ある日のための料理教室
「お邪魔します」
翌日の放課後。いつもより早い時間帯に、夏希が家庭科室に入ってくる。
「早いな。部活はどうしたんだ?」
「お休みもらってきた。早めに来いって言ったのは脇阪くんでしょ?」
軽く息を整えながら、夏希が肩にかけていた鞄を机の上に置く。
「そうか、やる気があるのは良いことだな」
「教えて貰う側なんだから、これくらいはね」
普段は大半の生徒が下校してから家庭科室に夏希がきているので、グラウンドからの視線が少し気になる。さりげなくカーテンを閉めておく事にする。
「そういや、なんで手料理作る事になったんだ?」
今のご時世、コンビニで焼きたてのピザまで買えるのだ。わざわざ手料理に拘る必要もないだろう。
「確かにそうなんだけど⋯⋯やっぱり、料理出来てた方がしっかりしてるように見えるから」
少し言い淀みながらも、夏希が答える。⋯⋯ふむ、確かにそれはそうだろう。相手は家庭的な部分に魅力を感じるタイプなのか。
「そう思うなら、急ごしらえじゃなくて普段からも料理するべきかもな」
「⋯⋯おっしゃる通りです」
料理は毎日の積み重ねで、誰でもある程度までは出来るようになるのだ。夏希もその事は分かっているだろう。
「俺で良かったら、これからも教えてやるよ」
だから、提案だけはしておく。夏希も部活動で忙しいだろうが、たまにこういう時間を取れるなら、不可能じゃないだろう。
「ありがと。でもそんな事したら、ご飯の味落ちちゃうよ?」
「問題ないだろ。俺が見ながら作るんだし」
それにどうやって作るか分からない時は、レシピ通りにしか作らない事もあるしな。そうなれば、出来る物なんて人によって変化なんてしない。
「それに、誰が作ったのかで、味は決まるもんだろ」
なのに何故味が違うように感じるのか、盛り付け、素材の違い。誰が作ったかでも味は変わると思っている。
「脇阪くんって、誰が作ったかなんて気にしそうにないけど」
「そんな事ないけどな。誰かさんは料理に愛情込めてくれてるらしいし。以前食べたパンケーキは美味く感じたな」
その言葉に、夏希の体がピタリ、と止まる。
「あ、あれは言葉の綾というか、琴音に聞かれたからというか⋯⋯!」
夏希が顔を赤くしながら忙しなく手を動かしている。相変わらず表情豊かで面白いな。
「そろそろ始めるか、ローストビーフは案外時間がかかるからな」
「⋯⋯じゃあからかわないでよ。馬鹿⋯⋯」
馬鹿とは失礼だな。成績だけ見ればお前よりは賢い自信があるぞ。からかった事は否定しないけど。
「それじゃ、作る料理を考えてきたから発表します」
「お、お願いします!」
一旦話を切り、真面目な雰囲気を出してみる。といってもそこまで大層な事をする気はないんだが。
「まずローストビーフ。これは前田さんの希望なので作る。後は簡単なオニオンスープと⋯⋯簡単で気分が上がる物の代表として、アヒージョを作ろうと思う」
「⋯⋯聞いてるだけだと、全部難しそう」
確かに。聞いているだけだと難しく感じる物の代表例みたいなラインナップだ。
「やってみたら分かる。じゃあまずはお湯を沸かしてくれ」
「は、はい!」
「その間にフォーク刺して肉の繊維を切ろう。ある程度柔らかくなる」
ここで舞茸や玉ねぎを入れて柔らかくしても良いんだが、今回は省略する。あまり手が込んでもややこしいからな。
「沸いたお湯に対して、三分の一くらいの水を入れて、そのお湯を炊飯器に入れます」
「入れました!」
「んじゃポリ袋の中に牛肉とオリーブオイル入れて、炊飯器の中に入れたら保温ボタン押してしばらく放置」
この厚みなら四十分くらいだろう。タイマーだけセットしておく。
「えっと⋯⋯後は?」
「ない。火が入った肉を焼いたら完成」
火がちゃんと入っているかの確認はいるだろうが、ローストビーフなんてこんなもんだ。
「どうだ?思ったより簡単だろ?」
「調べたら色んな作り方があったんだけど、後焼きはあんまり出てこなかった気がする」
まぁそうだろう。どちらかといえば、焼いてから炊飯器で火入れする方が一般的だ。
「どっちでもほとんど一緒なんだけど、後焼きの方が香ばしさが出る気がするから、俺はこっちで作るな」
後は目の前で焼きが入るという工程が、イベント事っぽくて好きだったりする。
「さて、暇なようで暇じゃないぞ?次はアヒージョだな」
火入れをしている時間にやる事はあるのだ。時間を有効活用した方が良い。
「アヒージョ⋯⋯頑張る」
「よし、じゃあ頑張れ」
気合いの入っている夏希に、アヒージョの作り方を教える。ニンニクを半分に切り芽を取り出し、小さめのフライパンにオリーブオイルとニンニクを入れ、弱火で好みの具材を火の入りにくい順に入れていく。唐辛子は好みだ。
「後は火が入るまで待つだけ」
弱火で煮込まれているので、油が跳ねてしまうような事もない。夏希の表情を横目で見る。
「⋯⋯⋯」
うん、なんとなく言いたい事は分かる。さっきから料理というにはあまりにも工程が少ないのだ。
「んじゃ、次はスープな」
アヒージョの火入れを二人で確認しながら、スープも作っていく。くし切りにした玉ねぎを飴色になるまで炒め、水と顆粒コンソメを入れればほぼ完成だ。
「味は塩コショウで好みに調整だな」
「なんか、一番料理らしい事してる気がする」
それは俺も思った。一番簡単そうに見えたオニオンスープが一番調理工程がある。
「後は火入れが終わったローストビーフを焼いて終わりだな。簡単だったろ?」
「⋯⋯なんか、思ったよりは」
正直、拍子抜けな所もあったのだろう。ですが、これが現実なんだよ夏希さん。
「まぁ他にクリスマスだったら、ピザとか、ビーフシチューとかも思いつくけど。ここらへんは結構難しいぞ?」
具を載せるだけでなく、生地から作るピザは面白みはあるが、どう考えても買った方が楽だ。ビーフシチューもデミグラスソース缶から作るならかなり手間がかかる。
「そうだよね。簡単なの選んでくれたんだ」
「簡単で、美味い物を選んだつもりだ」
それと、料理上手に見える物をチョイスした。同い年の男子に振る舞うのだとしたら、これを彼女が作ってくれたと分かっただけで感動物だろう。
「じゃあ、来年はもっと手の込んだの作れるようになって、私が作るね」
だというのに、夏希さんはこれ以上を目指すつもりらしい。⋯⋯作ってもらえるのは嬉しい事だが。
(⋯⋯来年もやるつもりなのか?これ)
果たして来年行われるクリスマスは、今回のような擬似クリスマスなのか、クリスマス当日なのか、それが分かるのは一体いつになることになるのだろうか。




