11話 平凡聖女は骸骨公爵の視察に同行する
あっという間に、視察に行く日になった。
ミラさんに準備を手伝ってもらい、いつもよりも動きやすい服を選んでもらう。
「準備はできたか?」
「はい! 今日はよろしくお願いします」
公爵様が迎えに来てくれて、共に馬車に乗り込んだ。
「いつもどのくらいの頻度で視察を行われていたのですか?」
馬車の中で尋ねると、公爵様は少し考えて口を開く。
「管財人がいた頃は彼らに任せていたが、それでも年に一度くらいは、自分の目で見て回っていた。だが発作があるので、あまり遠くには行けず、馬車で近くの町や畑を見て終わるくらいがせいぜいだった」
「では、今日行く町には……?」
「馬車からは何度か見たことがあるが、自分の足で下りるのは五年ぶりになるだろうか。こうして動き回れるようになったのも、ジゼル嬢のおかげだ。感謝する」
「お礼を言われるようなことではありません。私こそ、こうして公爵様に取り立てていただいて、感謝しています」
そんな話をしている間に町へと着いた。
折角だから、歩きながら町の様子を見たいという公爵様にあわせ、町の入り口で馬車を降りる。
町の人達は皆前向いて明るい表情をしており、この町が暮らしやすいのだろうと伝わってくる。
この領地では花が特産ということもあってか、窓辺や家の周りに置いたプランターで花を育てている家も多い。
(公爵様は、いい領主様をなさっているのね……)
そんなことを考えながら歩いている間に、気がつけば、町の中央街まで出ていた。
「この辺りは屋敷に仕える者もよく買い物に来るらしい」
「確かにたくさんのお店があって、色々な物が売っていますね」
肉や野菜などの食品だけではなく、雑貨や靴、洋服など、それぞれの店の看板が並んでいる。
どこも繁盛しているようだ。
公爵様は人が途切れたところを見計らって店主に話しかけ、困ったことはないかなど尋ねている。
尋ねられた方は、最初は貴族に話しかけられたと恐縮した様子だったが、公爵様だとわかると途端に笑顔を見せていた。
(きっとご病気を抱えながらも、公爵様がこの領地のことを大切にしてこられたから、こんなにも慕われていらっしゃるのね)
公爵様自身が気さくだということもあるだろう。
だがそれだけでは、ここまですぐに領民達が心を開いてくれることはないはずだ。
そうしている間に、どうやら公爵様が来ていると町の人に広まってしまったようで、沢山の人に囲まれてしまった。
公爵様はそんな彼らにも声をかけている。
「皆。こうして来てくれて感謝する。今日は視察として、この町で困っていることなどがないか聞きに来た。皆の意見を聞かせてほしい」
「問題ありません!」
「領主様のおかげで毎日楽しく暮らせております!」
口々に問題ないという声が上がるなか、公爵様の問いに答えた男に対して群衆の中からヤジが飛ぶ。
「靴屋のトムは酒さえ飲めれば、どこだって楽園だろ」
「違いねぇ」
どっと笑いが起き、靴屋のトムと言われた男は顔を赤くしている。
「飲み過ぎは体に毒になると聞いている。健康は宝だ。酒をたしなむのも程々にな」
「か、かしこまりました」
公爵様がそんなやり取りをしているところで、トムの近くにいた人が公爵様に話しかける。
「公爵様も、もうお体はよろしいのですか? ずっとご体調を崩されていると聞き、我々も心配していました」
頷く領民達に対し、公爵様は私を見る。
「そのことだが、皆に紹介しよう。聖女のジゼル嬢だ。彼女のおかげで、私はここまで元気になることができたんだ。彼女には私から頼んで公爵家に滞在してくれるよう頼んでいる。今後、この町に来ることもあるだろう。その時は、私に対して接するように、彼女にも接してほしい」
驚きの声が上がる中、赤ん坊を抱えた女性が前に飛び出してくる。
「聖女様が、いらっしゃる……! 領主様! どうかお助けください。赤ちゃんの熱が、ずっと下がらないのです。教会に行きましたが、もらったお薬も吐いてしまって……。このままでは死んでしまいます……。どうか聖女様、お助けください」
顔を真っ赤にして息をする赤ん坊を抱きしめながら、女性は頭を下げ続けている。
公爵様が頷いてくれたのを見て、女性の側へ膝をつく。
赤ん坊はぐったりしているだけで、泣く元気もなさそうだ。
「大丈夫です。すぐに、回復魔術をおかけします」
母親に抱きかかえられた赤ん坊に手をかざし魔術を発動させると、手からあふれた光が赤ん坊を照らし息が健やかに変わっていく。
するとその様子を見ていた者達からもどよめきが上がった。
「すごい……!」
「あれが、聖女様のお力か……!」
「あ! 赤ん坊が泣き出したぞ!」
母親は赤ん坊の様子しか目に入っていないようだ。
魔術を維持していると、赤ん坊に次第に顔色が戻り、そして目を開けると、私を見て弱々しい声で泣き出した。
その様子にもう大丈夫だと、魔術を止める。
「これで、大丈夫です」
「ありがとうございます、本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」
「熱の方は下がりましたが、きっとお腹が減っているはずです。お母さんのお乳はでていますか?」
「はいっ!」
「なら、家に帰ってすぐにお乳をあげてください。あと、お母さんまで倒れないように、どうかきちんと食事を召し上がってくださいね」
頭を下げながら、母親は赤ん坊と共に帰って行く。
その後を見送っていると、今度は杖をついたまだ三十代くらいの男性が出てくる。
「あの、申し訳ないですが私も看ていただけませんか。教会に行ったのですが、これ以上は治せないと言われたのです。もうこうなって三年になります。治るかどうかだけでも、どうか……」
頭を下げる男性に、公爵様を振り返る。
「公爵様、ここで皆を看ても、よろしいですか?」
「ジゼル嬢が無理をしないなら構わない」
「ありがとうございます!」
そうして、男性の方に向き直る。
「古傷では治せるかわかりませんが、看てみましょう。あと、もし他に回復魔術が必要な方は、順番に看ますので並んでいただけますか」
声をかけると、十人以上の人が列を作る。
護衛の騎士達が人の整理を手伝ってくれて、順番に話を聞きつつ回復魔術をかけていった。
「これで終わりです。今まで大変でしたね」
「すごい! 手のしびれが消えた! 動かしても痛くない! あんたは本当にすごい! さすが公爵様の聖女様だ!」
並んでいた最後の人に魔術をかけると、男性が感激した様子で、握手をしようと手を差し出す。
しかし、その手を取る前に、側にいた公爵様が立ち塞がるかのようにさっと前に出る。
「怪我が治って何よりだが、握手は控えてもらおうか」
「し、失礼いたしました!」
「わかってもらえたなら問題ない。ジゼル嬢は素晴らしい聖女だが、年若い令嬢でもある。節度を持って接してほしい」
青くなって一歩下がった男性は、コクコクと頷いている。
握手だけでそこまで言われるほどだろうかと思いつつ、周囲を見回すと、皆なぜか微笑ましい眼差しで公爵様を見ている。
「さて、回復魔術を希望の者はもういないようだ。私達もそろそろ屋敷に戻ろう」
「視察はもう終わりでよろしいのですか?」
「ああ。民の暮らしも見られたし、予定時刻を少々過ぎている」
「あっ、申し訳ありません」
「問題ない。ジゼル嬢も回復魔術を希望する者を残して、戻りたいとは言わないだろう?」
「そうですね。その時は、私だけ残らせていただいたと思います」
「だから声をかけなかったんだ。さぁ、行こうか」
エスコートのために手を差し出され、その手を取る。
「公爵様、聖女様。ありがとうございました」
「どうか今度は、公爵様と遊びにいらしてください」
笑顔で皆に見送られ、町を後にした。




