悠人の三者面談
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「悠人くんのお母様ですね。二人ともどうぞおかけください」
「ありがとうございます」
三者面談のために入った教室は、いつもより少しだけ静かに感じた。隣には自分の母親、目の前には担任がいる。二人とも、いつものおちゃらけたような雰囲気はなく、真面目な感じが妙に緊張感を生んでいる。
「さて、それでは始めましょうか」
目の前に座る担任が、手元の資料に目を通しながら口を開く。
「悠人くんは、普段の生活態度も落ち着いていますし、成績も安定しています」
淡々とした口調だが、評価としては悪くない。むしろ良い方だろう。
「授業中も騒ぐことはありませんし、提出物もきちんと出している。勉学については、模範的な素晴らしい生徒です」
勉学については、とはなんだ?学生なんて勉強が本分だろう。
「文化祭の時も、本来は目立つのを嫌っているのに、料理部としてクラスをよく引っ張ってくれました」
「ありがとうございます」
担任の言葉に母が頬を緩ませながら軽く頭を下げる。個人的には、担任がそんな風に思ってくれているのは意外ではあったが、悪い気はしない。
「ただ、一つ、気になっている点があります」
そこで、担任の視線がこちらに向く。⋯⋯なんだ?問題になるような行動をした覚えはないぞ。
「悠人くんは、部活動の一貫として学校で夕食を取る日が多いですね」
「……はい」
「それが常態化しているのは、少し心配でして」
そんな事か、今更何を言ってるんだこの人は。
「先生、それは俺がやりたくてやってるだけで…⋯部活動もありますし」
単純に家に親がいる事の方が少ないのだ。そんなものは仕方ない事じゃないか。
「脇阪、料理部を作れと言ったのは誰だ?」
「⋯⋯先生ですけど」
「最初にお前の事を聞いた時に、家で本当にまともな食事が出来ているのかが心配だった。親に放置されているのが当たり前だと擦り込まれていないか、とな」
初めて話された内容に、思考が固まる。⋯⋯俺はそこまで心配されていたのか?
「だから、料理部という物を作ったんだ。部活なら、食生活も見やすいからな。⋯⋯さて」
俺への説明は終わったとばかりに、担任は俺の母の方に視線を合わせる。
「勿論、お母様が仕事で忙しいという事は理解しています。ですが、忙しいという理由で、親が育児放棄する理由にはならない」
育児放棄って⋯⋯そんな事された覚えはないんだが。
「極端な意見である事は充分承知しています。ですが本来は、悠人くんは家で食事をしてもらえる環境が、一番良いとも思っているんです」
「な、先生!?」
冗談じゃない!これでもしも母が「分かりました」なんて言い出したら、もし部活がなくなりでもしたら⋯⋯
「俺は、別に無理してるつもりはないです」
母の負担も増えるし、他にも色々とあるんだぞ?
「脇阪、お前の言いたい事は分かるが、今は他の事は考えなくていい」
他の事?他の事ってなんだ。これ以外に考えなければならない事なんてないだろ。
「私は今、お前だけの話をしている」
⋯⋯どういう事か意味が分からない。最初から俺の生活の話だろう?
「悠人、先生の言葉を聞いて、最初にどう思ったの?」
沈黙していた母が静かに口を開く。⋯⋯どう思ったか?なんて決まっているだろう。
「⋯⋯母さんの負担が増えると思った」
夏希の食事をどうするのか、という点は、母には未だに夏希との食事事情を秘密にしているので話せない。
「ありがとう、悠人は優しいのよね。でも、それは貴方個人の話じゃないのよ。母親が大変だから、なんてものは、貴方は考えなくても良いの」
⋯⋯言いたい事は、なんとなく理解が出来てきた。
「本来なら、親がやらなきゃいけない事を、悠人にさせている。その点については否定出来ません」
だけど、親が料理を作らなければならない、などというものも固定概念ではないだろうか。
「この件については、私が作り置きでもすれば解決出来る所でもありますから」
「先生も母さんも、話が極端すぎだ⋯⋯」
そんな話を隣で聞いていたら、お小言の一つも言いたくなるものだ。
「先生、俺はやりたいからやってるだけで……困ってるわけじゃないです」
担任に改めて説明する。言い訳ではない。本当にそう思っている。
「最初は母も作り置きしてくれてたんですよ。でも、料理はやっぱり出来立てのが美味いじゃないですか」
誰かに強制されているわけではない。今は俺は自分の意思で、学校で料理を作っているんだ。
「だから、自分で作ってるんです。逆に母親には、冷えた飯を食わせてしまって申し訳ないと思ってるくらいで⋯⋯」
母親が午後勤や夜勤の時には、家庭科室で出来た料理を夜に食べて貰おうと家に持って帰る時がある。そういう時は冷めた料理を温めて食べてもらう事に抵抗があるレベルだ。
「そうか」
思った事を言い切ると、担任は一度だけ頷いた。
「脇阪は、よくやっていると思う。嘘も吐いていない。それは間違いないだろう」
担任は、俺の行動を否定はしない。
「ただな、お前の行動には、常に誰かのために、という思いが付いている。それが悪いとは言わない。だが、それを自覚はしておきなさい」
視線は、まっすぐこちらに向いている。
「……」
自分では深く考えた事がない内容だが、まぁ⋯⋯そう見えている、ということか。
そこで、母が口を開いた。
「この子がやりたいって言い出したことではあるんです」
いつもの調子で、少しだけ肩をすくめる。
「無理やりやらせてるわけじゃないですよ」
「はい、それは分かっています。ただ、結果として負担になっていないか、という点は気にしています」
「……そうですね」
母は少しだけ考えてから、
「でもまぁ、この子なりに考えてやっていることだと思うので」
ちらりと、こちらを見る。
「この子の考え方を、尊重させてあげてほしいとも思います」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。ひとまずは何かが変わる事はなさそうだ。
「ただ——」
母は続ける。
「頼れるところは、ちゃんと頼りなさい。無理だったら無理だって言うこと」
「……はい」
「それくらいは、言っておかないとね」
軽い口調なのに、妙に優しく感じる言い方だった。
担任も、母の言葉に小さく頷く。
「その通りですね」
資料を閉じながら、担任は話を続ける。
「現状として大きな問題があるわけではありません。ただ、今後のことも含めて、無理をしすぎないように」
「⋯⋯はいはい、分かりましたよ」
担任の言葉に適当な返事をする。
……でも、その言葉は、妙に胸の奥に残り続けていた。
実は担任の性別が決まっていなかったりしている。ここまで読んだ方達はどんな先生を想像して読んでいるのだろうか。若い女教師、若い男教師、おっさんでもいけるぞ!出来るならコメントで教えてください




