21話 異母妹ルイーズ視点
ルイーズが、大嫌いな異母姉から婚約者も王女殿下付きの侍女という立場を奪って、気持ちよく過ごせていたのは最初の一月にも満たない間だけだった。
現在、王女は異母姉を追放した時の美貌は損なわれ、見る影もなくなっている。
以前までの神秘的なまでの美しさが嘘のように殿下は太っており、顔は丸く、体型は崩れ、肌が荒れていた。
王女の怒りを恐れ、そのことを指摘する侍女は誰もいなかったが、ついにお茶会でどこかの令嬢に指摘され、現実に気がついてしまったようだ。
すぐに太った体を元通りに戻すように、肌にできたニキビを消し、肌を誰よりも美しくしろと王女から命じられたが、そんな奇跡のようなこと人間にできるわけがない。
それに他人の怠惰と贅沢の結果を、どうしてルイーズがなかったことにしなければならないのだろう。
(なのに『平凡聖女にできていたのに、なんでお前はできないの』『平凡聖女以下の無能め』なんて罵られて、本当イヤになるわ)
どうやら王女は、侍女をジゼルに戻そうとさえしていたようだが、ジゼルを骸骨公爵の婚約者としたことで、うまくいかなかったらしい。
国王からは「さすがに貴族の婚約者となった令嬢を簡単には呼び戻せない」と言われているようだ。
今日なんて、ジゼルが残した研究資料を読んで聖女の魔術を勉強しなおしたらなんて本を投げつけられてしまった。
(こんなことになるのなら、ジゼルを追い出したのは失敗だったかしら)
異母姉を侍女として王女に仕えさせたまま、婚約者だけを交代した方がよかったかもしれない。
ジゼルの残した物など目に入れたくもない。
(とはいえ、何もしなければ、殿下から馘首にされてしまうかもしれないし……)
一応持って帰ってきたジゼルの資料を手に取る。
『ニキビを治すときは回復魔術の範囲を肌に限定しないと治すことはできない。回復魔術で対象者全体を覆うようにしつつ、皮膚だけを対象に魔術をかけるといい』
書いてある文章を二度見する。
言葉の意味はわかるが、さっぱりどういうことかわからない。
(どういうこと? 回復魔術で覆うのはわかるわ。でも、皮膚だけを対象に魔術をかけるって、どうするのよ!)
肝心のことが書いてなくて、資料を壁に叩きつける。
(本当に使えないんだから!)
ひとしきり、クッションに当たり散らし、もう一度念のために資料を手に取る。
念のため、肥満対策についても何かないかとめくってみる。
(痩せたいって言いながら、あの王女様、暴食はやめないんだから)
太ったとヒステリーを起こしながらも、甘いお菓子や果物といった好きな物しか食べないのに、痩せられるわけがない。
(でも、肥満は病気じゃないのに、本当に魔術で痩せられるのだろうか……?)
資料には、先程より難しいことしか書いてない。
(何よ『食前に薬草ゼリーを食べていただく』って! 私は料理なんてできないわよ!?)
なにやらレシピも載っているが、薬草の名前なんてわからない。
しかも、料理なんてしたことないルイーズに作れるとは思えなかった。
他にも、少し食べ過ぎな時に満腹感を与える薬草クッキーやら、体についたお肉を柔らかくして痩せやすくする魔術なんていうのも書いてあるけれど、なんでそんなことをするのか意味がわからない。
(もしかして、ジゼルって、とんでもなくすごい聖女だったの……?)
思い浮かんだ考えを、振り払う。
(あの子爵家の瞳さえ持たない落ちこぼれが、そんなすごい存在なわけがないわ! そうだ、読んでわからないんだもの。やり方を直接聞けばいいのよ)
レターセットを取り出し、文章を考える。
『ジゼルさんが王女殿下に施していた魔術、研究資料を読んでも意味がわからないわ。自己満足でしかない資料のせいで困っているから、わかるように教えに来られるかしら。きちんと自分の役目を果たすなら、戻ってきた後、子爵家に置いてもらえるよう、両親に伝えてあげるわ』
ひとまずこれでいいだろう。
骸骨公爵と婚約したと言っても、どうせ大したことはしていないはずだ。
むしろ、あちらでも邪魔な者が寄越されたと持て余されているかもしれない。
きっと居場所がなく困っている異母姉は喜んでやってくるはずだ。
そう思いながら封をして、配達人に渡す。
幸い公爵領は近いし、あの間抜けな異母姉はそう日を置かずにやってくるはずだ。
それまで殿下には、この資料を読んだと言って、適当な魔術をかけておけばいい。
ジゼルの魔術は回復魔術をベースにしているようだ。
これなら誤魔化すのも簡単だろう。
だが、予想に反し、異母姉からは何の音沙汰もない。
(ジゼルのくせに、よくも私の手紙に逆らったわね!)
怒りは募るが、侍女としての仕事もあるなか、ルイーズが連れ戻しに行くことはできない。
(仕方ない、もう一度手紙を書くかしら)
そんなことを考えていたある日、王女から急な呼び出しを受けた。
(以前は美しかったはずなのに、あのオークもどきの相手をするのはもう、うんざりだわ)
今の王女の姿は、端的に言って酷いものだ。
田舎の男爵令嬢の方がまだましだと思えるほどに変わり果ててしまっている。
美しかったはずの肌はニキビで荒れ、そばかすが浮き、脂ぎっている。
なのに唇はかさついていて、髪にも艶はない。
何より驚くべきは体型の変化だ。
以前の二倍以上に太ってしまい、目は肉で隠れ、二重顎になっている。
腰回りなど、倍以上あるのではないだろうか。
なのに、コルセットのない楽な服しか着ないため、体型は崩れていく一方だ。
美しいと評判だった王女の姿は、見る影もなくなっている。
最近では王女も諦めたのか、回復魔術をかけてジゼルの真似をするふりをしていても何も言わなくなった。
何かまた新しい我が儘だろうか。
ルイーズが王女の前に行くと、王女は他の侍女に爪の色を塗らせながら言う。
「今度私のお見合いがあるの。それまでに元の私に戻してちょうだい」
「ですが、それは……」
「誰がしゃべっていいって言ったの? 本当に、なっていないわね。そろそろあなたも平凡聖女が使っていた魔術を使えるようになった頃だと思ったのだけれど。時間なら充分にあげたでしょう?」
焦るルイーズに、王女は目を細める。
「そうそう、もし『まだできない』なんて言うのなら、あなたとその婚約者を私付きから外そうかしら。そもそも、あなたが立場の交代なんて愚かなことを言い出しても、平凡聖女の婚約者だったあの者が止めていれば今こんなことにはなっていなかったはずだものね。婚約者の入れ替えをやめておけば、少なくとも平凡聖女は王都に残っていたでしょうし。わかったなら、もう行っていいわよ。今日はもう動きたくないし、明日からよろしくね」
王女に視線さえ向けられず、退室する。
(これ、どうしたらいいのよ……!)
どう考えても詰んでいる。
ルイーズに、王女を元のようにする力なんてないし、婚約者と揃って王女付きの侍女を外されたとなれば、ルイーズ達が何か王女の不興を買ったのだと皆が思うだろう。
そんな状態で王宮に勤め続けることができるとは思えない。
ようやく廊下で見つけた婚約者のロバートを捕まえ、空き部屋へと引っ張り込む。
「ルイーズ、どうしたんだい?」
「大変なことになったわ!」
王女に言われたことをロバートに伝えるが、彼はいまいち事の重大さをわかっていないようだ。
「なら、ルイーズが王女の希望を叶えてあげればいいんじゃない?」
そんなことを言うロバートに、思わず声を荒げる。
「できるわけないでしょ! 私にそんなことができたら、王女殿下があんな風になることだってなかったわよ!」
「あ……」
ようやく気がついたのか、ロバートは焦った顔をする。
「すぐにジゼルを呼び戻さないと」
「そうね。でも、私は殿下のお側を離れられないわ。だから、あなたが行ってきてくれるかしら」
「仕方ない、それしかないね。きっと、ジゼルも骸骨公爵のところで泣いているだろうし、戻っていいって言ったら喜ぶよ。ちょうど休暇も余っているし、すぐに行ってくるよ」
「頼んだわよ」
そう言って、ルイーズはロバートを送り出した。




