クリスマスの彼女役?
(⋯⋯今、こいつ彼女がどうとか言ったか?)
先程夏希が発した言葉の意味を考える。彼女、という言葉は別に恋人という意味以外にも様々な意味合いが含まれるのだ。いや、しかし先程の流れでは、明らかにそういう意味でしか伝わらないが⋯⋯
(⋯⋯よし!聞かなかった事にするか!)
しばらく脳を動かして導き出した結論は、あまりにも逃げ腰の思考。雑魚過ぎて泣きたくなるな。
「あ、呼び方も変えた方がいいかな?」
逃げられなかった。なんで呼び方変える必要があるんですか?
「待て、お前正気か?落ちたもんでも食ったんじゃ⋯⋯」
どうやら本気で、俺の彼女役を買って出てくれているらしい。一体何が夏希を動かしているのか、それが分からない。
「わ、脇阪くんが言ったんでしょ!?彼女役してくれって!」
「はぁ?そんな事言って⋯⋯あ、」
過去の会話を振り返ってみると、確かにそんな事を言った気がする。
「そんな軽いノリで言ったの!?私結構悩んだのに!?」
「えぇ⋯⋯それは、真に受けるとは思わなかったというか⋯⋯」
正直言うと、言った事を忘れるくらいには、冗談が半分以上を占めていた。まさかそこまで真剣に受け止めるなんて思わなかったのだ。
「というか、頼まれたらやるとか、軽すぎないか?」
まさか頼まれたら、誰とでもこのような事をするのではないか?心配だな。
「い、いつもお世話になってるから、これくらいは⋯⋯」
ああ、日頃の感謝も込めて、という事か。それなら少しは納得出来るな。⋯⋯いや出来るか?怪しいな。
「そ、それに、色々と練習になるかもしれないしね!」
その後の夏希の、練習という言葉に引っかかりを感じた。⋯⋯ほう?つまり今から始まる彼女ごっこは、所詮本番のための予行演習という扱いなのか。それはそれでなんとも不服だな?
「んじゃ呼び方は変えてもらうか。夏希は俺の事、なんて呼べそうだ?」
だがまぁ、俺としてもこんな美人な彼女が一日だけでも出来るなら、役得という物ではあるだろう。
「あ、当たり前みたいに名前で呼ぶんだね⋯⋯」
確かにそうだな、普段の自分ならもう少し渋ったかもしれないが、練習だと言われてしまえば、軽々しく呼ぶ事も出来るというものだ。
「えっと⋯⋯ゆ、ゆうくんが一番言いなれてるかも」
「ゆうくん」か。昔はそう呼ばれていたので、確かに言いやすいだろうな。
「ならそれで通してみよう。夏希さんの『練習』もかねてな」
「⋯⋯何か、怒ってる?」
⋯⋯怒ってる?そんなつもりはないけどな。自分でも分からないが、当て馬にされてる感じに腹が立ったのだろうか。
「別に怒る要素ないだろ。メリークリスマス、夏希」
「あ、うん。メリークリスマス」
誤魔化しも兼ねて、グラスに注いだグレープジュースで乾杯する。大人はワインでも飲むのだろうが、未成年は気分だけ味わえば良いだろう。
「んじゃ、食べてみるか」
彼女(仮)が作った料理の手を付けてみる。と言っても、作った工程も、味付けも俺が指示しているのでそこまでの差は無いはずだ。
(⋯⋯なんかいつもより美味いな)
だというのに、実際に食べてみた所、普段食べている料理よりも少しだけ美味く感じるのは、作った人間が違うからなのだろう。
「ど、どうかな?」
「俺が作るよりも美味いと思う」
「そんなわけないでしょ⋯⋯嘘は駄目だよ?」
いや、嘘なんて吐いてるつもりないんだけどな。
「あ、でも本当に美味しい⋯⋯ちょっとローストビーフ硬いけど」
「そこは要練習ってとこだな。他のも美味く出来てるぞ。食べてみろよ」
食べる前は半信半疑、というような表情だったが、いざ自分で食してみると、味はしっかり気に入ったようだった。
「美味しく出来たの、ゆうくんのおかげだね。いつもありがと」
「そりゃどうも。また作ってくれ」
「同じ物で良いなら作るよ?」
また俺が教えるのか?駄目ではないんだが。
「少しは自分で考えて作れよ」
「それじゃ、ゆうくんの好きな味にならないよ?」
夏希はそう言うが、作ってくれるだけでも嬉しいもんだけどな。
「俺が、夏希はどんな味が好きか知りたいんだよ。駄目か?」
「わ、分かった。じゃあ今度作ってみる」
どうやら少しは自分でも作ってみる気になってくれたようだ。俺に教わるのも良いが、自分で調べるのも、料理が上手くなる要素になるだろう。
「それで?実際の所彼女役って何してくれるんだ?」
食事も一通り落ち着いた所で、何気なしに聞いてみる。これではただ呼び方が変わっただけだ。
「さぁ⋯⋯なった事ないし分かんない」
分からない、か。まぁこういう事に慣れていると言われても少し気まずいがな。
「少女漫画とかではどうなんだ?恋愛物ってよくあるだろ」
「⋯⋯少女漫画って、案外過激なのが多いんだよね」
それはよく聞く気がする。少年漫画よりも色々と進んでいるらしいな。深くは知りたくないが。
「き、キス、とか?」
「それは、駄目だろ色々と」
というか、じゃあ俺が「キスしてみるか?」と言ったらどうするつもりだよ。
「そ、そうだよね。ごめん。変な事言って」
考えなし、というわけでもないんだろうが、もう少し考えてから言葉を発して欲しいものだ。
「⋯⋯じゃあこういうのは?」
夏希が手元のスプーンで具材をよそい、俺の目の前につきだしてきた。
「⋯⋯彼女っぽいこと、してみるね。どうかな?」
目の前のスプーンには、海老とアヒージョのオイルが乗っている。これは、所謂「あーん」というやつだ。バカップルがやるやつだ。
(いや、これは流石に⋯⋯)
遠慮しようと口を開こうとするが、顔を赤くしながらも、彼女役をしっかりと務めようとしてくれている夏希の姿が目に移る。⋯⋯拒否するのも、それはそれで彼女を傷つけてしまう気がする。
「⋯⋯あ」
ならば俺も黙ってこの状況を受け入れよう。目を瞑って口を開くと、しばらくしてから口の中にスプーンが押し込まれる。入ってきたアヒージョを、咀嚼し、飲み込む。
「ど、どうかな?」
「⋯⋯味がしない」
感想としては、幸福感よりも緊張が勝って味がしなかった。
「えぇ⋯⋯私頑張ったのに」
⋯⋯俺だって頑張ったわ!俺の気持ちが分からんのは自分でやってないからだろ!
「そんな事いうならお前もやってみろ!味分かった方が勝ちな!」
「わ、私は良いよ!食べさせてあげるだけでいいから!」
「うるせぇ!今日は俺の言うこと何でも聞いてくれるんじゃないのか!?」
「そんな事言ってないから!か、彼女ってだけだよ!?」
「じゃあ今日だけの彼女さんにお願いするわ!ほら口開けろ!」
我ながら、馬鹿な事をしていると分かっているが、もはや止まらない。色々と諦めがついた夏希の口にスプーンを突っ込む。
「どうだ?味分かるか?」
「⋯⋯お、美味しいよ?」
「じゃあ何食べたか分かるか?」
「そ、それはズルだよ!具材が一杯で何か分かんないよ!」
「いや分かるだろ」
「じゃ、じゃあゆうくん食べさせてあげるから、ちゃんと当ててみてよ!」
――こんなやり取りを、いつか笑い話に出来る日が来るのか。
それとも、思い出したくない日になるのか分からない。だが、少なくとも今は、そんな事どうでもいいくらいには、可笑しくも楽しかった。




