無償の善意?
「……母さん」
母へ相談した時、話としては直ぐに解決された。
「ちょっと、相談あるんだけど」
「んー?何よ改まって」
相談した日は母が休みだったので、キッチンで夕食を作ってくれている。
「ん?唐揚げ作ってる?」
「せいかーい!ゆうくん、自分では作らないでしょ?」
「そうだな、学校で作るのはハードルが高いかな」
学校で作れない事はないんだが、唐揚げ等は残ってしまう油の後処理が面倒なので作らない。
パチパチと音を立てて揚がっている鶏肉には随分と食欲をそそられる。
「さて、じゃあお話は食べながらしましょうか。ちょっと早いけど、温かい内に食べた方が美味しいからね」
「……分かった、じゃあ食いながら話す」
正直に言うと、夏希の事を相談する事に対して、無駄に緊張しているから早く済ませたいんだが。
大皿に載せられた唐揚げと、豆腐とネギが入った味噌汁、レタスのサラダが並べられる。
「じゃあ、いただきます」
手を合わせてから、唐揚げを箸で掴んで口に運ぶ。熱々の肉汁か口の中に溢れ出し、旨味が脳を揺らす。
「美味い。やっぱ出来立ての唐揚げって良いな」
どんな有名店の揚げ物も、冷めてしまっては出来立てには敵わないというのが持論だ。あとレモンは気分だ。勝手にかける奴は許されない。
「美味しいって言ってもらえると嬉しいわぁ」
母にニコニコと穏やかに笑いながら見られているのが少し恥ずかしいが、食べる手は止まらない。学校でパンケーキを食べてきた筈なんだけどな。
「それで?話って何?」
……食べるのに夢中で少し頭から抜けていた。仕方ないだろ唐揚げって美味いんだから。
だが、食事を取った事で、少しは緊張も溶けた気がする。
「ああ、前田さんの事なんだけど」
俺はあくまでも大した問題じゃないように、普通のテンションで母に話す。
「前田さんって、お母さんの方?なっちゃんの方?」
「子供の方」
「子供は二人いるわねぇ……どっちかしらぁ?」
……分かっててやってるだろこれ。
「はぁ……夏希の方だよ」
「はいはい、なっちゃんね!どう?最近元気そうなの?」
最近の夏希か?まぁ、一時期に比べたら、随分とマシにはなっている気がする。
「元気だとは思う」
そう思った事を口にしただけなんだが、母は随分と嬉しそうな表情をしている。
「……なんだよ」
「いや、悠人って昔からなっちゃんの話あんまりしないから、ちょっと嬉しくなっちゃって」
「絡みがなかったら話す事もないだろ」
「今はあるって事かしら?」
ああ言えばこう言う……。だから出来れば相談したくなかったんだ。
「テスト勉強手伝ったんだよ。それだけだ。ただ、その時に三者面談の話になってさ。夏希の親は無理だし、親戚も行けないらしいんだってさ」
嘘は言っていない。まぁ面談の話はテストが終わった後に聞いたんだが。
「母さん、なんとか行けないか?どうせ俺の面談来るんだから、ついでみたいな感じで」
これが今回の相談内容だ。しかし母からしたら、夏希は言ってしまえば近所付き合いしていた人の娘、というだけの関係だろう。いくらお人好しの母でも、簡単に話が進むとは……
「ふーん、良いわよ別に。なっちゃんの親御さんには話しておくわね」
「早いな決断!?」
即決だった。相談事が一瞬で終わった。緊張していたこっちが馬鹿みたいじゃないか。
「悠人が頼み事するなんて珍しいし、夏希ちゃんが大変なのも分かってるからね」
何気ないようにそう話す母の姿は、大人の余裕のようなものさえ感じる。
「でも一つだけ聞かせて?それは貴方が夏希ちゃんにしてあげたい事なの?それとも、夏希ちゃんに恩を売りたいって気持ちがあるの?」
どういう質問……ああ、母は俺が下心から、夏希に近づこうとしているんじゃないか、と思っているんだろうか。
「ない。……と思う」
完全にないとは言い切れないが、正直自己満足の気持ちが強いだろう。
「そっちのほうが随分危ない気がするわね……」
危ない?いや、下心がある方が悪くないか?
「悠人、この世の中に無償の善意なんて物はないの。本当に夏希ちゃんに対して貴方がそうしてあげたいと思うのなら……」
真剣な表情で母は語る。……分かるのだろうか?俺が夏希に向けている感情が。
「それは愛よ。無償の愛なら、お母さん納得しちゃう」
……好きを通り越して愛まで行っちゃったよこの人。流石にそれはないだろ。
「おい、俺真面目な話かと思ってたんだけど?」
「真面目な話よ、最初から最後までね」
呆れた。そういうのはせめて恋人にでもなってから生まれるものじゃないか?
「じゃあ質問。夏希ちゃん以外が同じ目にあってたら、その人が同じように悩んでたら、悠人はその人も助けるの?」
同じように?例えば友人の上原や森下が同じように困っていたら、俺は同じように助けるのか……
「それは分からん。その時次第じゃないか?」
正直出来る気がしなかったが、それを言えばまた厄介な絡み方をされそうだったので、当たり障りのない言葉にしておく。
「そう、それだけ聞けたらとりあえずは良しという事にしといてあげましょう!ご飯冷めちゃうわね、食べましょうか」
「……?」
母の不思議な質問に首をかしげながらも、少し冷めた唐揚げを頬張る。その味がさっきよりも数段美味く感じて、自分がどれだけ緊張していたのかが理解出来た。
(まぁ、いいか。考えても分からんし)
ぼんやりと質問された内容を考えながら、母が作った唐揚げを食べ進めるのだった。
―――
事の流れとしてはこのような感じで、母の夏希への相談そのものは一瞬で終わった。その後の話についても、さっきの三者面談の内容から少しは理解が追いついた。
(先生も母さんも、俺が何でもかんでも人の手助けをする人間だと思ってるのか)
実際はそんな事はないんだが、自分が出来うる範囲で、人の事を助けられるならそれに越した事はないとは思っているだけだ。
(じゃあ、今回の事はどうなんだ?)
今回俺は母親に頼った。だがその内容は自分の力だけではどうする事も出来ない事だった。何故そこまでの事を俺はしたのか。最近は随分と、夏希の事にばかり意識が向いてしまっている。
『今日はありがとうございます。凄く助かりました』
『そんな事気にしなくても良いわよ!私も久しぶりに夏希ちゃんと話せて嬉しかったわ!』
無駄な考え事をしていると、扉越しから夏希と母の声が聞こえてくる。どうやら面談はもう終わったようだ。
『困った事があってもなくても、夏希ちゃんならいつでも家にいらっしゃい。歓迎するわよ!』
『嬉しいです。じゃあまた遊びに行きますね』
『良いわねぇ!お義母さんとっても嬉しい!』
軽快に聞こえる声が、順当に話が進んだ事を意味しているようで少し安心する。なんか余計な事も言ってる気がするが。
『そうだ!クリスマスかイブに予定はある?悠人とクリスマスパーティーするのも良いかもしれないわよ』
安心したのも束の間だった。いらん事を聞くなよ全く!
『ありがとうございます。でもごめんなさい。その日は用事があるんです』
扉越しに聞こえた言葉に指先が止まる。その言葉を聞いた時、廊下に出ようと手をかけた扉を、俺は開ける事が出来なかった。




