一般家庭と変わった家庭
「親がいつも家にいるのって、どんな感覚なんだ?」
その質問は、脇阪くんにとっては純粋な疑問なんだろう。だけど、私の言葉を詰まらせるのには充分な言葉。彼にとって、家族というのは家にいないものだと、そう言っているようなものだ。
『喧嘩するだけ仲が良いって言うでしょ?私は琴音の事がちょっと羨ましいかな?』
夏希に愚痴を聞いて貰った時の事が思い出される。⋯⋯なんで、今夏希との話を思い出したんだろう?
「⋯⋯悪い。変な事聞いたな。忘れてくれ」
答えは簡単。脇阪くんも夏希も、私が親との話をした時に同じような表情をしたからだ。普段通りにも見える。でも少し寂しげにも見える表情。
「ううん、大丈夫だよ。⋯⋯聞いても良い?」
前に夏希に同じ愚痴をこぼした時、夏希は羨ましいと言った。あの時は分からなかったけど、その意味が、今なんとなく分かった気がする。
「⋯⋯脇阪くんの親御さんって、もういないの?」
だから、学校でご飯を作っているのだろうか?親がいないから仕方なくなんだとしたら、私の今日の行動は、どれだけ空気を読めていなかっただろう。
「いや、死に別れたとかそこまで深刻なやつではないぞ?父親も母親も、仕事でいない事が多いってだけだよ」
そんな私の考えが伝わったのか、脇阪くんはなんでもないかのように軽く振る舞う。本当に、深刻な話ではないのだろうか。
「まぁ、別に隠すような事でもないから話しとくか」
その後は一応家庭事情を掻い摘んで聞いた。父親は殆ど帰ってきていない事、母親も仕事で、顔を合わせる事が少ない事。
「なるほど、そっか……じゃあ、その……良かった。⋯⋯あとごめん。変な愚痴言っちゃって」
最悪の場合を想定して、一応は違った事に安堵する。でも、結局私の贅沢な愚痴は彼の気に触るだろう。どうにも歯切れの悪い言葉しか出てこない。
「脇阪くんから見れば、私って恵まれてるように見えるんだろうね」
「そんな事もないけどな、毒親だったり、親が煩わしいと思ってる人からしてみりゃ、俺の環境の方が羨ましいだろ」
だというのに、脇阪くんは相変わらず相手を否定しない。
「実際、放任状態になってるから、学校で好き勝手してるわけだし」
それどころか、自分の方が恵まれてると言い出す始末だ。⋯⋯彼が本気で怒る事はあるんだろうか?
「前向きだねぇ脇阪くんは。⋯⋯あとさ」
――夏希も、同じような境遇なの?だから、脇阪くんとご飯食べてるの?
そう口に出しかけて、止める。これは、脇阪くんに聞く事じゃない。
「なんだよ?聞きたい事あるんじゃないのか?」
「⋯⋯やっぱ良い!夏希の事だけど、これは夏希に直接聞く!」
だって、私の友達の事だから。だから、私は夏希に話してもらうんだ。
「そうか、偉いな。だけど森下に話してないって事は、それだけ言いにくい事だと思うから」
「分かってるよ、無理には聞かない。あっちから話してくれるのを待つ」
本当に心を開いてくれるまで、どれだけだって待ってあげよう。私は彼女の友達なんだから。
(ていうか、言い方的に脇阪くんは夏希の事情知ってるんだ)
ふーーーん?それってなんか⋯⋯笑顔になるよねぇ。
「なんだその顔は」
「なんでもなーい!んじゃ、気を取り直して脇阪くんの質問に答えてあげよっかな、親がいつも家にいるとどんな感じかって話だよね?」
ここで話を終えるのも変だろう。ニヤける顔を整え、彼の質問に一般家庭で育った琴音ちゃんが答えてあげようと思う。
「そうだな、ちょっと興味ある」
「毎日うるさいよぉ?服ちゃんと畳め、とか、お風呂長すぎ、とか鬱陶しいったらありゃしないよ!」
「なるほど、そんな事言われた事ないな」
言われた事ないのか、それは毎日ちゃんとやってるからじゃないの?
「多分脇阪くんみたいな子だったら、怒られないと思うよ?」
「お前の中で俺の評価どうなってんだよ」
評価?評価なんて分かりきってるじゃないか。
「え?スパダリ」
料理できて優しくて成績優秀ってもう完璧でしょ。でも少女漫画的にはもうちょっとオラつきが欲しいかなぁ。
「それはない。洗濯も掃除も大嫌いだ」
そう思っていたんだけど、脇阪くんにも嫌いな家事はあるようだった。そういえば食べた後の洗い物は夏希に任せてたっけ。
「へぇー!意外だねぇ。そういうのも嫌な顔せずに引き受けてくれるんだと思ってたよ」
「面倒くさい事は極力したくないな。将来の夢は玉の輿だ」
「最低じゃん!」
「男が稼ぐなんて時代は終わったんだよ」
脇阪くんは笑いながらそう言うけど、玉の輿なんて物には一番程遠いような気がする。
「夏希は幸せものだねぇ⋯⋯」
「この流れでよくカプ厨に戻れるなお前。俺、前田さんに養って貰うのか?」
もしも彼が家庭を持ったとしたら、相手の事を大切にしてくれる事だけは、間違いないと思ったから。




