17話 平凡聖女は骸骨公爵に誘われる
熱が下がってから三日。
しっかり休んだおかげで、私はすっかり元気になった。
朝食後、公爵様の元に向かう。
うつる病気ではないからと何度かお見舞いに来てくれたから、この三日全く顔を合わせていないわけではないけれど、執務室へ向かうのは久々だ。
「公爵様、おはようございます。たくさんお休みをいただいてしまい、ご迷惑をおかけしました」
「問題ない。ジゼル嬢の体の方が大事だからな。もう大丈夫なのか?」
「はい! すっかり元気になりました」
頷くと、公爵様はほっとした様子だ。
ふと、公爵様の後ろに見慣れない人がいるのに気がついた。
黒髪に青い瞳で、誰かに似ている気がする。
私の視線に気がついたのか、公爵様が紹介してくれた。
「そういえば、顔を合わせるのは初めてか。執事のモーリスの息子でフィリップという。普段は私の仕事を手伝ってくれているんだが、ちょうどジゼル嬢が来たばかりの頃に王都へ使いに行ってもらっていたんだ」
「お初にお目にかかります。どうぞお気軽にフィリップとお呼びください」
「……、聖女のジゼルと申します。どうぞ、私のこともジゼルと呼んでください」
一瞬「ジェラン子爵家の」と付けそうになり、言葉を飲み込む。
(もう、除籍されているから、聖女としか名乗れないのだったわ)
フィリップさんはそんな私に何も言うことなく、胸に手を当てお辞儀をする。
「ジゼル様が旦那様のご病気を治療されたと聞きました。心から感謝申し上げます」
「そんな、私は……」
大したことはないと言おうとしたが、すかさず公爵様が言う。
「ジゼル嬢には今、その豊富な知識を使って私の事業を手伝ってもらっている。フィリップとも顔を合わせる機会は多いだろう。彼女のことは、私と同じように扱うように」
公爵様は付け加える。
「フィリップは私が幼い頃からこの屋敷にいたせいか、兄のような存在でもあるんだ。寝込む度に本を読んでくれたり、退屈だろうと虫を捕まえてきてくれたりな。虫は流石にモーリスに怒られていたが」
「ちょっ――」
笑いをこらえる公爵様と、慌てるフィリップさんの対比がおかしくて、私も自然と微笑んでいた。
「お二人はかなり仲がよろしいのですね」
「そうだな。ジゼル嬢も、何かあれば私の代わりに頼ってほしい。フィリップも、私の恩人である彼女の力になってほしい」
そんな自己紹介の後、フィリップさんとは別れ、私と公爵様は離れに向かい、中断していた化粧品の試作へと向かった。
それから五日後。
ようやく満足のいく調整が終わり、化粧水ができあがった。
「すごくいい香りのものができあがりましたね!」
「そうだな。問題なく、発売まで進めるように後は祈るだけだ」
これから公爵様の屋敷の人達に格安でサンプルを配り一月ほど反応を見て、商品として数を作っていくことになる。
もし試してもらった人の肌に何かあれば、私が回復魔術で対応する予定だ。
ちなみに無料としなかったのは、私の美容魔術の時の反省を活かした結果でもあった。
「沢山、売れてほしいものだな」
公爵様は既に、製品化後のことまで考えているようだ。
私が寝込んだりしている間に公爵様は工場を作って、近隣の農家の奥さんを働き手として集める計画を進めているようだ。
工場が完成すれば、化粧水の製造だけではなく新製品の開発などもそちらですることになるかもしれない。
「そういえば、モーリスからジゼル嬢と契約書を交わすように言われていた。ジゼル嬢、この後まだ時間はあるか?」
「ありますが、契約書ですか?」
「ああ。二人で共同でこの化粧水を開発したんだ。当然、ジゼル嬢にも利益を受け取る権利はある」
そうして執務室へ異動し、契約書の草稿を見せられる。
すると思いがけないことが書いてあった。
「えっ、こんなにいいんですか!?」
一時金でお手当をもらえるのだろうかと思っていたら、そこに書いてあったのは、売り上げの一部を五年に渡りもらえるという内容だった。
その五年という期間も、私が期間中に新製品の開発に携わったり、既存の商品の改良に携われば延長される仕組みのようだ。
驚く私に、公爵様は当然だと頷く。
「ジゼル嬢のおかげで、香りだけではなく効果も抜群な化粧水が作れたんだ。フィリップから王都で売られている最高級路線の化粧水を買ってきてもらって試したが、全然効果が違った」
公爵様は市販の化粧水と、私達が作った化粧水を右手と左手で塗り比べてみていたようだ。
触ってみないかと差し出されるが、見た目の段階で差が明らかだ。
私達が作った化粧水の方がしっとり感が強い。
「きっと、これは人気になる。そしてそれは、私とジゼル嬢が頑張った結果だ。だから、ジゼル嬢にも遠慮なく受け取ってほしい」
「……ありがとうございます」
契約書を受け取って内容をよく読んでから、サインをする。
同じ物に三枚。それぞれの保管用と、商業ギルドへの提出用だそうだ。
確認をしている公爵様を見ながらふと思う。
(公爵様はいつも、人の頑張りを見てくださるのね……)
結果を認めてくれるところもだけど、頑張っていたこと自体を認められるのは、胸が震えるほどに嬉しい。
(王宮では、頑張っても褒められないし、叱責されることさえあったから……)
つい前の環境と比べてしまいそうになるが、もう忘れようと首を振る。
そして、事務処理が終わったところで、公爵様が言う。
「そういえば、来週、公爵領で祭りがあるんだが……。ジゼル嬢は誰かに誘われているか?」
「お祭りですか……?」
祭りの存在自体を知らず首を傾ける私に、公爵様は頷く。
「この領の薔薇の収穫時期がそろそろだろう。せっかく美しい花が沢山咲くから、各農村で花を飾った馬車を作ってパレードをしたりするんだ」
「楽しそうですね!」
「よかったら、私が案内しよう」
「えっ、私がご一緒して、よろしいんですか?」
驚いて公爵様を見つめると、少し困ったように首を傾ける。
「他に一緒に行きたい人がいるなら遠慮するが……?」
「い、いえ。驚いてしまっただけで、嬉しいです……! 公爵様は本当に私でいいんですか?」
「もちろんだ。むしろ、私がジゼル嬢と祭りを回りたいから、付き合ってくれると嬉しい」
そんな風に言われてしまうと、照れてしまう。
けれどなんとか頷いて、公爵様とお祭りに行く約束をした。




