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母がいない間だけ、幼馴染が俺の料理を食べに来る  作者: bonta
近いようで、遠い距離

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78/80

音なんて、気にならない

 履歴からゆっくりと指をなぞって、彼の名前を押す。

 ワンコール、ツーコールが鳴り終える前に、通話が繋がった。


『お化け屋敷は怖くない癖に、雷にはビビるお嬢様はいらっしゃいますか?』

 相変わらずの軽口。肩の力が抜けるのを感じる。


「何回も電話かけるなんて、脇阪くんってもしかしてストーカーだった?」

『……その返しは考えてなかったな』

 短いやり取りの後、少しだけ間が空く。けれど、その沈黙も今は心地よく感じた。


「琴音はどうしたの?」

『ああ、あいつならすぐ帰ったぞ。電車止まると困るとか言ってたな』

 そうか、雪が降ると、電車よく止まるもんね。琴音はちゃんと帰れたのかな?少し心配だ。


「ふーん……琴音の心配はしなくていいの?」

 心配なのは本当なのに、何故か脇阪くんを煽るような言い方になってしまう。なんだろう、楽しい。


『なんか面倒臭いぞお前……どうした?森下が憑依したか?』

「私も分かんない⋯⋯えへへ」

 彼の呆れたような声に、少しだけ口元が緩む。こういうやり取りが出来るだけで、どうしてこんなに落ち着くんだろう。


「今、何してたの?」

『特に何も。プリントまとめてたくらいだな。そっちは?』

――じゃあ、本当に心配してかけてきてくれたんだ。

 その事実を知っただけで、不思議と足がパタパタと忙しなく動く。


「私は勉強。……のつもりだったけど、あんまり進んでない」

『だろうな。この状況で集中出来るタイプじゃないだろ』

 いや、脇阪くんのおかげで一旦は落ち着いたんだけど、今は彼のせいで落ち着かない。矛盾だ。


『案外大丈夫そうだし、もう切るぞ?』

 ⋯⋯さっきまでは、大丈夫じゃなかったんだけどな。脇阪くんのおかげで、平気になったなんて言えない。


「ねえ、今ちょうど古文やっててさ」

 だけど、まだもう少し話していたいから、目の前にある勉強道具に頼る事にする。


『そうか、どっか分かんないとこあるか?』

「伊勢物語。恋愛の話ばっかりだね」

『あれはそういうもんだろ。内容も大事だろうけど、まずは文法を覚えるべきだな』

 そうかなぁ?内容も大事だと思うけど?


「⋯⋯この人さ、なんか脇阪くんみたいだね」

 伊勢物語、主人公は結構モテる人だったらしい。色んな女性と関係を持っている人だと先生が言っていた。


『……俺がクソ野郎って言いたいのか?』

 流石脇阪くんだ。ちゃんと内容も分かっているし、意味も伝わったらしい。


「さあ?なんか女の子誑かすの上手そうだなって」

『褒めてないよなそれ』

「褒めてないね」

 くすっと、小さく笑いが漏れる。顔を合わせて話していたら、絶対にしないような会話が面白くなってきた。


『⋯⋯通話だといつもより笑うんだな、なんか良い事でもあったのか?』

「私にも分かんない。でも、こうやって話してるの、なんか楽しい」

『⋯⋯そうか。俺は弄られて楽しくないけどな』

 私の気持ちとは裏腹に、脇阪くんは不機嫌らしい。嫌なら切ってくれても良いのに。


「この人さ」

『⋯⋯今度は何だよ』

 でも、彼は切らない事も分かるから、安心して甘えてしまう。


「会えないから、歌送ってるんだって」

『また古文の話か?まあ昔はそうだろ』

「今でいうプレゼントみたいなものだよね」

 今しか聞けない事も聞いておこう。面と向かっては言えないけれど、この状況なら聞ける事。


「そういえばさ」

『ん?』

「琴音にプレゼント、あげたんだってね」

 ⋯⋯聞いてしまった。面倒くさい、と言われても仕方ない事をしている自覚はある。


『ああ、一応そうなるな』

 けれど、電話越しの声はいつも通りだった。否定もしない、当たり前の事をしたような声色だ。


「私、貰ってない」

 その言葉を聞いて、少しだけ、拗ねたような言い方になってしまう。自分でも分かるくらい、子供っぽい。


『確かにな。じゃあ渡すわ』

「え?」

 そんな私の言動に対して、脇阪くんは何でもないかのように私にもプレゼントをすると言った。そんな簡単に、女子にプレゼントなんて渡しても良いと思ってるのかこの人は。

 そう思っていると、数秒後、スマホに通知が入る。画面を見ると、見慣れたロゴ。


「……なにこれ」

『カフェのギフト。千円分』

 あまりにも雑で、だけど彼ならそうしそうだろうとも思えるプレゼント。


「っ……なにそれ……」

 あまりの不意打ちに、思わず吹き出してしまう。


『文句あるなら返せ』

「いや、ないけど……」

 笑いながら、呼吸を整えるために小さく息を吐く。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。


「……脇阪くんらしいね」

『なんだそれ』

「なんでもない。でもこんなプレゼント、彼女さんが出来たらしたら駄目だよ?」

 私なら笑って済ませてあげられるけど、人によっては怒られるだろう。


『えぇ⋯⋯なんか欲しいって言ったのが相手側でもか?』

「気持ちがこもってないように感じます。プレゼントとしては十点です」

『十点満点でか?』

 そんな事言う人は更に減点だと思う。


「千点満点にしようかな?」

『面倒くさい⋯⋯じゃあ文句言わない人探すわ』

 そうした方が良いと思う。


「こんなプレゼントでも文句を言わないような、優しい人がいると良いね」

『それ、何分の一くらいの確率なんだろうな』

 プレゼントをギフト券で済ませちゃうのを許してくれる人?うーん⋯⋯


「分かんないけど、私だったら脇阪くんらしい、で済ませちゃうから、ちゃんと理解がある人なら大丈夫じゃない?」

『そうか?なら⋯⋯いや、何でもない』


 脇阪くんが何かを話そうとして、口を紡ぐ。何を言おうとしたんだろう。

「? 止められると気になるけど」

『いや、自分で考えて気持ち悪かったから言わん』

 少し気になりはするけど、彼が言わないというのなら、その意見を尊重しよう。


『そういや外、ちょっと落ち着いたな』

 長い間話し込んでいたけど、脇阪くんに言われて、さっきまで恐れていた轟音が止んでいる事に気づく。遠くからゴロゴロという音は聞こえるけれど、一旦は落ち着いたようだ。


「本当だ。全然気付かなかった」

『さっきまで鳴ってたろ?知らなかっただけで、怖がりは卒業してたのか?』

 呆れた声が通話越しから聞こえてきて少しムッとする。


「脇阪くんと話してたから、楽しくて気付かなかっただけだよ。さっきまでは本当に怖かったんだから」

『⋯⋯⋯そうか、まぁ、役に立ったんなら良かったよ』

 ⋯⋯? 何か歯切れの悪い反応だ。変な事言っただろうか?


『⋯⋯何もないようならもう切るか?』

「ちょっと待って、外見てみようよ」

 そう言って、片手で携帯を持ちながら、部屋の窓を開ける。見上げると、しんしんと雪が降っていた。


「雪、降ってるね」

『そりゃ、雪起こしあった後だからな』

「どれくらい積もるかなぁ⋯⋯学校で雪合戦でもしよっか?」

『……なんか俺も一緒にやる前提になってないか?』

「駄目なの?」

『寒いの嫌いなんだよ』

「そうだったね。でも暑いのも嫌いでしょ?」

 他愛ない話を続ける。ほんの少しだけ離れているけど、今彼と同じ景色を見ている。それがとても、素敵な事に感じた。


『日本っていう国の気候が間違ってるんだよ。夏暑すぎなんだよ』

「それは私も思うかな⋯⋯あ、あの車雪積んで走ってるよ」

『どれだよ?』

「ほら、今信号で止まってる車だよ。北の方はもっと凄いのかな」

 だからだろうか?あんなに迷惑をかけちゃ駄目だと思っていたのに、もう少しだけ、この時間を終わらせたくないと思ってしまっていた。

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