愛情込めて
(⋯⋯うん、まぁ二枚目も普通に焼けたかな)
フライパンの上で茶色く色づいたパンケーキを、お皿に滑らせる。二段重ねにして、上からメイプルシロップをかけたら完成だ。
因みにメイプルシロップは買ってきた物だ。流石に家庭科室に全てが揃ってるわけではない。
「いやぁ⋯⋯夏希さんやりますねぇ」
家庭科室でのパンケーキ作りも、生地がなくなり一旦の終わりを迎える。一人二枚焼いたので、合計四枚のパンケーキが並んでいる、筈だった。
「⋯⋯琴音、これは成功と言えるのかな?」
目の前にある形を成していない物を、パンケーキとは認められないと思うんだ。
「夏希、人には得意不得意があるんだよ」
「強火で焼いたからでしょ⋯⋯もう⋯⋯」
情けない現実に頭を抱えていると、外からノックの音が聞こえる。
「悪い、ちょっとお邪魔するわ」
そう言いながら、脇阪くんが家庭科室に入ってくる。
「あ、ごめんね脇阪くん。材料使わせてもらってます。何か用事?」
「先生からのご命令だよ。危険な事してないか見てこいってさ。本人はテストの採点で忙しいらしい」
なるほど、先生は軽く許可を出していたように見えたけど、最初から彼をここに連れてくるつもりだったのだろう。人使いが荒い先生だと苦笑する。
「⋯⋯ほぉ、中々ユニークな作品が出来てるな」
脇阪くんは火元を確認してから、机の上に置かれたパンケーキを一瞥する。及第点と思える物と、焦げてボソボソの物体が並んでいる。
「さて、どっちがどっちを作ったか分かるかね?ワッキー?」
琴音がドヤ顔でクイズを出している。いや、流石に分かってもらえると思うんだけど。
「難しい質問だな。」
⋯⋯彼の中で私は、パンケーキも焼けない認定されているらしい。
「脇阪くんの中の私のイメージって、どんななの?」
「半熟卵作ろうとして、スクランブルエッグにするイメージ」
⋯⋯確かに脇阪くんの前で、天津飯の卵を失敗した事あるけども!
「そ、それは最初の頃の話でしょ!?」
「あとは一人の食事は冷凍食品とインスタントで済ませるイメージ」
「⋯⋯⋯⋯うぅ」
ひ、否定出来ない⋯⋯。確かにテスト期間中に自分の食事なんてまともに作らなかった。自炊って案外お金がかかるのだ。
「冗談だよ、上手く焼けてるな。美味そうだ」
脇阪くんは少し笑みを浮かべながら、私の反応を楽しんでいるようだった。いじられるのは少し厭だけど、月曜日に会った時の気まずさは、時間が解決してくれたようで内心ホッとする。
「ワッキーも夏希の手料理、食べてみたいんじゃないのー?」
「え⋯⋯いや、それはやめとこうよ」
私のなんて脇阪くんのに比べたら、食べさせるのも申し訳ないレベルで⋯⋯
「そうか?ちょっと興味あるけどな」
だけど、脇阪くんが食べたいと言うのなら、流石に食べちゃいけない、とは言えないだろう。
「そ、それじゃ、どうぞ⋯⋯」
「悪いな、じゃあいただきます」
皿に載せられたパンケーキを少しだけ切り分けて、別の皿に移す。⋯⋯人に料理食べてもらうのって、こんなに緊張するんだ。
フォークを使って口元に運ばれたパンケーキを、脇阪くんが咀嚼して飲み込む。それだけの行為が、緊張からか不思議と長く感じた。
「⋯⋯うん、美味いな。ちゃんと中まで焼けてるし、ふっくらしてる。甘さも丁度良いと思うぞ?」
「そ、そう?良かった」
お世辞かもしれないけれど、その言葉を素直に受け取る事にした。私も一口食べてみるけれど、一般的な味わいが口の中に広がる。頭を沢山使った後だからだろうか?糖分が染み渡る感覚を味わう。
「めっちゃ褒められたねぇ、感想どうですか夏希さん」
「⋯⋯別に、レシピ通りに作っただけだから」
琴音が随分とニヤけているけれど、今の流れはただ味見をしてもらっただけでしょ。
「そんな事言ってー。なんか隠し味とか入ってるんじゃないの?」
「隠し味って⋯⋯」
そんな物入ってないんだけど、本当にレシピ通りに作っただけだ。別の何かを入れるなんて事はしてない。
「強いていうなら?」
「うーん⋯⋯愛情、かな?」
料理をしている人達はみんなそう言っているイメージだし、久しぶりに作るパンケーキには確かに時間をかけた分だけ愛情がこもっている気がする。
「⋯⋯!?ゲホッ、ゴホッ!!」
⋯⋯飲み物を飲んでいた脇阪くんが急にむせた瞬間に、余計な事を言った事に気づいた。
「あーあ、夏希が愛情込めたなんて言うからー」
「ち、ちが⋯⋯!料理に!料理にだからね!?」
慌てて弁明する。第一、元々脇阪くんに食べてもらう予定なんてなかったよね!?ニヤつく琴音と、むせている脇阪くんを交互に見る。頬が少しずつ熱くなっているのを感じる。
「⋯⋯分かってるよ。ちょっと驚いただけだ」
驚いたって⋯⋯いつもだったら軽い調子で聞き流すか、逆にからかってくるイメージなのに、顔も合わせてくれない。⋯⋯その反応は、辞めて欲しい。
「いやぁ⋯⋯ご馳走様でした。満足です」
琴音は何に満足してるのかな?この気まずい空気は誰が作ったのかな?⋯⋯半分以上私のせいか。
「何に満足してんだこら、そこの焦げパンちゃんと食えボケ」
「そんな事言わずに、私のも食べてみない?」
「普通に苦そうなのでいらん」
「⋯⋯ワッキーヘルプ!これ何とか出来ないの!?」
脇阪くんが今度は琴音のパンケーキに焦点を当てている。⋯⋯話を切り替えようとしてくれているみたいだ。
「なんとかって⋯⋯焦げたもんは戻らないだろ」
「ごめん脇阪くん。なんとかならないかな?」
私も便乗して、なんとか話に加わってみる。
「⋯⋯へいへい。じゃあ昼メシついでになんとかしてみるか」
さっきまでの妙な空気を、無理やり上書きするみたいに。




