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1話 平凡聖女は婚約破棄を告げられる

「ジゼル・ジェラン。平凡聖女のお前とは、今日この場で婚約を破棄する!」


 王宮の廊下に、婚約者のロバート様の声が響く。


(珍しく彼の方から会いに来てくれたのだと思ったのに……)


 周囲を通りがかった女官や警備の騎士が何事かとこちらを見ているのに気が付いて、私は慌てた。


(早く撤回してもらわないと……!)


 この婚約は、私達の感情だけで決められたものではない。


「ロバート様、どうしてですか……! この婚約は王女殿下の――」


 最後まで言うことはできなかった。

 私の言葉を遮るように、ロバート様が口を開く。


「私に捨てられたからと王女殿下のご威光にすがろうなどと、見苦しいものだな」

「ロバート様、ご用事は終わられました?」


 婚約者だったはずの彼にぶつけられた言葉に呆然としていたところで、桃色の髪の可憐な少女が廊下の奥からやってくる。


「ルイーズ様、どうして、こちらに……」

「ジゼルさん、ご安心なさって。ロバート様は私と婚約を結び直すことになりましたの」


 ルイーズは私の異母妹にあたる。

 だが、正妻から生まれたルイーズと、たまたま子爵が侍女に手を付けて生まれた私では立場が違うため姉と呼ばれることはほとんどなく、私も『様』付けをして呼ぶよう厳しく躾られてきた。

 私の母は、ジェラン子爵家で侍女をしていた男爵令嬢だった。

 伯爵家出身で気位の高いジェラン子爵夫人に嫌気がさしていた子爵が気まぐれで手を出したことで、私が宿ったらしい。


 直後に正妻の妊娠も判明し、母とそのお腹にいた私は持て余されることになった。


 母の残した日記を読むと、当時、母の実家の男爵家は未婚でありながら妊娠した母を受け入れず、母は勤め先である子爵家を辞すこともできなかったようだ。

 そうして妊娠中の無理がたたり、母は私を産み落とした後亡くなってしまった。


 私はそのまま子爵家で引き取られたが、子爵家によく現れるという特徴的な赤い瞳さえ持たず、罪の子として虐げられ、使用人以下の扱いを受けてきた。


 一方、当時、子爵家の正妻が妊娠していたルイーズの誕生は、子爵家の全員から祝われたそうだ。

 そのうえ赤い瞳を受け継いで生まれたために、両親や兄だけではなく、前当主夫妻や親戚一同から可愛がられていた。


 やってきた異母妹がロバート様に寄り添うと、私に自慢げな笑顔を向け、見せつけるように腕を組む。

 その髪に侯爵令息の瞳の色である紺色の宝石が着いた髪飾りが飾られていることと、異母妹の態度を当然として受け入れている彼の姿に、私はようやくこの婚約破棄が侯爵令息の気まぐれによる婚約破棄ではないのかもしれないと思った。


(いったい、いつから……)


 考えても、わからない。

 だって、王女の専属騎士として働く侯爵令息と王宮内で顔を合わせることはあっても、婚約者としての交流の機会はほとんどなく、彼のこともほとんど知らない。


 ただ、彼らの言葉を黙って受け入れるわけにもいかなかった。

 私が王女殿下のお側にお仕えしているのは、れっきとした王命あってのことだ。


 反論しようとする私に、ルイーズは不快げな眼差しを向ける。


「ジゼルさんは滅多に屋敷に帰っていらっしゃらないからご存知ないかもしれないけれど、私も先日『聖女』の認定を受けましたのよ」


 この国で聖属性の魔力を持つ者は、治癒魔術や浄化魔術を修め、一定の奉仕活動をすることで教会から『聖女』の認定を受けることができる。

 そして貴族出身の聖女は、領地持ちの貴族の婚姻相手として人気が高い。

 子供や家族の怪我、領地で事故や自然災害が起きた際の活躍を期待されるのだ。


 だが、異母妹は、聖女に興味はないと思っていた。

 同時期に受けた魔力検査でお互いに聖魔力を認められたものの、私だけが教会に通い、彼女は貴族令嬢として過ごすことを優先していたし、両親もそれを許していた。


「ルイーズ様が、聖女に……。それは、おめでとうございます」

「ええ、ありがとう。それで今回、私が聖女となったことで、ジゼルさんと立場を入れ替えることになりましたのよ」

「立場、というのは……?」

「相変わらず察しが悪くていらっしゃいますのね。ロバート様との婚約と、殿下の侍女の立場ですわ。ジェラン子爵家の赤い瞳を持たないジゼルさんが、王女殿下のお側にお仕えするだなんて、そもそもがおかしな話だったのだわ」

「そういうことなんだ、ジゼル」


 ルイーズの言葉に、ロバート様は悪びれず頷き、笑みさえ浮かべている。


「で、ですが……」


 それならば、どうして私にはお仕えしている王女殿下からお言葉をいただけなかったのだろう。

 十歳で聖女の資格を得た私は、七年前、病弱な殿下にお仕えするよう陛下から命じられた。

 長い間お仕えしていた王女殿下はご気性に難しいところがあり、時に私に無茶振りをなさることはあれど、そのご要望にお応えすることで、主人と侍女として信頼を築いてきたと思っていた。


 考えていると、不意に鈴を転がすような美しい声が響いた。


「何をしているの?」

「殿下……!」


 咄嗟に頭を下げたものの「楽にしていいわよ」という言葉に、おそるおそる顔を上げる。

 そこには、金髪に緑の瞳の麗しいエリザベス王女殿下のお姿があった。


 小柄ながら、しっとりした肌には傷ひとつなく、ぷるんとした桜色の唇と潤みを帯びたエメラルドの瞳には、誰もが目を奪われるだろう。

 殿下の健やかなご成長のため、そしてご健康になられた後は、その美しいご容姿を維持するために、私がどれだけ尽力していたか、殿下もご存知のはずだ。


(きっとこれは何か誤解があってのことよ……。殿下が庇ってくださるはず……!)


 しかしその希望はルイーズの一言で砕け散った。


「お騒がせして申し訳ありません、エリザベス殿下! 異母姉が婚約破棄を受け入れないと騒いでおりまして、納得させていたところです」


(え、どうして、ルイーズ様は殿下のお名前を呼んでいるの……? 私には、未だ許されないのに……)


 七年間、ずっと殿下をお側で支えてきたというのに、私には未だ殿下の名前を呼ぶ許可は与えられていない。

 それに殿下の方からも、私の名前を呼んでいただいたこともなかった。


 本来なら、侍女として仕えることすら許されない身分だからこそ、殿下の方でも線引きをしておられるのだと思っていたのに、そうではなかったのか。

 愕然とする私に、殿下は「今思い出した」という表情でこちらを見る。


「そういえば、言っていなかったわね。今後はルイーズに側にいてもらうことにしたの。あなたはもう来なくていいわ」

「私の何が、いけなかったのでしょうか……」


 その理由をどうしても知りたくて、不敬と言われることを覚悟して言う。

 殿下の不興はかわなかったようだが、返ってきたのは思いもよらない言葉だった。


「だって、あなたみたいな平凡な聖女、私の側には相応しくないじゃない」

「平凡、ですか……?」


 今まで殿下の要望に応え続けてきたはずなのに、どういう意味だろうと首を傾ける私に、殿下が言う。


「そういうところよ。私の側にいるつもりなら、もっと身なりに気を遣ってほしいと言っていたでしょう。ただでさえ平凡な茶色の髪で、目の色も淡い水色。目立たない容姿なんだから、もう少し他をなんとかしなさいと言ってもあなたは変わらないじゃない。同じ聖女なら、可愛らしいルイーズの方を側に置きたいわ」


 まさか長年仕えていた殿下からそんなことを言われるなんて思わず目を見開く。

 栗色の髪は平民にも多い色だが、私にとってはお母様から譲り受けた大切な髪色だ。

 それに、私が身だしなみにお金をかけられなかったのは、お給料の大半が子爵家に送られ、私にはわずかな金額しか手元に残らなかったからだ。

 そのお金も、日常の物を揃えるために必要だからと父に納得してもらうのに、大変な交渉が必要だった。


「ね、ジゼルさん。私の言った通りでしたでしょう? 今後は私が殿下に誠心誠意お仕えしますから、ジゼルさんはどうぞご安心なさってね?」

「ルイーズ、これから期待しているわ。お父様にも、側に置く聖女を変えたいと言ったら、了承してもらえたわ。だからお父様に言っても無駄だから」


 異母妹に笑顔を向け、私を邪魔者のように見る殿下のお姿に、胸が痛む。

 もし、王命で殿下の侍女とならなかったら、私は今頃教会に所属を移し、子爵家との縁を切っていただろう。

 それでも、引き立てていただいたご恩があるからと、私なりに誠心誠意お仕えしていたつもりだった。


(待って。侍女の任を解かれる……ということは、私、またあの子爵家に戻されるの?)


 絶望に、足が震える。

 あの空腹と寒さ、絶望の日々にはもう戻りたくない。

 せめて王女殿下の不興をかったと子爵家からは絶縁してもらえないだろうかと考えていると、殿下が言う。


「とはいえ、あなたは長年私に仕えてくれたのだもの。婚約者も交代になって、行く宛がないまま追い出すのも後味が悪いでしょう? だから、私が餞別代わりに縁談を用意してあげたわ」


 私のことが嫌いな異母妹が笑みを浮かべて聞いているということは、あまりいい話ではないかもしれない。

 それでも、王女殿下のことを信じようとお言葉を待つ。


「縁談先はクロフト公爵よ。彼のことは知っているかしら」


 私が答える前に、異母妹が口を開く。


「まぁ! 骸骨公爵と社交界で有名な方ですわね」

「もう、ルイーズったら、はしたないわ。たとえ骸骨みたいな見た目でも、一応王家の血筋ではあるんだから、失礼よ」

「申し訳ございません」


 ルイーズは謝ってみせ、殿下は鷹揚に頷く。

 クロフト公爵は、以前爵位継承で王宮に現れた際に、病的に痩せガリガリだったそうだ。


 独身令嬢達は彼の血筋の良さと公爵という身分に憧れ、彼の社交界入りを待ち望んでいたらしいが、その見た目の衝撃から、婚約を結びたいと思う者は誰もいなかったらしい。

 その時のことから、滅多に社交界に姿を現さないにも関わらず、骸骨公爵と呼ばれている。


「ほら、公爵は先王陛下の妹君が降嫁されたお血筋でしょう? もう二十三歳になられるのに、婚約者の一人もいなくて、お父様が心配されているの。ルイーズも、今更、異母姉に子爵家に戻られても困るって言うし、だから丁度良いと思ったの」


「とてもいい考えだと思わない?」と笑顔を見せる殿下に、異母妹がわざとらしく頷く。


「異母姉には申し分のないご縁だと思いますわ。ジゼルさんは殿下のお心遣いに感謝なさるべきですわね」


 ルイーズはその赤い瞳を笑みの形に歪める。


「ジゼルさん、よかったですわね。もう会うこともないと思いますが、殿下のこともロバート様のことも私が引き継ぎますから、どうぞ安心して嫁がれてくださいませ」


 そうして私は急ぎ荷物をまとめるように言われ、少ない荷物をまとめ終えると、王女殿下が手配したという馬車でクロフト公爵領まで送られた。

新連載です!本作もどうぞよろしくお願いいたします。

本日あと2回、更新予定です。

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