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16話 平凡聖女は看病される(+公爵視点)

 気がつくと、朝になっていた。

 かなり回復したようで、寒気もなく、体も痛くない。

 気になって公爵様のお姿を探したけれど、当然ながらどこにも公爵様のお姿はなかった。


(お忙しい方だし、当たり前じゃない)


 むしろ昨日の夜についていてくれたのが、特別なことだったのだ。

 不安な時、あんな風に誰かについてもらえていたのは初めてだった。


(もしかしたら、あれも私が見た都合のいい夢だったかもしれない)


 ともするとそんな風にも思えてきてしまう。

 自分の醜態を考えると確かめるのも気まずい。

 そんな風にしていると、ミラさんが様子を見に来てくれた。


「……! ジゼル様! 気がつかれたのですね!」

「ミラさん、おはようございます。昨日はご迷惑をおかけしました」

「迷惑だなんてとんでもありません。とても心配しました。今朝のご体調はいかがですか?」


 ミラさんはほっとしたように微笑み、私の額に手をあてる。


「まだ熱っぽいですが、大分熱はとれているようですね」

「かなりよくなったと思います」

「ですが、まだ安静になさってくださいね」

「わかりました」


 そんな会話の後でミラさんは水の用意などをしてくれると、食事の用意をすると行ってしまった。

 すぐに戻ってきてくれたのだけれど、今度は何故か公爵様も一緒だ。


「公爵様も、いらっしゃったのですか……?」


 まさか何か言われるのだろうかと思って尋ねるが、公爵様はいつも通りの様子だ。


「体調が少し回復したと聞いて様子を見に来た。調子はどうだ?」

「おかげさまで、かなりいいです。明日にはまたいつも通り働けると思います」

「そんなに慌てなくていい。医師からは過労と聞いている。少なくともあと三日はゆっくりするように」

「え……ですが体調管理が行き届かず、ご迷惑をおかけしているのに……」


 王宮ではあり得ない待遇に驚いていると、公爵様が言う。


「一緒に作業していたのだ。私がもっと気を配るべきだった」

「そんな、私がしたくてしていたことですから――」

「たとえそうだとしても、今の責任者は私だ」


 それに自分でも無理しているつもりはなかった。

 今まで色々あったから、その疲れも一気に出てしまったのかもしれない。

 そう言ってみたが、公爵様は首を振る。

 もしかしたら、昨日の夜にあまりにも弱った姿を見せてしまって、不安にさせてしまったのかもしれない。


 そんな風に思っていると、ミラさんが食事の支度を終えていた。

 今日も消化にいいようにと、パン粥のようだ。

 昨日食べたものは、甘く味付けされ、とても美味しかった。

 のんびり考えていたところ、何故か公爵様がお盆を受け取り、スプーンを持って私に食べさせようとしている。


「さ、さすがに、自分で食べられます……!」

「遠慮せずともいい。今まで自分がされるばかりだったから、ジゼル嬢の世話をできるのが嬉しいんだ」


 流石にあーんは幼い子供扱い過ぎるのではないかと思うが、公爵様はそうは考えていないらしく、期待した瞳で私を見ている。

 圧力に負け、結局食べさせてもらったが、不思議と昨日食べたものよりも美味しく感じてしまい、そんな自分が恥ずかしかった。


 食後の薬を飲み終え、再びベッドに入ると、公爵様が言う。


「何か食べたいものはあるか? 後でまた持ってこよう。好きな果物はあるか?」


 そう言われても、今までろくに看病を受けた経験がなく、何を言えばいいのか思いつかない。

 具合が悪いからとえり好みしていたら、やっていけない環境だった。

 とりあえず、公爵様の言葉を断るのも難しそうだからと当たり障りのない言葉を探す。


「特には……。なんでも食べられると思います」

「なら、後で私が選んで持ってこよう。眠るまでここにいるから、ゆっくり休むといい」


 そう言って寝かしつけられ、頭を撫でられる。

 絶対に眠れないと思ったのに、薬の効果もあるのだろう。

 横になると、以外にもすぐに睡魔がやってきた。


(甘やかされ過ぎな気がする……)


 そう思ったものの、頭を撫でられているうちに、あっという間に眠りに落ちていた。


◇


「フィリップ、戻ったのか」


 ジゼルが寝付いたのを見て執務室へと戻ると、王都へと遣いに出した側近が報告へ来ていた。

 フィリップは執事モーリスの息子で、私の五歳年上だ。

 幼い頃より寝込みがちだった私にとっては、年が近い唯一の遊び相手であり、親戚の兄のような、悪友のような、近すぎず、遠すぎない、絶妙な距離で付き合ってくれる存在だった。

 もっとも年下の病弱な主人の息子など、フィリップにとっては扱いにくい存在だっただろう。

 それでも何かと気に掛けてくれた彼の存在を大事に思っており、彼もまたそんな私に忠誠を誓ってくれている。


「はっ!? え、お前、キース坊ちゃまなのか!?」

「そうだぞ、フィル兄」

「だ、旦那様、お見苦しい言動、失礼いたしました」

「それだけ驚いたということだろう。構わない」


 無理もないと思いながら頷くと、さっと真面目な顔を作ったフィリップが胸に手を当て、その場で腰を折る。

 フィリップは以前、もう呼ばないと誓われたはずの愛称が出るほど驚いたらしい。


「旦那様の命を終え、ただいま戻りました」

「無事の帰還、何よりだ。しかしお前にそんな風に話されると、寒気がするな。普通に話してくれ」

「かしこまり……わかったって。じゃ、質問をしてもいいか?」

「もちろんだ」


 あくまでもかしこまろうとするフィリップを軽く睨むと、フィリップは観念したようだ。

 彼の父であるモーリスが厳しいから、公私の切り替えが大変なのだろう。

 だが、どれだけ言ってもフィリップはもう、私のことをただの「キース」とは呼ばないから、言葉を崩しても彼なりに線引きしていることは知っている。


「その様子はどういうことだ? 病が完治したのか?」


 フィリップの疑問は、もっともなことだった。

 ジゼルの行った療法がうまくいき、私の体調は劇的に改善している。

 ここ数ヶ月留守にしていた彼には別人と思われても仕方がないほどに、見た目も変わっていた。


「お前も知っているだろう。婚約者として来てくれたジゼル嬢のおかげで、発作から解放されたんだ」

「それだけで、こんなに変わるものなのか?」

「正確に言うと、発作だけではないな。あれは体質改善ともいうべき手腕だった」

「体質改善……?」


 不思議そうに見つめるフィリップに、ジゼルが来てから行ってくれたことを説明する。


「それと、見た目の変化は、体質改善や筋肉を鍛える運動も取り入れているからだろう。発作がなくなったおかげで、色々とできることが増えたんだ」

「あの寝込んでばかりいた公爵様が、運動をできるまでご快復なさるとは……。聖女様ってのは、大したものなんだな」

「そのようだ。早くフィリップにも紹介したいが、あいにく彼女は熱を出して寝込んでいる。ジゼル嬢が元気になったら紹介の機会を設けよう」

「……聖女様は大丈夫なのか?」

「ああ。自分自身に対しては聖女が使う魔術はかけられないようでな。医師には診せているし、今朝見た限り大分よくなっているようだ。それで、調査はどうだった?」


 報告を促すと、フィリップは表情を引き締め真面目な顔を作り、言葉遣いも改める。


「懸念されていた王女殿下の采配には、特別な意図はないようです。聖女様についても、問題はありません。詳しくは報告書にまとめてあります。ですが、あまり読んで楽しい内容ではありません」

「覚悟して目を通そう。フィリップは今日はこのまま休んでほしい」


 フィリップは胸に手を当て一礼する。

 部屋を出て行ったのを見送って、早速、報告書に目を落とした。


 まずは王女についての報告書だ。

 ジゼルとの婚約が整えられ、一番に疑ったのは、これは王家から差し向けられた『罠』ではないかということだった。

 ジゼルの聖女としての実力が飛び抜けて高いことは、一度彼女の魔術を受ければわかる。


 宮廷に仕える医師ですら、発作を薬で抑えることしかできない私の体を楽にしたのだ。

 その辺の聖女では、彼女の代わりにならないことは明らかだ。


 王家から破滅を望まれるような心当たりはなかったが、彼女を私に嫁がせることで『王女から不当に聖女を奪った』と断罪され、領地を取り上げられる未来さえ想定した。


 フィリップの報告を簡単に口頭で受けた限り、その心配は必要ないようだ。

 だが報告書に軽く目を落とすと、ある意味で信じられないことが書いてあり、思わずため息と共に不敬な言葉が漏れてしまう。


「……殿下の目は、節穴なのか?」


 報告書には、長年尽力したジゼルの献身を忘れ、見た目が気に入らないからと、なんの実績も無いジゼルの異母妹にあたる新人聖女を取り立てたという内容が書かれていた。


「髪や目の色など、どうでもいいだろうに」


 私自身、社交界で『骸骨公爵』というあだ名を付けられるほどに、体調と見た目に問題を抱えていた。

 だから、見た目を重視する者が世間に多いことは知っているが、しかしそれを実力が重要な聖女に求めるのは、何かが違う気がする。


 それに、ジゼルは国王にその実力を見出され、王女の侍女として重用されてきたのだ。

 彼女の献身のおかげで、王女も健康に過ごせるようになっているはずなのに、それらことは忘れてしまったのだろうか。


「毎朝晩、ジゼル嬢の美容魔術を必ず受けていたと聞いたのだが……」


 彼女の美容魔術がすごいのは、先日の公爵家の侍女達の暴走で明らかだ。

 長くジゼルの美容魔術を施されてきた王女が、果たしてそれなしで日常を満足に過ごせるのだろうかと、懸念が浮かぶ。


(いや、それは王女殿下の問題で、私が考えることではないな)


 王女のおかげで、ジゼルと婚約を結ぶことができた。


(私にできることは、健康な体をジゼル嬢が与えてくれたことを忘れぬようにして、彼女を大切にすることだけだ……)


 ジゼルがしてくれたことを思えば、誰が相手であろうと、彼女を不幸にするのは許せない。


「次は、ジゼル嬢の調査報告書か」


 王女の報告書に続き、ジゼルについての報告書をめくっていく。

 読み進めていくうちに、そのあまりの内容の酷さに、息を吐いた。


 昨晩、高熱を出し、彼女に一晩付き添った。

『ごめんなさい』『私が悪いのです』『誰か……助けて……』

 うなされながらも口から零れる言葉に、どんな夢を見ているのだろうと気になったが、あれはもしかしたら過去の夢を見ていたのかもしれない。


 ジゼルの境遇は、読んでいるこちらが胸が痛くなるほどに悲惨だ。


 この世に生まれ落ちるのと同時に生みの母を亡くし、子爵家で引き取られて生きてきたようだが、その実態は使用人以下の奴隷に近く、かなりつらい思いをしながら生きてきたようだ。


 王女のもとで侍女として働くようになってからは直接的な体罰などはされなかったらしいが、彼女の給金の大半は子爵家に流れていたらしい。

 ここへ来た当初、ドレス一着、着替えすらろくに持っていなかった姿を思い出す。


「ひどいな……」


 思わずそんな言葉が漏れる。

 しかも、そんな彼女に、私は初対面の際に、心ない言葉をぶつけてしまった。

『罠』であることを警戒していたとはいえ、彼女を傷つけたことは事実だ。


(もう一度、きちんと謝罪して、初めから彼女との関係を築きなおしたい……)


 幸い、婚約関係はまだ維持されていた。

 今回フィリップに命じたのは調査のみだ。

 最初こそ王女から押しつけられた婚約に腹を立てたものの、ジゼルの言動は聖女としての理念で一貫しており、その実力も確かなものだった。

 婚約への異議申し立ては、調査が終わって改めて考えればいいとそこまでは命じなかった。


(こんな打算的な行動、ジゼル嬢に嫌われてしまうだろうか……)


 だが、爵位に差もあり、一度婚約を解消してしまえば、ジゼルと改めて婚約を結ぶことは難しくなる。


 毎日をジゼルと過ごすうちに、自分の隣に立つのは彼女以外考えられなくなってしまっていた。


 それに、報告書には気になる記載もあった。

 ジゼルを手放した王女はその美貌に陰りを見せ、最近ではジゼルの代わりに取り立てた彼女の異母妹を毎日叱責しているらしい。

 再びジゼルを戻すと言い出すのも時間の問題かもしれない。

 その時、この婚約は彼女を守る楯になるだろう。


(たとえ王女殿下に返せと言われても、彼女を手放すつもりはない)


 何を言われても、公爵家の総力を挙げて彼女を守るつもりだ。


(だが、果たしてジゼル嬢は受け入れてくれるだろうか……)


 できるだけ一緒にいる時間を増やすようにしてはいるが、彼女からは今のところ仕事としての関係としか思われていないようだ。


(なんとかして、ジゼル嬢の気持ちを私に傾けてみせる)


 まずは、婚約者として意識してもらうところだろうか。

 この婚約を確固たるものとして何も問題がないとわかった今、親しくなりすぎないよう気をつけて振る舞う必要もない。


(心のままに、彼女に言葉を伝えることもできるのだな)


 遠慮がちで自信のない彼女に、どうやったら自身が心から惹かれているとわかってもらえるだろうか。

 難しいが、同時にとても楽しくなりそうだと、笑みを浮かべた。

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