22話 平凡聖女、元婚約者と対峙する
キース様からプロポーズされた翌日。
日中はミラさんをはじめとした親しい侍女達にお祝いの言葉をもらった。
面映ゆいながらも、嬉しさでふわふわしてしまう。
時々、これは夢かもしれないと思うことはあったけれど、手元にある指輪がこれは現実だと教えてくれていた。
何度も指輪を眺める私に、ミラさん達から微笑ましそうな笑顔を向けられてしまうが、どうしてもやめられない。
そしてその夜。
キース様に誘われた晩餐の席で、私は思わぬ事態に遭遇していた。
「今日はいつもよりすごく豪華なご馳走だと思うのですが、どうなさったのですか?」
尋ねると、執事のモーリスさんが言う。
「旦那様とジゼル様のご婚約を祝しまして、使用人一同からお祝いの気持ちです」
「モーリス、皆、感謝する。私が今こうしていられるのは、モーリスをはじめとした皆とジゼルのおかげだ」
「あの坊ちゃまが……。本当にジゼル様にいらしていただいてよかった……」
キース様の言葉に、モーリスさんは涙をにじませている。
「私からも感謝の気持ちを伝えさせてください。皆様のご期待に添えるよう、これからも精一杯、頑張ります」
「なんと、ジゼル様まで……」
本格的に涙をこらえきれなくなったモーリスさんは、ハンカチで顔を覆っている。
だが、キース様は首を振る。
「ジゼルは少々頑張りすぎるところがある。だから、無理をせず、そのままでいてくれたらいい」
「そのようなわけには参りません。私もキース様に相応しくありたいので」
「その気持ちは嬉しいが、私達は夫婦になるのだ。困った時は支え合っていこう。決してジゼルだけで頑張る必要はない」
頷いた私を、キース様は優しげな瞳で見つめている。
「さぁ、折角準備してくれたご馳走をいただこう」
食後には特別だからとケーキまで準備されていて、これまで経験したことがない程に幸せな夜だった。
無事、本当の婚約者となった私達だが、キース様はお忙しくなられてしまった。
侍女達に協力してもらった化粧水のテスト期間が終わり、売り出すことになったのだが、それが想像以上に売れているのだ。
テスターに協力してくれた侍女達はもちろん、彼女達から他の貴族にも新しい化粧水の話が広まっているようで、引き合いがすごいことになっているようだ。
キース様は急遽、蒸留器を追加で購入して対応をされているようだけれど、注文してすぐに機材が届けられるわけでもないため、現場では人手を増やし、昼と夜で交代しながら作っているそうだ。
私も何か手伝うことはないかと尋ねたけれど、キース様には断られた。
今回は化粧水の材料と道具が足りないのが一番の問題で、人手をこれ以上増やしても問題は解決しないのだそうだ。
少し残念ではあるが、何かあったら手伝い頼むとは言われたため、必要な時に助けられるよう、私も気を配っておきたいと思う。
そんな日々を過ごすうちに、追加の蒸留器が届いたと連絡があった。
「今日は工場の方に蒸留器の搬入があるため、私も立ち会ってくる。ジゼルは留守番をしていてほしい」
「わかりました。どうぞお気を付けて」
私は私で、最近は侍女達の要望を聞いて、新しい化粧水のブレンドを試していた。
私だけの蒸留器もキース様が買ってくれて、自分の分の調合を行っていたところ、侍女達に見つかったのだ。
キース様とも話した上で、有料で相談に乗ることにしたのだが、それでも結構な希望があった。
相手から直接話を聞きながら作ると、それぞれ肌の悩みにあったハーブを使えるため、相談が途切れることはない。
ノートをいただいて、それぞれどんな分量で作ったかも残しているので、使い切ったらまた同じ物を作るか分量を変えて作るか、相談しながら作ることにした。
そうして、蒸留器を置いてある離れに向かった。
ノートを見つつ、希望に合わせたハーブをブレンドし、蒸留器にかけていく。
キリがいいタイミングで休みを取ろうと時計を見ると、気が付けば昼の時間を過ぎていた。
一度休憩に部屋に帰ろうと移動していると、本館の玄関の方が騒がしい。
「何があったのでしょうか。様子を見て参ります」
ミラさんがさっと動いてくれる。
しかし、しばらく待っても帰ってこない。
「――ルが……だろう。……大変な……るぞ」
漏れ聞こえてくる声は、どこかで聞いたことがあるようだ。
(……誰かしら。私を出すように言っているの……?)
執事のモーリスさんが対応してくれているようだが、争う声は激しくなるばかりだ。
私は、覚悟を決めて近くに向かう。
「どうなさったのですか?」
「ジゼル! やっぱりお前達、隠していたんだな!」
モーリスさんやミラさん達をにらみつける元婚約者のロバートの前に、私は歩み出る。
「元婚約者のロバート様――あらためて、コートネイ侯爵令息、ご無沙汰しております」
「久しぶりだね! ジゼル、僕は君を迎えに来たんだ。こんなところに遣わされて、大変だっただろう。けど、どうしてそんなに堅苦しい呼び方をするんだい? いつも通りにロバートと呼んでよ。もしかして、すぐに迎えに来なかったから、すねているの?」
「何をおっしゃっているのですか?」
「骸骨公爵のところに連れてこられて、かわいそうに。実はね、大変なことが起きたんだ。さぁ、一緒に戻ろう」
「お断りします」
「ああ、事情を知らないから、そんなことを言うんだね」
手を伸ばしてくるロバート様からさっと身を引くと、ロバート様は眉をひそめながらも話し始める。
どうやら、私がこちらに来た後、ルイーズが聖女としてお仕えしていたものの、あまりうまくはいっていないようだ。
王女殿下は今までの美貌が見る影も損なわれ、肌は荒れ、体型も崩れているらしい。
(殿下は甘いものがお好きだったし、美しさを保つために我慢したり、運動をしたりなさるのはお嫌いだったから……)
なのに、肌を美しく保てとか、引き締まった体型を維持しろだとか無茶なことを言われていた。
栄養を補給し、満腹感を維持するための美容ゼリーや、回復魔術を改良して対応してきた。
(一応、資料は残してあったはずだけど……)
私のことが嫌いだからと、ルイーズは読んでいないのかもしれない。
「ルイーズが手紙を書いたらしいんだけど、知らないかな?」
「申し訳ありません。存じ上げません」
「そっか……。けど、ジゼルが来るなら問題ないさ。王女殿下のことも心配ない。ジゼルが謝ればきっと許してくれるから。さ、王都に帰ろう」
そう言って手を差しだす侯爵令息に、首を振る。
(どうして私が悪いことになっているの……?)
それもだが、まるで劣悪な環境から救い出そうとする侯爵令息の振る舞いに嫌悪感が湧く。
(婚約していた時から、私の話を聞かない人だったけど……)
だからこそルイーズに乗り換え、婚約破棄をした私にこんな自分に都合のいい申し出ができるのだろう。
「私は、王女殿下の命で公爵様と婚約しております。先程も申しましたが、王都には行きません」
「なっ、僕に逆らうのか?」
一瞬怒りを見せたものの、すぐに侯爵令息はいびつな笑みを浮かべる。
「そんな風に僕の気を引かなくても大丈夫。ジゼルとの婚約はなくなってしまったけど、君のことは妾として可愛がってあげてもいい。君もこっちで随分可愛がられているようだしね」
舐めるような視線で見つめられ、思わず一歩後ずさる。
そんな私に、侯爵令息は笑う。
「既に貴族でさえない君が、僕に逆らえばどうなるかわかるかな? 骸骨公爵も今は可愛がってくれるかもしれないけど、飽きられたらどうせ捨てられるんだ。僕と来た方が君のためだよ」
「公爵様はそんなことなさいません!」
「うるさい! 骸骨公爵に気に入られたからって調子に乗っているの? さぁ、僕と来るんだ!」
侯爵令息は私の手首を掴むと、外に向かって歩き出す。
抵抗するが、引きずられ、馬車の方に向かっているのに気が付いて、全力で抵抗する。
「やめてください!」
「殴られないとわからないのか!」
「ジゼル様っ――!」
「お前達、次期侯爵たる私に逆らえばどうなるかわかっているのか!」
体に痛みを感じるけれど、それどころではない。
馬車に乗せられてしまえば、王都に連れて行かれてしまうと必死に暴れる。
モーリスさん達も助けてくれようとするけれど、侯爵令息が次期侯爵の地位を振りかざしているため、うまく動けないようだ
「キース様! ……助けて!」
そう叫んだ時だった。
「ジゼルに何をしている……!」
「なんだお前はっ! うぐっ!」
鈍い音が響き、掴まれていた部分が解放される。
逃げようとしたものの、私は腰が抜けてしまい、その場に膝から崩れ落ちる。
内心恐怖を感じたものの、再び腕を掴まれることはなかった。
「私がコートネイ侯爵家のロバートと知っての狼藉か! ひぶっ!」
何かを殴打したような音が聞こえ、顔を上げるとそこに見えたのはキース様の背中だった。
「我がクロフト公爵家の敷地に無断で立ち入り、婚約者を連れ去ろうとするお前こそ何様のつもりだ」
「なっ――!? お前が、骸骨公爵……!? いたっ、な! お前達何を――!」
キース様により、侯爵令息の腕は捻り上げられている。
駆け寄ってきた騎士に侯爵令息は拘束されていく。
侯爵令息は抵抗さえ忘れ、キース様の変貌ぶりに驚いているようだ。
「我が婚約者にこのような無体を働いたこと、許されると思わないことだな」
「後悔するのは公爵の方だぞ! 私は王女殿下のためにこちらに――! 殿下の不興を買ってただでいられると思うなよ!」
「お前の方こそ、忘れているようだが、私達の婚約は王女殿下のご意向に沿って、陛下にも認められている。王女殿下が整えた婚約を壊そうと企み、我が婚約者に危害を与えたこの罪人を、ただちに牢に連れて行け」
侯爵令息が連れて行かれ、キース様が私の元に来て膝を付く。
「ジゼル、遅くなってすまない……」
「……来てくださって嬉しかったです」
「話はあとで聞かせてほしい。早く医師を呼び、まずは治療をしてもらおう」
頷くと、キース様に抱きかかえられる。
「自分で歩けますっ――」
慌てる私に、キース様は首を振る。
「先程も、立てなかっただろう。何かあってはいけない」
部屋に運ばれ、すぐに医師が呼ばれた。




