いつもと違う、食事風景
「⋯⋯だぁー!疲れた!一旦休憩!」
家庭科室で勉強を初めて結構な時間が経っただろう。最初に音をあげてくれたのは琴音だった。正直私も限界が近かったのでありがたい。
「そうだな、一旦休憩するか」
そう言いながら脇阪くんは冷蔵庫から食材を取り出し始める。⋯⋯彼にとっての休憩とはなんなんだろうか?
「いつ音上げるかと思ってたけど、案外頑張れるんだな」
時計の針は午後六時を刺している。脇阪くんからしても、琴音がここまで保つとは思ってなかったみたいだ。
「そりゃあ流石に教えてもらってる立場だし、それに今度赤点取ったら、お父さんが五月蝿いんだよね」
琴音の親には会った事はあるけれど、確かに厳格そうなお父さんだったと思う。
「親が厳しいと大変だな」
「脇阪くんとこは大丈夫でしょ、こんなに優秀なんだから」
「どうだろうな⋯⋯」
琴音の質問に言葉を濁している。
「お、案外放任主義?」
「そんな感じだな。親父からとやかく言われた事はない」
脇阪くんの父親は単身赴任で基本的に家にいない。その事を琴音に言うつもりはないみたいだ。
「まぁ親の事は別に良いだろ、俺は夕飯作るけど、二人はどうする?」
脇阪くんにしては、結構無理矢理な話の切り替え方だ。話を続けるとボロが出そうになるからだろう。
「ごめん、じゃあお願いしても良い?」
私も話の切り替えに乗ることにする。親の話を続けられると私も困ってしまう。
「良いぞ別に、森下はどうする?」
そうして琴音にも脇阪くんが確認を取ったんだけど、何故か琴音が硬直している。
「⋯⋯え?脇阪くんってここでご飯作ってるの?」
「まぁそうだな。料理部だし」
その反応を見て、自分がどれだけこの状況に慣れてしまっていたのか実感する。
「え?私が食べたいって言ったら作ってくれんの?」
「お前等が来るとは思って無かったから、簡単なもんだけどな」
これが普通の反応だ。学校で、クラスメイトが作る夕飯を食べるなんて異常な事なのだ。
「⋯⋯ちょっとお母さんに連絡してくる。今日夕飯いらないって」
なるほど、普通は親に連絡もするんだ。琴音にバレないように、私も真似してみる。
「わ、私も連絡しなきゃー」
⋯⋯棒読みっぽくなってしまったけど、琴音は自分の連絡の方に気を取られて気づいていないようで、内心ほっとする。
「⋯⋯うん!大丈夫!ちょっと小言言われたけど!」
暫く携帯で連絡を取ってから、嬉しそうな表情で返事をする琴音。
「言うならもっと早く言えって怒られちゃったよ。今聞いたんだから仕方ないのにさー」
「そりゃ悪かったな、今度同じ事あったら気をつけるわ」
「えー?お母さんの肩持つの?」
「料理ってのは作り終わってなくても、材料半端に余ったりして大変なんだよ」
そう話しながらも、脇阪くんはいつも通り手際よく準備を進めている。簡単な物って言っていたけど、美味しいご飯が出てくる事は間違いないだろう。
「何作るの?」
何か手伝える事はあるだろうし、献立を聞いてみる。
「この間作ったベーコンが余ってるから、クリームパスタとミネストローネ。あとは食パンならあるから食いたかったら好きにしてくれ」
簡単な料理とは思えない内容だった。この間作った燻製ベーコンを使った料理らしい。あのベーコンを使っているなら、きっと美味しいだろうな。
「分かった。お皿準備するね。サラダは?」
いつものように準備を手伝おうとしただけなのに、脇阪くんが驚きで目を丸くしている。
「どうかした?」
「⋯⋯いや、なんでもない。手伝ってくれるとは思わなかっただけだよ。3人分も野菜がないからサラダはなしで」
何を言ってるんだろう?料理を作ってくれるんだから、これくらいの事するのはいつも通りなのに。
「⋯⋯⋯」
そうして準備しようと振り返り、琴音の表情を見た時に、脇阪くんが言わんとしている事が理解出来た。
「⋯⋯夏希さぁ」
明らかに何かを疑っている顔。
「何?」
平常心を保つ。わ、私もここでご飯食べるの初めてだよ?本当だよ?
「⋯⋯いや、とりあえずなんでもない。私は!お客だから大人しくしておくね」
⋯⋯琴音の反応を見るに、ここで食事をしたことがあるって、普通にバレた気がする。
「そうしてくれ、お前は動きまわられた方が危なっかしそうだ」
「毎回お小言言うの辞めて??」
脇阪くんが琴音に軽口を叩きながらも、料理を進めていく。
「手際良いねー。生クリーム使わないの?」
「んな高いもん使えるか、家庭のクリームパスタなんて牛乳で充分なんだよ」
琴音が脇阪くんの調理を見ている間に、家庭科室の棚から食器を取り出していく。癖で二人分の皿を取り出してしまい、慌ててバレないようにもう一枚追加する。
「お皿置いとくね、他に手伝う事ある?」
「助かる。スープは先に煮込んどいたから、そこのトマト缶入れてくれるか?」
「分かった、どれくらい入れるの?」
「半分くらいだな」
言われた通りに缶を開けて、スープの中にカットトマト缶を半量程入れる。以前に分量を測ろうとして、案外適当で良いと言われた事があるので目分量だ。
具沢山のスープの色が、トマト缶を入れた所から赤く塗り替わっていく。
「え?私新婚生活見せられてる?」
「馬鹿な事言ってないで、夕飯にするぞ」
琴音の発言を無心で聞き流しながら、スープを皿に入れる。今口を開いたら、余計な事を言ってしまいそうだから。
「おお⋯⋯美味しそう。本当に食べていいの?」
「食ってくれなきゃ飯が余って普通に困る。冷めない内に食べよう」
赤く色づいたミネストローネと、綺麗に盛り付けられたクリームパスタがテーブルに並ぶ。どちらにも彼が作ったベーコンが使われているようで、想像しただけでも美味しいという事が理解できる。
「いただきます」
そうして、手を合わせて三人一緒に料理に手をつける。パスタもスープも、お店で食べる物と遜色ないと思える味だった。
「はぁ?めっちゃ美味いんだけど?キレそうマジで」
「それ褒めてるのか?」
琴音と一緒に、脇阪くんの手料理を食べる。いつもとは少し違うのに、どこかいつも通りで、なんだか変な感じだ。
「前田さんはどうだ?口に合うか?」
「うん、凄く美味しいよ」
いつも通り安心する味。そう言葉には出来ないけれど、心の中では「いつもありがとう」と感謝をする。
美味しいご飯を食べたからか、少しだけモヤは晴れた気がした。




