early christmas
「お皿置いとくね。洗い物はある?」
「助かる。でも今の所は洗い物はないな」
夏希と話しながらも食事の準備を済ませていく。秋刀魚の刺身に焼き秋刀魚、秋刀魚のつみれ汁と、秋刀魚づくしである。
「なんか、御膳料理みたい」
「良い言い方すれば、そうかもな」
夏希のフォローはありがたいが、今回は完全な買いすぎだし、やりすぎなラインナップだ。さらにここに焼け焦げた分もあるのだから笑えない。
(ふむ、米に混ぜ込むか)
焦げてしまった秋刀魚については、焦げた皮だけを剥がし、炊き上げたご飯に混ぜ込む事にした。
最初から入れた方が味は米に伝わりやすいが、後入れの利点は秋刀魚そのものの味がぼやけにくい所にある。一長一短だ。
「へぇ⋯⋯周りわざと焦がしたの?」
「いや、ただの失敗だな」
急ぎ目に針生姜を刻み、混ぜご飯の上に散らす。これなら失敗したようには見えないだろう。
「そうなんだ。結構難しいんだね」
「いや、単純に考え事してて焦がしただけだな」
炭を落ち着かせるのは少々手間だが、焼く作業そのものはそこまで難しいものではないだろう。
夏希はそんな俺の返答を聞いて、何故か不思議と嬉しそうに見えた。
「なんだよ、俺の失敗がそんなに面白いのか?」
「なんか、嬉しいかな。脇阪くんでもそういう事あるんだって」
親近感が湧くかな、なんて言って夏希が笑っている。まぁ、笑ってもらえるだけありがたいか。
「考え事ってどんな考え事してたの?」
⋯⋯そこは聞いて欲しくないんだが。
「⋯⋯秘密だ」
「お前の事考えてた」なんて言えるわけがないのだから。
「そっか、分かった」
夏希はそれだけ言って、近くにあったまな板を洗い始める。深く追求してこない彼女に対して安心感を感じた。
(⋯⋯こういう感情を持つのは、ありなのか?)
問題は、ない気もする。これは恋愛感情というわけでもない筈だ。母親といる時にも、同じような感情を抱く時はある。⋯⋯家族と同じ距離ってことか?それはそれでやはり距離感が近すぎる気もする。
「また考え事してる?」
「⋯⋯色々悩み事があるんだよ」
「そっか、解決すると良いね」
どの口が言うか。大体お前の事なんだけど?
(⋯⋯無駄に気にしすぎだろ。聞いた方が早いだろこれ)
実は、俺の今の悩みを解決する方法なんて簡単なのだ。目の前にいる相手に「クリスマスに予定はあるか?」と聞くだけ、予定があると答えるだろうから、「誰となんだ?」と聞けば全て解決なのだ。
もしかしたら言葉を濁すかもしれないが、それならそれではっきりするだろう。
「んじゃ、食うか」
「結局、失敗した料理があるようには見えなくなるね⋯⋯」
「誤魔化しのプロと呼んでくれ」
だが、未だにそれが出来ていない。夏希には何も聞けず、いつも通り食卓を囲むだけ。
「すご⋯⋯全部美味しい⋯⋯」
「今年は豊漁だったからな。良いやつも安く出回ってたんだよ」
「お刺身では始めて食べたけど、こんなに美味しいんだね」
「鮮度良けりゃ、魚なんて刺身が一番美味いんだ」
「それは言い過ぎだと思うけど⋯⋯全部同じくらい美味しいって」
夏希と共に食卓を囲んでいる。彼女に想い人がいようがいまいが自分には関係ないと言い聞かせ、数日同じような事を繰り返している。なんとも情けない話だ。
「ねぇ、脇阪くん。お願いがあるんだけど」
「出来る範囲にしてくれよ」
夏希に対しては、この関係はいつまでも続く関係じゃないと言っていた癖に、こうして二人で食事を食べ終えて、洗い物をしながら他愛ない話を続ける事に充実感を得てしまっている。
「私も料理したいんだけど、教えてくれないかな?」
「急だな。どんなのが作りたいんだ?」
だが、この関係が続くなんて事は、あり得ない事なのだ。
「うーん⋯⋯洋食?ローストビーフとか文化祭で言ってたけど、案外簡単なんだよね?」
彼女の家庭環境が変わらなくとも、夏希の心が変わるだけで、この生活は変わるのだから。
「ローストビーフ?」
夏希の言葉を脳内で反復する。あー、なるほどなるほど。ローストビーフね。クリスマスにあったらテンション上がるよなぁ。
「⋯⋯⋯クリスマスに作るのか?」
「⋯⋯流石に分かるよね」
夏希の返答によって、実は彼女はバイトを始めていて、それが予定だったという線も消えた。
「家で作るのか?」
「うん。流石に学校では作らないよ」
それどころか、家で料理を作るらしいですよ。
え?つまりあれか?俺は顔も分からん夏希の想い人のために、こいつに料理を仕込むという事か?というか家で自炊するって事は自宅に招くつもりなのか?流石にそれはどうなんだ?
「⋯⋯はぁ」
今日一の溜め息が出る。流石にこの願いを叶えるのはなんとも微妙な気分だ。
「む、難しかったら断ってくれていいよ?」
だが、夏希だって真剣に考えての結果なのだろう。他人を家に上げるなんて事を、軽々しくやる奴じゃないって、俺は信じてやらなければならない。⋯⋯クズに引っかかってないか、どっかで確認しなければならないな。
「いいよ、教えてやる。じゃあ明日は早めにこっち来い」
「⋯⋯本当に大丈夫?」
問題ない。むしろ少し清々しい気分だ。夏希には是非とも「これ、私の幼馴染(男)に教えてもらったんだ」と言ってもらって、そいつがどんな顔するのか、見せてもらいたいもんだ。
「ああ、どうせ俺はクリスマスにする事ないしな。それらしいもん作って、少し早めのクリスマスにしてみよう」
ついでにクリスマスも済ませておこう。俺自身もクリスマスには別の予定(チェーン店での餃子食い)があるのだ。たまにはクリスマスを先んじて行っても良いだろう。
「そんな軽く⋯⋯クリスマスの相手が私で良いの?」
「まぁ擬似クリスマスだな。寂しい独り身の脇阪くんの彼女役でもしてくれ」
「か、かの⋯!?ほ、本気で言ってる?」
俺の軽口に夏希が馬鹿みたいに赤面している。悪いな夏希の彼氏くん(ご時世的に同性愛の可能性もあるか?)。夏希の手料理が食えるんだから、これくらいは勘弁してくれ。⋯⋯いや、俺がもしも逆の立場なら脳破壊じゃないかこれ?俺やり過ぎじゃね?
「えっと⋯⋯じゃあ、ケーキでも買ってこよっか?」
⋯⋯まぁ夏希も夏希で結構ノリが良さそうだしセーフだろ。というかそれで良いのかお前。
「流石にそこまではしなくて良いだろ。ケーキとかは本番に残しとけ」
今回のはあくまでも擬似クリスマスだ。俺が出来る事なんて、せいぜいいつもよりも少し手間がかかった料理を一緒に作るだけだ。食べる物だけはクリスマスっぽくなるだけで、普段と何も変わらない。
「じゃあ明日な。失敗しにくいもん考えてくるわ」
だがそれだけの事に、妙に心が浮ついているのを感じる。自分がここまでクリスマスを楽しみにしているとは意外だった。
「うん。⋯⋯あの、脇阪くん!」
洗い物も終え、一呼吸おいてから、夏希がいつも以上に声を張り上げた。あまり聞いた事のない声量に少し驚く。
「デカい声出さなくても聞こえてるよ。なんだ?」
「明日、楽しみにしとくから!」
そう言いながら横切る彼女の頬は、今まで見た中で一番赤く見えた気がする。
(⋯⋯しっかりしろ。そういうのじゃないだろこれは)
これは、彼女にとっては事前準備なだけだ。今見た夏希の表情も、頬の赤さも、そう見えただけだ。きっと。




