25話 平凡聖女、自分磨きを決意する
ロバート様が来て、数日が経つ。
彼は私が知らない間に、王都に護送されたのだそうだ。
キース様はコートネイ侯爵に対し今回の顛末を説明する手紙を書き、私が彼と二度と顔を合わせないようにと要望を出したのだそうだ。
そこまでしなくても大丈夫だと言ったものの、手紙は既に出された後だそうで、私にできることは何もない。
今度からは自分に関わることは決定前に教えてほしいと頼むことしかできなかった。
渋々頷いてもらえたから、多分約束は守ってもらえると思いたい。
私が感情を爆発させてしまってから、キース様は私に過保護になってしまわれたように思う。
(もう、大丈夫なのに……)
そう思うのと同時に、キース様が私を気に掛けていただけるのは、嬉しいと思う。
キース様の存在のおかげで、私は少しずつ過去を過去として思えるようになってきた。
少しでも共に過ごす時間を取ろうとして、毎日の食事だけではなく、時間ができたらお庭に誘ってくれたり、小さな花束を作って持って来てくださったりする。
私が元婚約者とほとんど交流がなかったことを知って、余計に交流の時間を大切にしていただいているのかもしれない。
ただ同時に、少しだけ、私のわがままに付き合わせてしまって申し訳ないという気持ちにもなる。
(キース様は『自分も婚約者との時間を取りたいから』と言ってくださるけれど……)
遠慮しても、キース様はきっと喜ばれないだろう。
それくらいはわかるようになったから、私は一つお願いごとをすることにした。
「キース様。お時間をいただきありがとうございます」
「構わない。ジゼルのためならいつでも時間は作る。それで改まって話したいこととは?」
「私に家庭教師を付けていただけませんか」
「……必要ない」
「どうしてでしょう」
「この家にうるさく言う親族はいない。公爵家として決まり事は二人で作っていけばいい」
「私は、これからどんな場所でもキース様の隣に立ちたいのです。ですが、今のままでは不安なのです」
「ジゼルはそのままでいてくれて問題ない。仮にも公爵家の者に、表だって指摘をする者はいないだろう」
「私のせいでキース様の足を引っ張りたくありません。だからどうかお願いします」
「……そこまで言うのなら手配しよう。だが、無理はしないでほしい」
頷くと、執事のモーリスさんも呼ばれた。
どんな分野の教師が必要か一緒に話し合い、家庭教師にどなたを招くか検討してもらう。
「ジゼルは、希望する分野はあるか?」
「基礎的なところからお願いしたいです。私は聖女としての修行もあり、令嬢教育はほとんど受けていません。王宮で王女殿下にお仕えするため礼儀作法も、周りを見たり注意されながら学んだことなので、初歩から教わりたいです」
「なるほどな。なら幅広い分野を納めている人の方がいいということだろうか……? モーリス、意見はあるか」
「ご希望が基礎的なところからということですので、まずは旦那様が教わった方に紹介をお願いしましょう。本来なら、家庭教師の手配は嫁がれた家の女主人の伝手をお願いすることが多いのですが、私達にはそれは難しいですから」
「では、早速手紙を書こう」
「それと、公爵家に利害のある貴族関係は、私からお教えしましょう」
「モーリス、いいのか」
「もちろんでございます」
「モーリスさん、どうぞよろしくお願いいたします」
クロフト公爵家は、キース様のお母様もお婆さまも亡くなられている。
キース様が公爵位を継ぐまでは王家が領地の管理をしていたこともあり、母方の親族ともあまり付き合いがないようだった。
(早く決まりますように……)
すぐにキース様は手紙を書き、手配をしてくれた。
家庭教師が来るまでの間に、モーリスさんからは個別授業を行ってもらった。
幸い、王宮に勤めていたから、貴族関係はそこそこ把握している。
かつて侍女長に貴族名鑑を覚えるようにと言われていたおかげで、名前から覚え直す必要はない。
ただ、公爵家の事業の関係で付き合いのある家や、逆に仲がよくない家などは、全くわからない。
その辺りの知識を教えてもらった。
「一度に全てを覚える必要はありません。夜会でも、旦那様がいらっしゃいますし、あちらも面識のないジゼル様に声をかけられることはないはずです」
「確かに、そうですね」
モーリスさんに言われて、なるほどと納得する。
「季節のやり取りもありますから、その時にお礼状などもお願いしようと思います。そうしたタイミングでゆっくり覚えていっていただければと思います」
「わかりました。その時はまたご指導お願いします」
モーリスさんは胸に手をあて一礼する。
「ジゼル様のような方をお迎えでき、本当に嬉しい限りです。旦那様のご病気を治していただいただけでもありがたいことですのに……。最近の旦那様は本当に毎日がお幸せそうで、長く生きてよかったと思いました。旦那様のこと、これからもどうかよろしくお願います」
「私の方こそ、聖女という以外取り柄がないのに……。この家の皆さんに受け入れていただいて本当にありがたいと思います。キース様に恥じないよう、努めたいと思います」
「しかし、あのお小さかった旦那様がご結婚とは……。時が流れるのは早いものですね」
「キース様は小さな頃はどのような方だったのですか?」
モーリスさんは少し考えると口を開く。
「年相応にやんちゃな一面もありましたな。お母上が好きだからと、薔薇園の花を勝手に切って、それはもう豪華な花束を作られたり」
「お怪我などはなさらなかったのですか?」
「もうすぐ五歳になる頃のことだったので、そこは流石に注意されたようです。フィリップが手伝ったのかもしれませんね。ですが、棘の処理のことはご存知なかったようで、母君に指摘され、ムっとされておられました」
今のキース様からは想像はできないが、見てみたかった。
きっと可愛かっただろう。
「また、薔薇を庭師に言わずに勝手に切ったと後日分かり、旦那様にも叱られておいででした。ですが、おかげで公爵家の事業について、興味を持っていただくことに繋がって――」
モーリスさんから聞くキース様の話は興味深く、つい色々と聞いてしまう。
ハッとして時計を見ると、気が付けば時間があっという間に過ぎていた。
「私としたことが、つい無駄話を」
「いいえ。またどうぞ聞かせてください」
「旦那様に、叱られない範囲でいたしましょう」
顔を見合わせて、小さくお互い笑みがこぼれる。
そうして楽しい授業は終わったのだが、一つ困ったこともあった。
授業が終わった後も、キース様の小さい頃のお話しを思い出して、つい笑みを浮かべてしまいそうになるのだ。
理由もなく浮かれているのは変かもしれないと、その日は一日、表情を引き締めるのが大変だった。




