20話 平凡聖女は骸骨公爵にプロポーズされる
帰りの馬車の中で、ふと公爵様が言う。
「ジゼル、少し寄り道をしてもいいか?」
「構いませんが、どこに行くのですか?」
「着いてからのお楽しみだ」
馬車が走り始め、窓の外を眺めていると、馬車はだんだん町から離れていく。
そして、しばらく走った後、薔薇園の前で止まった。
「こちらは……」
「公爵家が所有する薔薇園だ」
「うわぁ! すごい! とっても綺麗ですね!」
「ジゼルが気に入ってくれたようで嬉しい。母が昔、ここでお茶会を開いたり、家族で遊びに来たりしていたんだ」
「キース様にとっても思い出の場所なんですね」
公爵様にエスコートされ、薔薇園を進んでいく。
色々な種類の薔薇が植えられていて、香りのいい株や大輪咲きの株など入り交じって咲いている。
蔓薔薇を使って薔薇のアーチや、トピアリーなども作られていた。
「とても素敵な場所ですね」
薔薇園の中心には、白い大理石で作られた美しい東屋があった。
建物の前に来ると、公爵様が足を止め、私の方へと向き直る。
「キース様?」
「ジゼルに、ここで聞いてほしいことがあるんだ。まずは、謝罪を。この領地に来たばかりの頃、ジゼルとの婚約を受け入れられず、冷たい態度を取ってしまったこと、申し訳なく思う」
「いいえ。公爵家のお立場を思うと仕方がなかったことだと、受け止めております。むしろその後もこのように専属聖女という形で置いていただき、感謝しかありません」
「そう言ってもらえると、ほっとするな」
だが、緊張を崩さない公爵様に、私は尋ねる。
「お話しとは、そのことですか?」
「いや、もう一つある」
なんだろうと首を傾ける私に、公爵様はその場にひざまずく。
「私と、結婚してほしい」
驚いて目を見開く私に、公爵様は続ける。
「一度、貴女との婚約を断った身で何を言うかと思うだろう。確かに私は王女殿下から命じられたこの婚約に、最初は納得していなかった。だが、そんな私をわだかまりなく助けてくれたジゼル嬢に、気がつけば恋に落ちていた」
「それは、聖女として当然のことで……」
「そういう責任感の強いところも好きだ」
「好っ……」
真っ赤になった私に、公爵様は微笑む。
「少しは私のことを意識してくれているのだろうか。聖女として相手が誰であろうと惜しみなく力を使うジゼル嬢を私が誰より近くで守らせてほしい。私に対して好きだという気持ちを持てなくてもいい。けれどせめて、婚約者として側にいることを許してほしいんだ」
許してほしいと言いながら、公爵様は私が頷かなければ立ち上がる気配がない。
(でも、私はとても自分が公爵様には相応しいとは思えない……)
公爵様は長年ずっとお一人だったから、たまたま公爵様のご病気を治して側にいる私を好きだと勘違いしておられるだけかもしれない。
「ひとまず、立ち上がってください」
「ジゼルが頷いてくれたら、そうしよう」
「そのことですが、私では公爵様に相応しい立場ではございませんし、相応しい方は他にいらっしゃるかと思います」
私は子爵令嬢ですらなくなってしまったのだ。
聖女と貴族の結婚は珍しくはないとはいえ、流石に王族の血を引く公爵様と平民は不釣り合いだ。
公爵様はご健康になられた後、まだ社交界に出られていない。
そこで大勢の女性に囲まれれば、他に心から愛する人を見つけ、今日のことを後悔なさる日がくるかもしれない。
そう思ってのことだったが、公爵様は違う意味で受け取ったようだ。
「私はジゼルに、許せない程に嫌われているということだろうか?」
「えっ、いえ、違います……! そういう意味ではございません」
「私が側にいるのが嫌だから、断りたいということでは? 立場など、どうにでもなる。それこそ養子先に迎えてくれる家を探せばいいだけだ。ジゼルは、私のことが嫌いか?」
紫色の瞳でじっと見つめられ、嫌いだとは言えなかった。
公爵様に好きと言われて、心の奥では嬉しいと思っている自分がいる。
だからこそ、嘘を答えることはできない。
(私が、覚悟を決めればいいだけ……。もしその時が来て、公爵様が心変わりをされても、今の私なら一人で……、いえ、たとえ子供を抱えていてもきっと生きていけるはず……!)
ジェラン子爵家から逃げることができず、あの家で私を産まざるをえなかった母のことが、一瞬脳裏を過る。
既に妻がいる身で母に手を出した父と、公爵様は比べる対象ですらない。
むしろ公爵様が信頼に足る人物だと、私はこれまでの期間を通して知っているはずなのだ。
だが今の私には既に貴族籍もなく、もし公爵様に捨てられればと考えると、返事をするのはとても怖かった。
(でもきっと、ここで頷かなければ、私はずっと後悔する……!)
そして、私は真摯に私の答えを待つ紫水晶の瞳を見つめ、口を開く。
「……お慕いしています」
途端、公爵様の顔に喜びの色が浮かぶ。
「ならどうか私を婚約者として受け入れてほしい。ジゼルが嫌がることは絶対にしないと約束する」
「そこまでのお約束は必要ありませんが……。これからどうかよろしくお願いします」
「本当に嬉しい。私は絶対に後悔したりしないし、ジゼルにも後悔させないと誓おう」
そう言って公爵様は私の手に唇を落とす。
「ふぇ!?」
びっくりして固まった私に公爵様は立ち上がりながら、小さく笑みを零す。
「こういった触れ合いにも慣れていってほしい」
そして胸元から取り出した指輪をそっと私の薬指にはめる。
「あの、こちらは?」
「公爵家で伝えていくようにと言われている指輪で、もともとは祖母が嫁ぐ際に王家から贈られたものだ。婚約の証に、どうかジゼルが持っていてほしい」
「そんな大事なものを……?」
「結婚すればジゼルも公爵家の人間になるだろう?」
公爵様は当たり前のように言われるけれど、血の繋がりがあってさえ、当たり前のように家族になれるとは限らない。
私を受け入れてくれた公爵様の想いに、私も応えたい。
「……大切に預からせていただきます」
「結婚指輪は、改めてジゼルの好きなデザインで作ろう」
ふと、迷うように公爵様が口を開く。
「それと、婚約者になるんだ。私のことは今日のようにキースと呼んでほしい。私もこれからはジゼルと呼ぶ」
「わ、わかりました、キース様」
真っ赤になって頷く私に、公爵様は満足げに微笑んた。
明日は異母妹ルイーズ視点です。




