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mosquito-X (モスキート エックス)  作者: 八雲 海


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5/11

第五話 「装置《そうち》」

新宿駅に着いたのは午後十一時過ぎだった。

 人の波が引き始めた時間帯だった。それでも構内こうないには帰宅途中のサラリーマン、旅行客、酔客すいきゃくが行き交っていた。

 奈央と真は改札かいさつを抜け、南口みなみぐちのコンコースに立った。

 「どこから見ますか」

 「人の流れが最も集中する場所」真は構内を見回した。「柱の根元、ベンチの下、ゴミ箱の裏——低い場所を見てください。mosquito-Xの射程は上向きより水平すいへいの方が効率がいい」

 二人は別れた。

 奈央は自然を装いながら歩いた。キャリーバッグを引く旅行客のふりをした。

 柱の根元を見た。何もない。

 ベンチの下を見た。ガムのカスと小銭が一枚。

 ゴミ箱の裏に回った。何もなかった。

 もう一度回った。やはり何もなかった。

 三十分が過ぎた。

  ——南口は何もありませんでした。東口に移ります。

 奈央も移動した。

 東口のコンコースを歩き回った。ベンチの下、柱の陰、案内板あんないばんの裏——一つずつ確認した。

 二十分が過ぎた。

 見つからなかった。

 奈央は立ち止まった。

 考えた。

 清掃員が毎日巡回じゅんかいする。保守点検ほしゅてんけんの作業員も入る。磁石で貼りつけただけの異物いぶつがあれば、遅かれ早かれ誰かが気づく。

 つまり——目立たない形をしているはずだ。

 奈央はもう一度東口のコンコースを見渡した。

 目線を変えた。

 異物を探すのではなく、駅の設備に溶け込んでいるものを探す。

 柱に貼りついた配線カバー《はいせんカバー》。灰色のプラスチック製だった。よく見ると——一か所だけ、微妙びみょうに色が違うものがあった。

 奈央はゆっくり近づいた。

 しゃがんで見た。

 配線カバーに偽装ぎそうした黒い装置だった。駅の設備と同じ灰色に塗装とそうされていた。知らなければ絶対に気づかない。清掃員も保守員も素通りするはずだった。

 真にメッセージを送った。

  ——東口の柱。配線カバーに偽装されています。

 一分で真が来た。しゃがんで装置を見た。ポケットから小型カメラを取り出し、無言で撮影した。

 「精巧せいこうですね」真は静かに言った。「駅の設備に合わせて塗装してある。設置した人間はプロです」

 「触りますか」

 「触らない。今は記録だけでいい。他の口も確認します」

 

 西口にしぐち非常口ひじょうぐちわきに一つ。

 北口きたぐちのゴミ箱の底面に一つ。

 いずれも駅の設備に溶け込むように偽装されていた。

 新宿駅だけで三つ見つかった。もしかしたらまだあるかもしれなかった。

 

 構内を出て、近くの路地ろじに入った。

 真は地図アプリに記録を入力した。奈央は手が震えていた。

 「三つもあった」

 「新宿だけで三つ。しかも全部、駅の設備に偽装されている。これは一人や二人でやった仕事じゃない」

 「組織的に設置した」

 「しかも相当前から計画していた。塗装まで合わせるなら、駅の設備図面せつびずめんが必要です。内部に協力者きょうりょくしゃがいる可能性がある」

 奈央は路地の壁に手をついた。

 夜風が吹いた。どこからか蚊の羽音はおとが聞こえた気がした。気のせいかもしれなかった。

 「相原さん、無能化装置の開発はどこまで進んでいますか」

 「設計は終わっています。ただし電子回路でんしかいろの組み立ては私一人では限界があります。知人の技術者に頼んでいます。部品ぶひんが揃えば一週間で作れると言っています」

 「一週間」

 「その間に先生にお願いがあります」

 奈央は顔を上げた。

 「mosquito-Xに刺された人間の血液サンプルが欲しい。生存者がいれば——」

 「います」奈央はすぐに答えた。「一人だけ。原因不明の症状で入院中の患者が。まだ死んでいない」

 真は初めて表情が緩んだ。

 「それは大きい」

 「採血さいけつして分析すれば——」

 「mosquito-Xが注入した物質が分かる。何を体内に入れているのかが分かれば、医療的な対抗手段たいこうしゅだんも見えてくる。ただし分析は知人の研究者に頼む必要があります。私の専門外です」

 奈央は頷いた。

 二人は路地を出た。大通りに戻ると人の流れに混ざった。

 その時だった。

 奈央のスマートフォンが鳴った。病院からだった。

 「はい、高瀬です」

 師長の声が緊張していた。

 「先生、大変です。入院中の——原因不明の患者さんが——」

 奈央は立ち止まった。

 「どうしました」

 「一時間前から容態ようだいが急変しています。先生に連絡するよう言われていたんですが、電話が——」

 奈央はすでに走り出していた。

 「今すぐ行きます」

 真も走った。

 二人は夜の新宿を駆けた。

 生存者が死ぬ前に辿り着かなければならなかった。


第五話 了


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