨公爵の専属聖女に任命される
かざした手からやわらかな光があふれ、次第に公爵様の呼吸が和らいでいく。
その様子にほっとしつつ、内心、魔術の効きがあまりよくないことに首を傾げる。
(あまり反応が返ってこない。ご病気ではあると思うのだけれど……)
単純な病ならば、回復魔術で全て消え去るはずだ。
公爵様の苦痛は和らいでいるようだが、魔術の手応えは何か引っかかるものがある。
(他に何かご不調の理由があるのかも)
もう少し時間をかけて確認しなければわからないが、今はひとまず公爵様の発作を和らげることを優先して力を使っていく。
どれくらいそうしていただろうか。
公爵様の呼吸が落ち着いてきたと感じていたところで、不意に目が開き、アメジスト色の瞳が私を見る。
「ジェラン、子爵令嬢……?」
「公爵様、お気づきになられましたか。勝手ながら、回復魔術をかけさせていただいております」
「もう、大丈夫だ……」
正直、もう少し魔術をかけ続けた方がいい気もしたが、公爵の言葉に素直に従う。
「……すまない。手間をかけさせた」
「滅相もございません。お加減は、もう本当によろしいのですか?」
「ああ、かなり楽になった……。正直、ご令嬢がこれほどの魔術の使い手とは思わなかった。さすが幼くして王女殿下の元にと望まれただけはあるな」
「――恐れ入ります」
公爵様の言葉を否定するのもはばかられ、頭を下げる。
そんな話をしていると、侍女が薬を持って来た。
先程の不調がウソのように話をしている公爵を見て、目を瞬かせている。
「聖女のジェラン子爵令嬢が回復魔術で発作を和らげてくれた。彼女に、新しいお茶を頼む」
侍女は尊敬の眼差しを私に向けると、再び部屋を後にする。
戻ってきた侍女によりお茶が入れ替えられると、公爵が口を開いた。
「改めて礼を言う。失礼を承知で伺うが、先程の治療は、聖女に伝わる特別な魔術を使ったのだろうか」
「いいえ、聖女なら皆修めている魔術です。今まで聖女の治療は受けられたことがなかったのですか?」
「医者のすすめで一度、治療を受けたことがある。しかし、その時は何の効果もなく、聖女からも私の不調は生来のもので、魔術では治療できないと言われた」
魔術をかけた時の手応えからして、確かに普通の病気ではなさそうだった。
しかし、私は回復魔術で治療できないとは思わなかった。
(でも何もわかっていない今の段階で、断言はできないし……)
どう伝えたものかと考えていると、公爵は続ける。
「陛下が私に遣わしてくださった王宮医も同意見のようだった。だからこそ、私には発作が起きた時に飲む薬しか処方されていない。以後は王宮医には処方だけ出してもらい、こちらの領にいる医師に、薬の調合だけ任せている」
「そうだったのですか」
「一つ子爵令嬢に提案がある。先程の話の後にこのようなことを言って気を悪くさせるかもしれないが、こちらで滞在中、私の専属聖女として雇われるつもりはないか?」
「専属聖女ですか……?」
思ってもみない提案に目を瞬かせる。
「発作の際、先程の魔術を頼みたい。それ以外は、自由にしていて構わない。あまり遠出されるのは困るが、行先を教えてもらえるのなら領都くらいまでならば外出も配慮しよう。もちろん、給金も払う」
提示された金額は、王宮で侍女として支給されていたはずの金額よりも多い。
下手をすれば、下手な宮廷医師よりも高額なのではないだろうか
(こんなにもらっていいの……?)
目を瞬かせる私に、公爵は申し訳なさそうに頭を下げる。
「やはり婚約を断っておきながらこのような提案、受け入れられないだろうか。金額はこれ以上、提示できないが、衣食住もこちらで手配する。他に何か心配があるか」
「いっ、いえ、ありません! 公爵様のお役に立てるのでしたら、光栄なことだと思います。しかし、それだけのお給金は、少々もらい過ぎではありませんか……」
「何を言う。ジェラン子爵令嬢の技術は誇っていいものだ。私にその技術に敬意を払わせてほしい」
今まで王女殿下には一度も褒められたことはなかった。
なのに、ただ一度魔術を施しただけの公爵様がこれほどにも評価してくれるなんて驚きである。
むしろその期待に応えられなかったらと若干不安になってくるほどだ。
「もったいないお言葉です。では、そのお言葉に甘え、発作の際の対応だけではなく、毎日の健康管理を手伝わせていただけませんか」
「健康管理というのは?」
「毎朝の状態確認を行って、ご不調のところに対処を行います。公爵様は、どのくらいの頻度で発作を起こされるのですか」
「平均、一日に三度くらいだ。多いときは五度以上起きることがある。それで、その健康管理を行うと、どうなるのだ?」
「発作を起きにくくすることができます。発作を減らした分、体力もついてくるはずです。そうして結果的に症状の改善に繋げられたらと考えています」
「そんなことができるのか……」
「それだけ毎日発作を起こしていらっしゃるのなら、きっと効果があるはずです」
王女殿下にお仕えしていた時にやっていたことだ。
ちょっとした咳、発熱前の寒気などに対応を行うことで、本格的に体を壊す前に対処でき、徐々に殿下は体が強くなっていかれた。
そうしてご健康になられた後は、肌の調子が悪かったり、髪の毛へのダメージに対応したりなど、殿下の美容に関する不調に対応を行っていた。
(殿下は、美容魔術と呼んでおられたわね……)
呼び方は特徴的だが、やっていることは回復魔術や障壁魔術の応用だ。
最初は、殿下のご要望に応えることができなくて叱責を受けることが多かったが、次第に私もコツを掴んでご要望に添うことができるようになっていった。
「そうか……。発作の頻度が減るだけでも、かなり助かるな。早速、明日からお願いしたい。問題がないならば、契約書を書かせよう」
公爵様は執事に先程の内容で下書きをするように命じている。
後で清書したものを持って来てくれるそうだ。
それらの手配が終わったところで、公爵様がこちらを見る。
「まだ、私は名乗っていなかった。このクロフト公爵領を治めるキースフォードだ。ジェラン子爵令嬢、これからよろしく頼む」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
「早速、部屋に案内しよう」
誰かに案内させるのかと思ったが、公爵様自ら足を運んでくださるようだ。
「あの、ご体調はよろしいのですか」
「ジェラン子爵令嬢のおかげで、ここ数年にない程に体が軽いんだ。だから心配はいらない」
ご厚意なのだろうが、発作を起こしたばかりなのに大丈夫なのだろうか。
だが、大丈夫だと言われてしまえば会ったばかりの私はそれ以上は何も言えず、案内をしてくれるという公爵様の後をついてお屋敷を進んだ。
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