23話 平凡聖女、自覚する
その後、医師の診察を受け、手当をしてもらった。
念のため今日はあまり動き回らないようにと言われ医師が出て行くと、少ししてキース様がやってくる。
「具合はどうだ?」
「手当てをしてもらったので、大丈夫です」
「すぐに駆けつけられなくて、申し訳なかったな」
「いいえ。キース様に助けに来ていただいて嬉しかったです……。お仕事に行かれていたのではなかったのですか?」
「思ったよりも機材の設置が早く済んだから、こちらへ帰って来ている途中だったんだ。そこで屋敷から使いの者と会って、馬を飛ばした」
なるほどと頷いていると、キース様が言う。
「今日はもうこちらでゆっくりしているといい。私がいたらゆっくり休めないだろうから、また様子を見にくる」
「あっ……」
思わずキース様の服を掴んでしまい、キース様より私の方が驚いてしまう。
「すみません……」
「ジゼルを気遣ったつもりが、そうではなかったようだな。今日はジゼルがいいと言うまで、こちらにいよう」
「お仕事はいいのですか?」
「一番大事な蒸留器の設置は無事に終わっているから問題はない。そういえば、昼は食べたのか? 食べられそうなら、何か食べたほうがいい」
「キース様は?」
「私はまだだ。できたら、ジゼルと食べたいと思っていたから」
「でしたら、一緒にいただきたいです」
キース様がお茶と軽食の準備を頼むと、そう待つことなく三段になったティースタンドに二人分の軽食やスコーン、プチケーキが乗ったものが運ばれてくる。
「わぁ! 美味しそうですね!」
「食欲が出たなら何よりだ」
わざわざこの形式にしてくれたのは、私に元気が出るようにと気遣ってくれたらしい。
遠慮なくいただき、食後のお茶を飲むとほっと一息吐く。
お腹が満腹になったことで、ようやくもう大丈夫なのだと思えてくる。
「……キース様は、何も聞かれないのですか?」
ふと気になって尋ねると、キース様は静かに首を振る。
「気にならないと言われれば嘘になる。だが、怖い思いをしたばかりのジゼルに話しをさせるのは酷だろう」
キース様の優しさに胸がじんとする。
「私が話をしたいと言ったら、聞いてくださいますか?」
「もちろんだ。ジゼルがよければ、聞かせてほしい」
「うまく、まとめられないかもしれませんが……。最初から聞いていただけますか」
キース様が頷いてくれたのを見て、私は口を開く。
「今日来ていたのは、私の元婚約者のコートネイ侯爵家のご子息です」
「元婚約者――」
「婚約は、もともと王女殿下のお側で仕えるためにと王命で組まれたものでした。体裁を整えるためにと結ばれたものでしたので、今まで子息とは婚約者らしいことをしたこともありません」
「だが、あの者も確か王宮に仕えていただろう。一緒に食事を取ったり、出かけたりはしたことがなかったのか?」
私は頷く。
「そうしたことは一切ありませんでした。季節の贈り物や、誕生日なども、お祝いしたり、されたりもなく、本当に名目上だけのものだったと私は思っています」
私のお給料のほとんどは子爵家に送られていた。
最初だけなんとか贈り物を用意したものの、侯爵令息の目には適わなかったのだろう。
精一杯頑張って用意した包みを見て「そんなみすばらしいもの、いらないかな。もっと相応しいものは用意できなかったの?」と言われ、以来、用意することはなくなった。
また、侯爵令息の方からも何かもらったことはない。
ルイーズは彼の誕生日のパーティに呼ばれていたようだ。
「ジゼルさんは王女殿下のお側を離れられないから、行ってきてあげたのよ」
そう自慢げに、いかに侯爵家のパーティが素晴らしく、また侯爵令息が優しくしてくれたか書かれた手紙が来たことがある。
私には関係ない世界だと、気にしたことはなかった。
そのことを話すと、キース様は自分のことのように憤ってくれる。
「……許せないな」
「怒ってよかったのでしょうか」
「当然だ。婚約者というのなら、少し相手の状況を慮ればいいものを。私が言えることではないかもしれないが、あまりに酷い」
涙をこらえることで精一杯で、何も言えない。
「ジゼルのことだ。自分に必要なものさえ切り詰めて、プレゼントを準備したのではないか? そもそも、少しジゼルと話せば、ジゼルの性格はわかるはずだ。令息が少しでも疑問に思い調べたなら、ジゼルが置かれている状況に気が付いただろうに。いや、そうなると私はジゼルと出会うこともなくなるのか……。だが、聞けば聞くほどに、本当に酷い婚約者だったのだな」
かつての私のためにキース様が寄り添ってくれているのだと思うと、もう涙をこらえきれなかった。
「ジゼル!? すまない、何か気に障ることを言っただろうか」
焦った様子のキース様に首を振る。
(私のために、ここまで心を砕いてくれる人はいなかったのに……)
王族の血を引き、公爵位も継いでいるキース様は、聖女の身分しかない私ではなくもっと相応しい人がいるのかもしれない。
求婚に頷いたものの、もしかしたら必要に応じてまた婚約がなくなることもあるのかもしれないと少しだけ疑っていた。
でもこんな風に優しくされてしまえば、もう戻れないくらいに好きになってしまう。
「どうしたら、涙が止まるだろうか」
泣いている私の側に来ると膝をつき、キース様がハンカチを差しだしていた。
首を振ると、困ったような顔をしながらも、直接ハンカチで涙を押さえてくれた。
「ちが……そういう、わけじゃ……。お願いだから、優しく、しないでください……」
「それはできない。私はジゼルを一人で泣かせたくないし、できたら慈しみたいと思う」
「そう、おっしゃるのなら……、絶対に、私のことを捨てないでください」
思わず、口から零れてしまった。
私のそんな重い言葉に、キース様は驚いたように目を見開く。
「ジゼルの方が私を嫌になってしまうかもしれない」
「絶対にそんなことありません」
「――……可愛いことを言って。なら、抱き締めても、いいだろうか」
驚いて顔を上げると、苦笑しているキース様と目が合う。
「ほら、嫌――」
私は、何かを言いかけるキース様の胸に飛び込んだ。
驚きながらも抱き締め返してくれるキース様にほっとする。
「……こんな私に幻滅されたのではありませんか?」
「まさか。むしろ、ジゼルのことをもう離してあげられなくなりそうだ」
「絶対に、離さないでください」
今までの人生で、こんなにも誰かに必要とされたことはない。
泣いているからと涙をぬぐってくれた人さえも、いなかった。
(私こそ……。キース様を離したくない。離せない……)
キース様はそんな私を、涙が落ち着くまで抱き締めてくれていた。
涙が止まった後、私はなぜかキース様の膝の上に乗せられた。
怪我が痛くないかとは確認されたが、痛くないと答えて降りようとしたら「このままで」と言われてしまう。
「私がジゼルをこうして抱き締められるのも、ジゼルが健康にしてくれたからだ」
「……恩人だから、好きになったんですか?」
「切っ掛けの一つだが、それだけではない。最初は、私を救ってくれたジゼルを天使のようだと思った。そうして、毎日私のために一生懸命頑張ってくれている姿を見て、私もジゼルを幸せにしたいと思ったんだ」
キース様は真っ赤になる私を見て、困ったように微笑む。
「ジゼルが私と同じ熱量を持っていないことは、気が付いていた。だからあまり重い気持ちを伝えてもと思って控えめにしていたんだが、遠慮は必要なかったのだな」
「私、キース様は社交界に出られたらきっととても沢山の令嬢から想いを寄せられるのだろうと思っていました。……今も、思っています。きっとその中に、私以上に好きになる方がいらっしゃるかもと――」
そっと唇に人差し指を当てられ、口をつぐむ。
「そんな人は一生現れない。たとえいたとしても、その人は私の外見だけを見て寄ってきているだけだ。骸骨とまで言われた私に寄り添い、救ってくれたのはジゼルしかいなかった」
「他にも、いるかもしれませんよ……?」
「だが、私の心にはジゼルしかいない。私が誕生日を祝いたいのはジゼルだけだし、ジゼルに私の誕生日を祝ってほしい。デートもしたいし、好きな食べ物や色、何をするのが好きなのかも知りたい。ジゼルは?」
「私は、婚約を命じられたのがキース様で、よかったと思います。それに、キース様のことをもっと知りたいです。お誕生日のお祝いをしたいし、色んな場所に出かけて、思い出を作りたいです」
「そう言ってくれると、安心するな」
「安心ですか?」
「実はここに来る前、モーリスからあの男がジゼルの元婚約者だったと聞いて、少し怖かったんだ。私はジゼルがいなければ、今もきっと発作に苦しんでいただろう。そんな欠陥を抱えた者より、健康で、同じ年頃の者の方が魅力的に映るんじゃないかと。しかも、元婚約者だ。昔、ジゼルが好きだった相手かもしれない……」
「絶対に、そんなことはありません」
勢いよく首を振る私に、キース様は微笑む。
現在、彼は二十三歳と聞いている。
私は十七歳で、年齢差が六歳あるが、それくらいは社交界でもよくある年の差だ。
むしろずっと平凡聖女と言われていた自分の方が、美貌のキース様に釣り合わないのではないかと思う。
そこまで考え、そういえばロバート様が来た理由を、説明していなかったと気が付いた。
「元婚約者が来たのも、異母妹のためです。どうやら王女殿下は私が使う美容魔術を必要としておられるようでした。私個人に何か特別な思いがあってというわけではありません」
「そうは見えなかったが……」
「こちらに来ることになったとき、婚約者の入れ替えにも特に抵抗されておられませんでしたし、きっとルイーズの方がお好みなのだと思います」
「ジゼルは、あの令息に本当に未練がないんだな?」
「ありません!」
ほっとしたように微笑むキース様に、私も微笑む。
「ところで、キース様のお誕生日はいつなのですか?」
「私は冬だ。ジゼルは?」
「秋の初めです」
「もうすぐではないか。なら、盛大に祝わなければな。希望はあるか?」
「……キース様や、この公爵家の皆様に祝っていただきたいです」
「なら、そのように計画しよう」
「楽しみにしています」
キース様の言葉に心が温かくなる。
(自分の誕生日を楽しみにするのなんて、初めてかも)
キース様のお誕生日はどうやって祝おうか。
そんなことをキース様の膝の上で考えるのだった。
夕方は王女+やらかした異母妹視点のお話です。




