14話 平凡聖女は骸骨公爵と共同開発を行う
話を聞くと、まずは公爵様だけで化粧水を作ろうとしていたらしい。
「公爵様がご自分で作ってみられるおつもりだったんですか?」
「そういった分野の専門家はこの領にはいないからな。他から招くことも考えたが、そういった知識がある者は既にどこかの領のおかかえか、国が研究施設に囲っている。簡単には引き抜けない。だったら自分でやってみた方が早いだろう」
なるほどと思っていると、リストを渡される。
「こちらは?」
「公爵領で育てている花々のリストだ。ここから使う草花を選ぼうと思っている」
「公爵様の方でご検討されている花やハーブはあるのですか?」
「侍女達にも話を聞いたが、好みが分かれて困ってしまったんだ。一応、貴婦人達にも人気が高く、この領で一番出荷高も多い薔薇の花をメインにしようと思っているのだが、ジゼル嬢はどう思う?」
「私も薔薇に賛成です。もともと廃棄になる花の再利用ということでしたし……。公爵領のオリジナリティを出されたいということでしたら、このリストにある花々や、ハーブなど他の香りと組み合わせたらよろしいかと思います」
「組み合わせか……」
「薬草クッキーを作る際に、いくつかの薬草を組み合わせて作ったので、できないことはないかと」
「流石だな。ジゼル嬢に声をかけて本当によかった」
どうやら公爵様は、薔薇だけでは公爵領産の物としてオリジナリティが足りないと考えておられたようだ。
(そんなに感心されると、照れてしまうわ)
できるだけ平常心を心がけ、私は公爵様に言う。
「ではまず、試しに、薔薇の花の抽出液を作ってみませんか?」
「そんなに簡単にできるのか?」
驚く公爵様に、私は頷く。
「薬草クッキーなどを作るときに、薬草からエキスを抽出する方法も調べたのです。その時の方法が使えるかもしれません」
「なんと――! 早速必要なものを準備させよう!」
「あまりご期待されても、失敗する可能性もありますので……」
「その時は、どうしたらいいのか二人で考えればいい」
「そうですね!」
公爵様の『二人で』という言葉に胸がじんとする。
(失敗が許されなかったあの頃とはもう違うのね……)
一緒に考えてくれようとする公爵様が嬉しくて、私は張り切って必要な道具を挙げていった。
調理場は料理人さん達の迷惑になってしまうからと、離れの台所で試作を行うことにした。
本来ならきちんとした蒸留器を購入して行う方がいいのだが、注文したものはまだ届いていないそうだ。
まずは試してみたいからと、公爵様のお屋敷の中で準備できる物で代用することにした。
用意したのは底の深い鍋と金属の蓋、香りのついた水を受け溜める器だ。
氷も必要なのだが、今回はそこまで量が必要ないため、お屋敷の調理場に常備されているものをもらってきた。
「氷を作る魔道具をお持ちだなんて、流石ですね」
「料理にも必要だが、私がよく熱を出していたからな。氷魔術は使い手も少ないからと、備えていたんだ。だが、このような氷をどう使うのだ?」
「ご説明しますね」
鍋の中央に香油を受け止める器を置き、その周りに香りを集めたい植物を敷き詰める。
そうしたら、鍋の中央の器に入らないように気を付けながら水を注ぐ。
この水も、一度水だけで沸騰させ、蒸気を集めたきれいなものだ。
そして鍋の取っ手が下向きになるように蓋をして、その上に氷を乗せて火にかけると、蒸気に混じった香りが鍋の蓋越しに氷で冷やされて、お皿に溜まるという仕組みだ。
「なるほど。よく考えられているな」
「専門の蒸留器を使えば氷は不要のようですが……」
「今回は試作だからな。売り出すときはまた考える」
公爵様の言葉に頷きつつ、薔薇の花を手に取った。
今回使うのは、お屋敷の庭で育てている薔薇の花だ。
「では、まずは薔薇の花びらを取って水洗いをいたしましょう」
棘は庭師さんが処理してくれているため、怪我をする心配は無い。
「何もしなくても香りがいいですね」
「そうだな。……この花びらを、鍋に敷いていくのだったな」
「はい。均等にならすようにお願いします」
それぞれ集めた花びらを鍋に敷き詰めていく。
「あと一本分くらいだろうか」
「それ以上は、お皿の方にあふれてしまいそうですね。最後は私がいたします」
「いや、これくらい、私が――」
「いいえ、公爵様のお手を煩わせるわけには――」
そんなことを言い合いながら薔薇の花に手を伸ばしたからだろう。
公爵様と手が触れてしまい、慌てて手を引っ込めようと体ごと一歩下がる。
それがいけなかった。
背中が何かにぶつかった感覚と、ガタンという音が響く。
「危ないっ」
背後の棚にぶつかり、上から物が落ちてしまったようだ。
床の上に、棚に積まれていた何も入っていない籠がいくつか転がっている。
私は公爵様に抱き込まれるようにして庇われていた。
「も、申し訳ありませんっ――」
「いや、私の方こそ驚かせてしまったな。怪我はないか?」
「公爵様のおかげで大丈夫のようです……」
「よかった」
見上げると、安心したように微笑みかけられる。
(どっ、どうしてこんなに近くに……!?)
間近にある、心配そうに私を見つめる紫色の瞳に動揺し、息を呑む。
一拍遅れて自分が公爵様の腕の中に庇われているということに思い至り、途端に顔に熱が集まった。
幸い公爵様はそんな私の様子に気がついていないのか何も言われない。
「こ、公爵様は、お怪我はなさっていないですか……?」
「私も怪我はないようだ」
「でしたら、あの、片付けないと……」
幸い薔薇の花びらを敷き詰めた鍋の方は無事のようだが、床には籠が転がったままだ。
「そうだな。手を離すが、籠に足を取られないようにな」
「さ、流石にそこまでそそっかしくはありません」
「そうか?」
小さく笑うと、公爵様は離してくれた。
籠を拾い集め、テーブルの端に置かせてもらう。
「こちらは別の場所に保管するよう言っておこう。鍋の方は無事か?」
「大丈夫みたいです」
「氷も残っているな」
鍋に火をかけると、既に薔薇の匂いが香っている調理場がさらに芳醇な匂いで包まれる。
空炊きにならないよう時々鍋の中の様子を見つつ、ある程度雫が溜まったところで火を止めて受け皿を火傷しないように取り出した。
「できたようですね。まずは公爵様が、お確かめください」
既に芳香はしているが、皿を近づけてみないと部屋に満ちる香りとあいまって、匂いが混じってしまっている。
公爵様は皿に溜まった雫の香りをそっと確かめると、驚いたように私を見た。
「なんといい香りだ……! 私は、これは成功でいいと思う。ジゼル嬢も香ってみてくれ」
小皿を渡されると、部屋の中よりも一段芳醇で、芳しい香りがする。
「……! これは、私も成功でいいと思います」
小皿を置くと、公爵様は感動した面持ちで私を見つめていた。
「公爵様?」
「ここまで来られたのは、ジゼル嬢のおかげだ。本当に、感謝する」
「い、いえ。私は何も……」
「何を言う! ジゼル嬢がいなければ、ここまでスムーズにできなかっただろう。これは本当にすごいことだぞ!」
興奮する公爵様の様子に、私も嬉しくなる。
「早速、他の植物でも試してみたいところだな」
公爵様のご要望に沿って、私達はそれからしばらく、色々な草花を薔薇と織り交ぜ、香りを取り出す作業に追われた。




