24話 王女エリザベス、見合いする(王女視点+異母妹視点)
「まぁ! 私にお見合いのお話しが? お父様、どなたからですの?」
「隣国の第二王子からだ。以前申し出があった時、エリーは断っておったが、何度も申し入れてくる根性はなかなかだし、わしとしてはいい話だと思ってな」
エリザベスは父の言葉に頷いた。
「そうですわね。お父様がそう言われるのであれば、お会いしてみようかしら」
「では、話を進めておこう。呼び出してすまなかったな」
嬉しげに笑みを浮かべるこの国の王でもある父に言われ、内心苦々しく思いながらも笑みを浮かべたまま、エリザベスは退室した。
(どうして、まともな縁談が来ないのよ)
隣国の第二王子は、平凡王子という噂だ。
王子という地位はエリザベスに相応しいが、第二王子。
次期国王ではない。
見た目が平凡だというのなら、せめて王妃や王太子妃といった身分を用意できなければ話にならないと思っていた。
――結婚するなら、自分の美貌に釣り合うだけの美貌や財力、地位をもっている男がいい。
ずっとそう思って、婚約者を決めずにいた。
お見合い相手をえり好みするのはもちろん、お見合いをしても相手に少しでも気に入らないところがあるとその場で帰ったり、社交界に悪評を流したりとやりたい放題やってきた。
それが許されるだけの美貌と地位がエリザベスにはあったからだ。
けれど、最近どうにも雲行きが怪しい。
見合いを申し込んでくる人が、明らかに減ってしまったのだ。
というか、もう、国内の貴族から持ち込まれる話はなくなってしまった。
以前は向けられていた畏敬の視線もなくなり、見合いの話が持ち上がることはなくても、内心自分に相応しいと思っていた貴族家の令息が、気が付けば別の令嬢と婚約を決めていた。
今、届いている釣書は、他国で父以上に高齢な国王や、一夫多妻の国の第八夫人といった、エリザベスには考慮する余地すらなかった人達からのものばかりだ。
いくら平凡だからと言っても、隣国の第二王子よりも良い話はもう来ないだろう。
きっと父もそう思ったからこそ、エリザベスにこの見合いを受けるようにと促したのだとわかっている。
(それもこれも、全てはあの聖女もどきが無能だからだわ)
エリザベスの美貌に陰りが見えたのは、平凡聖女を追い出し、代わりができると豪語した無能なルイーズ――聖女もどきを迎え入れてからだ。
平凡聖女がこなしていたことさえできず、何度父に聖女の入れ替えを希望したことか。
しかし、幼少期は体が弱かったとはいえ、エリザベスは健康な体となっている。
そんなエリザベスのために、父王が新しい聖女を呼び寄せてくれることはなかった。
聖女もどきですら、教会に認められた資格を持っているのだ。
本人が希望するならともかく、本人に向上心が見られないからと言って聖女の交代を求めれば、教会との関係の悪化を招く。
流石にこれ以上、王族が聖女を蔑ろに扱っているような態度を見せれば、聖女を擁する教会との関係が危うくなると思ったようだ。
だからといって、平凡聖女を呼び戻すことも許されなかった。
エリザベスが、自分を支えてくれていた聖女を長年体調を悪くしているクロフト公爵の婚約者と定め領地に遣わしたことは美談として社交界に広まっているらしい。
それをまたエリザベスの希望で呼び戻せば、かろうじて保った体面すら保てなくなる。
(でも、あの聖女もどきにいくら言っても、平凡聖女と同じ事が一つもできないのよ。教会に賄賂でも渡したんじゃないかしら)
もしこれで見合いが失敗するようなことがあれば、聖女もどきには馘首だと言っている。
少しでも本気にさせようと思ったのだが、泣いて謝るだけで全く役に立たない。
平凡聖女を呼び戻すと言っていたが、どうやらそれもうまくいっていないようだ。
(期待した私がバカみたいじゃない)
聖女もどきは頼れないからと、エリザベスはゆるんだ体型を少しでもカバーするため新しいドレスを作らせ、聖女もどき以外の侍女総出でエステをさせて、なんとか体裁を取り繕って見合いに臨んだ。
一応、最盛期の美貌は失われたとはいえ、エリザベスには勝算があった。
(何度も縁談を申し込んでくるなんて、きっと私のことをどこかで見初めてくれたに違いないわ)
であれば、多少体型が崩れ、美しさが損なわれていようと、お見合いが失敗するわけがない。
そうしている間に、あっという間に約束の日になった。
隣国の第二王子を迎え入れた侍女達の話では、聞いていた以上に美形のようだ。
エリザベスは、はやる気持ちを抑えて見合いに臨んだ。
(まぁ! これはなかなか見られる顔をしているじゃない。これならもっと早くに会っておけばよかったわね!)
挨拶をしながら、そんな評価をくだす。
エスコートもスマートで、話題選びもエリザベスを飽きさせない。
それに、第二王子はしばらくは王族を抜ける予定はないらしく、嫁いだ後は王子妃として迎えられるようだ。
(この王子なら、妥協できそうね)
このお茶会が終われば父に縁談を進めるよう伝えよう。
そうして、和やかなままにお茶会は終わった。
後日。
隣国から届けられた第二王子からのお礼状に、エリザベスは金切り声を上げた。
「なんですって! 『幻は現実に存在しないって』どういう意味よ!」
縁談は申し込んできたあちらからお断りされてしまったらしい。
手紙には『先日はお会いいただき誠に感謝申し上げます。幻の王女殿下とお会いできると楽しみにしていましたが、幻は現実には存在しないからこそ幻と言うのでしょうね。殿下にお会いいただけたおかげで、思い残すこともなくなりました。これから自分は国の為に生きようと思います。最後に一つだけ。失礼を承知で書かせていただきますと、あまりに噂を盛るのはほどほどになさった方が御身のためだと思いますよ』などと書かれている。
どうやらもともと政策上の都合で国内の令嬢を迎え入れるべきと言われていたらしい。
それでも、他国にさえ美しいと評判のエリザベスとの結婚を諦めきれないと、見合いだけでもということだったそうだ。
結果的に、王子はエリザベスと顔を合わせたことで、心の整理がついたらしい。
「お前のせいよ!」
聖女もどきのせいで失敗した。
もう許せない。
お前が平凡聖女の代わりができるなんて言わなければ――。
エリザベスは、この女を地下牢に入れることを決めた。
◇
ルイーズは、王女の命令で護衛騎士に地下牢に連れていかれながら、心の中で悪態を吐いていた。
(どうして私が牢に入れられなくてはいけないのよ!)
確かにルイーズは、ジゼルの代わりができると言った。
だって、同じ聖女なのだ。
実習課題などは、家の力で少しだけ助けてもらったが、それでも、聖女は聖女である。
ジゼルでなければ使えない魔術があるなんて、知らない。
(なんで、私がこんな……)
きっと両親がすぐに助けてくれる。
そう思うけれど、階段を下りるにつれて漂ってくるかび臭さに、恐怖を感じていた。
「お前は、ここに入れ」
連れてこられたのは、貴族牢ではなく平民用の牢屋のようだ。
王女が腹立ち紛れに指示したのだろう。
むき出しの地面に鉄格子が嵌められ、とてもではないがこれまで貴族令嬢として育ってきたルイーズには耐えられそうにない。
ためらっていると、背後にいる騎士にこずかれ、牢の中に倒れ込んだ。
「もう! なにをするの!」
「その声……! ルイーズ?」
暗い牢の中、奥の壁の方から聞こえた聞き馴染みのある声に、ルイーズは思わず声を上げる。
「なっ! ロバート様! どうしてここに……?」
「それが、骸骨公爵に見つかって、不法侵入の上、王命で定められた婚約者を連れ去ろうとしたって訴えられて、捕まったんだ」
「そんな……ロバート様が成功していたら、私がこんなところに連れてこられることもなかったのに」
「僕だって、失敗したくてしたわけじゃないよ! それにさ、ルイーズだってジゼルと同じ事ができるって言ってたじゃないか。それについてはどうなんだよ。僕に嘘をついたのか! ルイーズがちゃんとできていれば、王女殿下のご不興を買うこともなかったんだよ!」
「知らないわよ、そんなこと――!」
言い争っていると、看守から「うるさい」と怒鳴られる。
声を抑えて話をしようとしたが、すぐに「次に隣と話をすれば、食事抜き」と言われ、ロバートと話をすることもできなかった。
地下牢は、食事は一日に一回。
具のないスープと、カビたパンだけの食事で、夜はよくわからない動物の鳴き声や、虫の声が聞こえ、ルイーズは眠ることができなかった。
(お父様、お母様……、なんで助けてくれないの……)
ベッドの上で膝を抱え、それしか考えられなくなるまでに時間はかからなかった。
地下牢に入れられた翌日の昼。
看守が、ロバートの扉の前まで来た。
「おい、出ろ。コートネイ侯爵家が保釈金を払ってくれるそうだ」
「なっ! 私は!?」
「お前については、何も言われてねえよ」
そう言って、看守はロバートを連れて行ってしまった。
それでも何か分からないかと耳を澄ますと、扉の向こうから、話し声が漏れ聞こえる。
どうやら、看守がきちんと扉を閉めていかなかったらしい。
ロバートとコートネイ侯爵家の者が話をしているようだ。
(あら、ロバート様ったら、もう侯爵令息でいられなくなるのね)
王女殿下のお側を守るという大切な仕事を休み、わざわざクロフト公爵領まで行き問題を起こした息子を、侯爵家は切り捨てることにしたらしい。
クロフト公爵家からの抗議もあったようだ。
一生、領地で平民のような生活が用意されていると聞き、ルイーズはざまぁみろとあざ笑う。
(私を見捨てた罰だわ)
そんな風にさえ思った。
翌日、牢を出るのはルイーズの番だった。
「誰が迎えに来てくれたの!?」
両親は流石に来られないだろうから、侍女だろうか。
薄汚れたドレスを早く脱いで、清潔な服を着たい。
着替えを持って来ているだろうかと考えていると、看守が言う。
「あんた、相当おめでたい頭をしているんだな」
「は? なによ」
「あんたの家は、お前を除籍するとさ。流石に王女殿下の不興を買った令嬢なんて、子爵家でも庇いきれないだろ。聞けば、あんた、殿下に刃物を向けたって?」
「なっ――! そんなことしていないわよ!?」
「だが、実際、殿下もそう訴えておられるし、侍女達も見たって言っていたそうだが」
流石にそんなことはしていない。
けれど、王女が自分の立場を守るために、嘘を言ったのだとはわかった。
(なんでよ……。どうしてこんなことに……)
絶望しながらもルイーズは尋ねる。
「……誰が、迎えに来ているの?」
「教会の修道士様だよ。あんたそれでも聖女なんだって? 教会の資格を持つ聖女が王女殿下に迷惑をかけたんだ。今後は迷惑をかけないよう、教会の方が管理するってよ。よかったな。外に出られて。ま、外と言っても、最北の修道院らしいが、それでも外に出られる分、こんなとこよりましだろ」
看守の言う通り、扉の外には、教会関係者が待っていた。
そうして、逃げ出せば死ぬしかない過酷な環境にある修道院で、ルイーズは一生、罪を償うために奉仕活動をさせられるらしい。
(何がいけなかったのよ……)
ルイーズの言葉を聞く者は、誰もいなかった。
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