何気ない会話
「なんか、野球部の先生に絡まれてたね」
パチパチと音を鳴らしながら残りの秋刀魚を焼いていると、聞き慣れた声が前から聞こえてくる。顔を上げると、目の前には雪かき用のスコップを持った夏希が立っていた。
「お疲れさん。見てたのか?」
「流石にあれだけしてたら目立つよ。魚焼いてたんだよね。怒られたの?」
会話しながらも、夏希は家庭科室の周りにある雪を一箇所に集める。一応グラウンドの一部だから、この辺も雪どけの対象エリアになるのか。
「秋刀魚を賄賂で渡しといた」
「えぇ⋯⋯大丈夫なのそれ?」
「冗談だよ。食いたいって言うから担任の分と二匹分渡しといた」
焦げてしまった方ではなく、上手く焼けた物を納めされていただきました。
「じゃあ、今日の夕飯はお魚なんだね」
「ああ、というか秋刀魚づくしだな。嫌いか?」
「ううん、普通に好きだよ。というか好き嫌い出来る立場でもないし」
「苦手な物があるなら言っても良いぞ?人間は生きてる内に食べられる回数決まってるんだからな」
腹が膨れれば何でも良い、という考えを否定するつもりはないが、どうせ腹を膨らませるなら、美味い物を食べたい、というのが持論だ。
「うーん、でも私は脇阪くんが食べたい物が食べたいかな」
「よく分からんな。なんでだよ」
遠慮からきているなら辞めさせたい。他の事で我慢する事も多いだろうから、食事くらいは我慢しなくても良いだろ。
「いや、これからも一緒にご飯食べるんだし、好みが合うようになりたいなって」
⋯⋯考えて喋っているのか心配になるんだが。言い方をもう少し考えろよ。
「⋯⋯色々解決したら、この関係も終わりだろ?長く続くみたいな事、言うもんじゃないぞ」
夏希に、そして自分に言い聞かせるためにも言葉で釘を刺しておく。あくまでもこの関係は、夏希の母が復帰するまでの一次的な関係なのだ。
「あ、確かにそうだよね、ごめん」
意味としては理解してもらえただろうが、夏希が俺からの忠告を聞いて少し落ち着んでいるようにも見える。だが事実ではあるし、俺の言葉は間違っていない。⋯⋯筈だ。
「全部解決したら、豪勢に祝ってやる。それを楽しみにしといてくれ」
解決したら、お祝いをして、それで終わり。それくらいで丁度良い。
「分かった。楽しみにしとくね。⋯⋯もう終わりの時間みたいだから、行くね?」
「おう、また後でな」
だが、夏希を祝った後は?また昔のような関係に戻ってしまうのだろうか。それはなんとなく嫌だと思っている自分がいる。
「あれ?この辺雪ねぇじゃん。誰かどけたのか?」
夏希が離れてからも考え事をしながら、二人分の秋刀魚を焼いていると、運動部がスコップを持ってやってきた。見た事がない顔なので、多分先輩なんだろう。
「料理部の一年だっけ?この辺除雪してくれたのか?」
先輩は別の所をどけていたのか、夏希が除雪したのを知らないようだった。
「どけたのは俺じゃないですけど、なんでですか?」
「いや、さっき先生からこの辺どけるのは野球部がやれって言われたんだよ。全体に伝えた筈なんだけどな」
なるほど、多分賄賂分の仕事だろう。秋刀魚をもらったから、この周りの除雪はしてやろうという話だ。⋯⋯いや、生徒使わずに自分でやれよ。
「ちなみに陸上部の範囲はどの辺りですか?」
「基本は自分達が使うエリアだけだった筈だな。人数少ないし」
ふむ、なら夏希は本当にわざわざ関係のない箇所の除雪をした事になる。目の前の先輩は全体に言ったと言っているが、伝わっていなかったのかもな。
(わざわざ関係ない場所にまできて、なんだったんだ?)
だが、伝わっていなかったとしても、わざわざ部活動に関係のない場所を除雪した理由は分からない。どうせ後から一緒に食事をするというのに、何か急の話があったのかもしれないな。
――まぁ、普通に聞けば良いだけの話なんだが。
「お邪魔します」
「お疲れさん。寒かったろ。暖まっとけ」
部活動と称した除雪作業が終わってから少しして、夏希が家庭科室に入ってくる。
「大丈夫、逆に体暑いかな」
「あー⋯⋯雪どけの後って体暑いよなぁ」
軽い雑談を交わしながら、俺は焼け焦げた皮を剥がしている。この焦げ秋刀魚をどうするか思案中だ。
「そういや前田さん、さっきは何か用事があったのか?」
「? どうして?」
雑談の延長という感じで、先程の件について少し聞いてみる。
「いや、野球部の先輩が、家庭科室周りの除雪は野球部担当だったって言っててな」
「⋯⋯えっと⋯⋯別に何にも無いよ」
そうなのか、特に用事もないのに、わざわざ俺の所まで来たっていうのはなんとも謎な行動だ。
「何か、ちょっと、話したかっただけ?かな?」
⋯⋯⋯⋯はぁ???何を言ってるんですかこの人?
「い、いつもは部活中は話せないからたまには話すのも良いかなとか思ったり思わなかったりして⋯⋯」
夏希も自分で何を言っているのか分からないのか、しどろもどろになりながらの説明を受ける。少し落ち着けよ。ちょっといつもと違う事がしたかっただけだろ?
「⋯⋯さ、皿用意してくれるか!?飯食おう飯!」
そう心では思っているのに、俺も謎にテンパっており、全く落ち着きが無かった。
「そ、そうだね!直ぐに準備するね!」
お互いに目を合わせる事もなく、今日の食卓の準備を進める。向こうの顔は分からないが、多分俺の方は頬が赤いだろう。⋯⋯余計な事を聞いてしまった。
(話したかったから、か⋯⋯)
だが、きっと全てが解決したとしても、彼女との関係は、昔のように冷え切る事はないということだけは、分かった気がする。




