18話 平凡聖女は準備に悩む
「どうしましょう……」
公爵様とお祭りに行くことになったものの、部屋に帰った私はある問題に気づいてしまった。
(何を着ていけばいいの……?)
以前町に視察に行った時のような服の方がいいのだろうか。
でもせっかく公爵様に誘っていただいたのだ。
少しでも可愛くできたらなと思ってしまう。
(浮かれすぎかしら……?)
クローゼットを開けて悩んでいると、ミラさんに声をかけられた。
「どうなさったのですか?」
「……えっと」
見かねて声をかけてくれたミラさんにお祭りに誘われた話をすると、きらんと目を輝かせ「少々お待ちください」と部屋を出て行った。
(どうしたのかしら……?)
普段にない行動に目を瞬かせていると、すぐにミラさんは二人の侍女を連れて戻ってくる。
今日お休みの侍女の中から、手伝ってくれる人を探してきたようだ。
ナタリアさんと、もう一人、以前、美容魔術をかけたことがあるマリオンさんという侍女も一緒だ。
二人とも美容関連に強いらしい。
「そんな、いいのですか?」
「もちろん私だけでもご対応はできますが、二人に手伝っていただいた方がより完成度を上げられますので」
そういうものだろうかと首を傾けるが、二人ともミラさんの言葉ににこにこと頷いている。
そうして、まずは服を決めようと一緒にクローゼットの中を確認してもらった。
「ジゼル様は、お好みの色はございますか?」
「特には……。あの、お祭りに行ったことがなくて、どんな服を皆さんお召しなのですか?」
王都では時々お祭りも開催されていたが、当時お金がなかった私は当然行ったことがない。
元婚約者からも誘われたことはなかった。
「貴族の社交のようにドレスコートがあるような催しではありませんから、皆さんおめかしして、お好きなものを着られていますよ」
「そうですか。でしたら、あの、公爵様の横を歩いておかしくなければと思います……」
素直に可愛くしてほしいと言えばよかったのかもしれないが、なんとなく口にできずそんな風に言ってしまう。
だが実際、公爵様はかつて骸骨公爵と言われていたのが嘘のように麗しくなられている。
まだ少し痩せすぎの感じは残っているが、銀色の髪は艶が出て、神秘的な紫の瞳は輝きを増している。
王都の社交界に出られたら、おそらくすごくおモテになるだろう。
そんな人の隣を、変な格好では歩きたくない。
すると、ミラさん達は顔を見合わせて頷いた。
「わかりました。では、私達でいくつか候補を絞りますね」
「ジゼル様は控えめな方だとは思っていましたが……。私達が絶対に可愛くしてさしあげます!」
「でしたら、こちらの方が華やかでいいかもしれませんね」
何かが彼女達の琴線に触れてしまったようだ。
クローゼットを見て、時々取り出したドレスを顔に当てられ候補が絞られていく。
花祭りは王都を含めた近隣の領地からも人が観光に来るくらい大きなお祭りなのだそうで、貴族も見かけるのだそうだ。
だから、少々華やかな服装でも全然問題ないらしい。
そうしている間にミラさん達は候補を絞り終わったようだ。
水色、赤色、紫色、ミントグリーンのドレスを見せられる。
「こちらの中ですと、どれがお好みですか?」
「水色か、ミントグリーンのドレスでしょうか」
赤色は花祭りの花に負けないようにと選んでくれたようだが、私にはすこし派手すぎる気がする。
(それに、赤色はルイーズがよく身につけていたから、少し苦手かも……)
子爵家の人達は『子爵家の赤い瞳』にこだわりを持っていた。
だからこそ、赤い瞳の異母妹はよく同じ色のドレスを身に纏っていた。
(紫色のドレスは、公爵様の瞳の色だし……)
そちらのドレスも可愛いくはあるが、さすがに名前だけの婚約者の立場で、相手の瞳の色のドレスを着るのは憚られた。
「紫色のドレスもおすすめでしたのに」
「あら、ジゼル様にはパステルカラーのドレスも似合いますわ」
残念そうにしながらも、水色とミントグリーンのドレスを比べられる。
「どちらになさいますか?」
私は悩んで、水色のドレスを選んだ。
「では、次はお化粧ですね」
マリオンさんにお化粧を、ナタリアさんに髪の編み方を教えてもらう。
「このような感じはいかがでしょうか」
「すごいです……!」
鏡に映る私はお化粧のおかげか少し大人びている。
髪も可愛く編み込まれていた。
「可愛いですが、自分一人で編み込みはできないかもしれません……」
「ご安心ください。当日は絶対に私がお手伝いいたしますから」
「よろしくお願いします」
ミラさんは力強く頷いてくれた。
「後は装飾品ですが……」
「えっと……、そちらはあまり持っていないので、大丈夫です」
公爵様から最初にいただいたドレスには付属の装飾品がついているものもあったが、気軽につけられるような物ではない。
それに、ドレスとセットで作られているものだから、今回選んだ服には合わないだろう。
三人は残念そうにするものの、実際にクローゼットにしまわれている飾りを見て納得していた。
「今日は本当にありがとうございました。お祭りの日まで、お化粧を練習します」
「また、何かありましたらお気軽にご相談ください」
「ジゼル様は可愛らしいので、私も楽しかったです」
そんなやり取りをしていると、お祭りの日まではあっという間に過ぎていった。
お祭り当日。
「ジゼル様! 旦那様がお迎えにいらっしゃいましたよ」
「すぐに参ります」
部屋に迎えに来てくれた公爵様は、すらりとした灰色のジャケットにズボンを合わせていらっしゃった。
胸に水色のハンカチーフが飾られていて、二人で並ぶとお揃いのような格好に見えるだろう。
思わずミラさんを見ると、驚く私を見て嬉しそうにしている。
(格好良すぎて、息ができないわ……。しかも、おそろい……)
今日のコーディネートが公爵様に似合いすぎていて、高貴なオーラに圧倒されてしまう。
しかも、深い紫色の瞳は嬉しげに私を見ていて、何もしていないのに胸の鼓動が早くなっていた。
必死で心臓をなだめる私に、公爵様は言う。
「そのドレス、とても似合っている」
「こ、公爵様も、とても素敵です」
「ジゼル嬢にそう言われると嬉しいな。そうだ。今日はキースと呼んでほしい。外で公爵と呼ばれると、何かとうるさいことになりそうだからな。私もジゼルと呼ぶから、言葉ももう少し崩してくれると嬉しい。できそうか?」
「かしこま……わかりました、キース様」
なんとかそう返事をした私に、公爵様は満足げに頷く。
「あと、こちらを」
そう言って、水色の花束を差し出される。
「ありがとうございます。デルフィニウムですか?」
「ああ。美しいだろう? この花の水色がジゼルの瞳の色のようだと思ったんだ」
受け取った花を、じっと見てしまう。
(こんなにお美しい公爵様が、私の瞳をこの花のように美しいと思われたの……?)
社交辞令だとしても、今まで価値がないと褒められるどころかけなされるばかりだった私の瞳を、可憐な花に喩えて言ってもらえたことがとても嬉しい。
「こちら、枯れないように大切に飾ります」
ミラさんにお願いしようとしたところで、公爵様が言う。
「少し待ってほしい。贈り物だが、一本もらっていいか?」
どうするのだろうと頷くと、公爵様は花の中からそっと一本引き抜いた。
茎を少し短くすると、それを私の髪に挿す。
「こうすると、まるで花の妖精のようだ」
「あ、ありがとうございます……!」
満足げに頷き私を見つめる公爵様に、頬に熱が上がる。
公爵様はこういったことをどこで学んで来られたんだろう。
ずっと寝込まれていた公爵様の行動に疑問を感じていると、公爵様は小さな声で言う。
「実は、侍女にジゼルの髪型を聞いて、練習したんだ」
「えっ!?」
驚く私に公爵様は屈託のない笑みを浮かべる。
「ジゼルを驚かせることができたのなら、頑張った甲斐があった」
「私の、ために……?」
「もちろんだ」
思わず口から零れ落ちた言葉に頷かれてしまい、公爵様の瞳を見つめ返すことができない。
(どうしてこんなによくしてくださるのか、理由を聞いてもいいのかしら……?)
しかしそれを尋ねる前に、モーリスさんが馬車の用意が整ったと知らせに来た。
タイミングを逃してしまった言葉を飲み込んで、私達は町へと向かった。
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