2話 平凡聖女は骸骨公爵と対面する
王都からクロフト公爵領までは、馬車で二日の道のりだ。
途中、宿屋で一泊したものの、私が逃げ出さないようにという用心のためか休憩は最低限で、宿屋での食事も部屋まで運ばれる徹底さだった。
(そんなことしなくても私に逃げ出す場所なんて、どこにもないのに……)
そう思うが、御者も私とは話をしたくないようで、最低限の指示だけした後はずっと黙っている。
退屈な馬車の中、私はこれまでの人生を思い返していた。
私に聖女の素質があるとわかったのは七歳の魔力検査の時だった。
何かの折りに聖女になれば家を出ることができると聞いたことがあった私は、後で折檻を受けると分かっていながら、その場で聖女になりたいと口にした。
魔力が高い貴族出身の聖女は婚姻相手として社交界で人気が高いが、教会でも喜ばれる。
教会は常に自分達の都合で動く、実力がある聖女を欲していた。
私は子爵令嬢とはいえ、貴族であり、魔力も平民より多い。
実力がつき、生家との縁切りを望めば、教会側が喜んで手続きなどをしてくれると聞いて、修行に励んだ。
下級使用人よりも酷い扱いを受けていた子爵家の中で、聖女になることだけが希望だった。
幸い、私が人目のあるところで聖女になりたいと希望したことで、子爵夫妻は教会に通うことを禁じることはできなかった。
だが、聖女の勉強をするからと、私に課せられていた水くみや掃除、料理の下こしらえといった、当時私に押しつけられていた仕事を免除されることもなかった。
勉強と仕事に追われる日々を過ごし、ようやく迎えた十歳の時。
聖女になれたことが、心から嬉しかった。
既に修行期間中に実力を認められていたこともあり、教会で手続きも進めてもらっていた。
王女の侍女にという王命が下されたのは、あと少しで手続きが終わるという時のことだった。
通常の貴族令嬢であれば、五、六年かけて、婚約者を探しはじめる前に聖女と認められるように学んでいく。
それがわずか十歳で聖女の認定を得た私は、王宮でも注目されていたらしい。
二歳年下の王女殿下は生まれながらの病弱で、幼い頃は病で危ないことも多かったのだそうだ。
同性で殿下と年齢が近く、伏せりがちな殿下の遊び相手にもなり、ご不調に対応することもできる私の存在は都合がいいと、殿下の侍女として仕えることを名指しで命じられた。
王家からの命令を、子爵家が断れるわけがない。
私は教会所属の聖女となることを諦め、子爵家に籍を置き続けることになった。
しかも子爵令嬢では身分が低すぎると、王命でコートネイ侯爵家の嫡男との婚約まで組まれた。
未来の侯爵夫人であれば、ただの子爵令嬢よりもましだと思われたらしい。
そのせいで、継母やルイーズからの当たりがさらに厳しくなり、家にいられず、王宮の寮に入ることになった。
けれど結果的に侍女の仕事も婚約者も、異母妹に取って代わられることになってしまった。
(私が殿下のお側にいた意味はあったのかしら……)
いや、はじめの頃は、殿下も本当に少しの風にあたるだけでも風邪を引かれるようなお体の弱さだった。
だから私がやってきたことは無駄ではないのだと思う。
でも、そのことを、当事者である殿下に認めていただけていなかったということが、なんだか酷くこたえた。
(公爵様は私のこと受け入れてくださるかしら……)
殿下からは、婚約の手続きは済んでおり、この手紙を見せれば大丈夫だと言われたが、それで公爵様は急に押しつけられた婚約者を納得してくれるだろうか。
強制的に子爵家に戻されないよう、せめて交渉はできるだろうか。
(できたら公爵領の教会に置いてもらえるのが一番いいんだけど……)
そのくらいしか、考えることができなかった。
公爵領は、病弱な公爵様が治めているという割に、のどかな領地のようだ。
畑では農作物だけではなく、生花も育てているようで、こんな場合でなければ眺めるだけで楽しい気持ちになっただろう。
公爵家の屋敷に着くと、私を置いて馬車はさっさと帰っていった。
対応に出てくれた執事が困ったように私を見る。
「ご連絡にあった、ジェラン子爵家令嬢で聖女のジゼル様ですかな」
王宮のお仕着せは返してきたので、今着ているのは少ないお給料を貯めて買ったワンピースだ。
頑張っても商家の娘にしか見えない身なりに、本当に子爵令嬢なのかと思っているのかもしれない。
だが、人前に出られる洋服はこれしか持っていない。
侍女のお仕着せがあれば困ることはなかったし、手元にもらえるお給料が少なすぎて普段着はこれしか持っていないのだ。
「こちら、王女殿下からお預かりしたお手紙です」
「確かに、お預かりいたします。……印書は、本物のようですな。応接室にご案内いたしましょう」
殿下の封蝋を確認し、ようやく中に入れてもらえた。
応接室は簡素だが質のいい家具が置かれており、こんなワンピースで座るのが申し訳ないほどだ。
やはり私は歓迎されない客のようで、一時間近く待ったところで、ようやく執事と、公爵様らしき男性がやってきた。
銀色の髪に紫の瞳という王族によく現れる特徴を受け継いでいるものの、頬は痩け、本当に骸骨のように痩せている。
(彼が噂の公爵様……)
立ち上がって礼をすると、すぐに楽にするように言われた。
「お前が、王女殿下からの縁談でやってきたという子爵令嬢か」
「ジェラン子爵家のジゼルと申します。長く王女殿下にお仕えしてまいりました」
「確かに殿下からの手紙にも書いてあったな。しかしこの縁談、公爵家としては受けるつもりはない」
驚きが顔に出ていたのか、公爵は続ける。
「私は、確かに陛下には忠誠を誓っている。だが、この婚約は王女殿下の命によるもの。陛下がお命じになられるのであれば従うが、殿下の命に私が従う道理はない」
「殿下からは、すでに手続きは取られていると伺っておりますが……」
公爵は、苦虫をかみつぶした顔で頷く。
「陛下に事情を話し、解消に動くつもりだ。手続きが終わるまでは、我が屋敷に滞在できるよう取り計らおう。だが、ジェラン子爵令嬢には婚約はないものとして心得ておいてほしい」
断られる可能性は、馬車の中で考えてきていた。
だが、こうして会ったばかりの公爵様にまで不要と言われると、私に何の価値もないように思えてくる。
(でも、公爵様もこの婚約に乗り気ではないのなら、別にここでお世話にならなくてもいいわよね)
私も教会でお世話になる方が気が楽だ。
「でしたらこちらの領の教会へ、滞在許可をいただけませんか。私は聖女の資格も持っています。教会で働きながら公爵様から知らせを待ちたいと思います」
「この地を治める公爵として、それは許可できない。王女殿下の命でやってきた、婚約手続きも終わっているご令嬢を教会で過ごさせて万一のことがあれば、責任は私が負うことになる。そのために私の目が届くこの屋敷で過ごしてもらう必要がある」
「そんな……」
公爵様は私を気の毒そうに見つめており、意地悪で言っていないことは理解できる。
「ご令嬢も私のような者との結婚は本意ではないだろう。不便なく過ごせるよう執事に――、くっ……」
そこまで言いかけた時だった。
公爵が突然、苦しげに胸を押さえる。
「旦那様……!」
「だ、大丈夫ですかっ!」
執事が咄嗟に公爵様の体を支え、私も駆け寄る。
公爵様は酷い苦しみようで、額には脂汗が浮かんでいる。
「すぐにお薬をお持ちせよ!」
執事の言葉に、侍女が弾かれたように部屋を出て行った。
「いつも、このような発作が? お医者様は?」
尋ねると、執事は首を振る。
「医者からは治しようがないと……。発作の痛みを和らげるお薬は出していただいているので、そちらを飲まれています」
「薬は痛みを止めるためだけのものなのですね。でしたら、回復魔術をおかけしてもよろしいですか」
「ですが……」
執事が葛藤した様子で私を見つめる。
聖女の魔術であればという期待がありつつも、会ったばかりの私では信用ができないだろう。
だが、公爵様は呼吸さえつらいようで、顔色も真っ青だ。
「聖女の資格に誓って、公爵様の害になることはいたしません」
待っていられないと判断し、私は回復魔術を発動させた。




