三人での勉強会
「えー⋯⋯この度は、生意気な事を言ってすみませんでした!謝るから勉強教えて?」
「やめろ気持ち悪い」
琴音の軽々とした謝罪と、甘えるような猫なで声に脇阪くんが身震いしている。
「気持ち悪いって何さ!こんなに可愛くお願いしてるのに!」
「はいはい可愛い可愛い」
賑やかな琴音と、それを雑に扱う脇阪くん。⋯⋯この二人はいつもこんな感じなんだろうか。知らなかったな。
「まぁ、テスト内容の復習も兼ねて教えてやるよ。人に説明した方が俺も頭に入る」
自分の復習も兼ねているように脇阪くんは言うけれど、ただの優しさだろう。彼は頼まれ事を断われないんだ。
「それじゃ、テスト範囲のおさらい始めるか。詰まりやすい英語あたりからやってくぞ」
そうして、内容の確認をしようとして、
「脇阪先生、私思う所があるんだけどさ」
勢いよく琴音が手を挙げる。授業では見た事がない綺麗な挙手だった。
「なんだ?聞くだけなら聞いてやる」
心底どうでもよさそうな声色だ。脇阪くんも分かっているのだ。
「高校生で習うものなんて、はたして将来役に経つと思う?」
こういう時の琴音の話は、大体大した話じゃない事に。
「英語なんて必要ないさ!だって私達日本人なんだもの!」
この子は何のために家庭科室まで来たんだろう。
「そうか、じゃあ現代文頑張れ」
「現代の言葉も移り変わっていくんだよ!現代文の教科書にギャル語が載る日もそう遠くないさ!」
というかどうやってこの高校に入学できたんだろう?
「そうか、前田さんコイツ連れて帰ってくれて良いぞ」
琴音の言葉を聞いた後の脇阪くんの目は冷ややかだった。琴音の熱弁は何の意味もなかったらしい。
「ごめんって!冗談だから見捨てないでよー!」
「プリントだけ渡してやる、それ使えば平均点は取れるだろ」
そう言いながら、数えると十数枚になるであろう紙束を受け取る。中身を確認すると、それは基本の五教科のテスト範囲内容だった。
「おお!綺麗にまとまったプリントだね」
琴音が言う通り、プリントの中身は教科書に書かれている内容を、より分かりやすく纏めてある様に感じる。
「一応、こうなるかと思ってノートの中身コピーしといたんだよ。ノートは上原に貸しっぱなしだからな」
「ありがたく使わせてもらいます!」
感謝の言葉を述べた後、琴音は近くの椅子に座って、鞄の中から筆記用具を取り出した。
「結局ここでやるんだな。良い性格してるよ本当」
「褒めても何も出ませんぜ旦那」
「皮肉も通じないんだな⋯⋯」
いや、多分通じてるけど気にしてないだけです。
「ごめん脇阪くん。あんまり邪魔しないようにするから」
「別に問題ない。分からない所あったら聞けよ?」
「ちょっとー、夏希の時と私とで態度違うんですけどー」
「お前はもうちょっと遠慮って物を覚えてくれ」
こうして、家庭科室での勉強会が始まったんだけど⋯⋯
「うーん⋯⋯脇阪くん、ここ分かんないんだけど」
何回目になるか数えてもいないけれど、多分五回目
くらいの質問を、琴音が脇阪くんに投げかける。
「どこ?」
その度に、脇阪くんは読んでいる本を閉じて、琴音の隣に腰掛ける。
「この関係代名詞とかいうやつ。存在してる癖に中身には入ってこないのなんで?」
「そういうもんだからだ」
「それを説明してよ!?」
「というかそこは中学生で習う範囲だ」
「こんな内容勉強した覚えありません!」
さっきからずっとこの調子だ。琴音の反応を面白がっている様にも見える。
「そうだな⋯⋯森下には友達がいる。その友達は勉強が得意じゃない。という文を作りたい」
ある程度琴音の事をからかってから、丁寧に説明をしてくれる。実は私も良く分かっていないので、説明はありがたい。
「その時、わざわざ別々に文作らず、纏めた方が手っ取り早いだろ?森下には勉強が出来ない友達がいるってな感じだ。その時は「誰が」なんて分かりきってるから内容には入ってこない」
なるほど、説明は分かりやすい気もするけれど、
「脇阪くん?説明の中で私の事馬鹿にしてない?」
「友達が前田さんの事だとは一言も言ってないぞ?」
いや、言ってないけど、この場では琴音の友達は私しかいないよね?
「なーにがサインコサインタンジェントだよ!意味分かんない言葉使わないでよ!」
その後もしばらく勉強は続いたが、私の理解が追いついたのは半分くらいだった。
「大丈夫だ日本語でも意味わかんなくなるから」
「斜辺?対辺?何書いてんのこれ?」
でも、分からないと思った部分は琴音も勿論分からないので、遠慮なく質問してくれる友人のおかげで意外と頭に入る。
ただ⋯⋯
「図がちゃんと書いてあるだろ。基本は公式に当てはめていくしかないな」
「先生!公式に当てはめても答えが出ない時は!?」
「それはお前が数学どころか、算数が出来てないって事だろ」
脇阪くんがずっと琴音の相手をしている事が、何故か心に引っかかる。
(というか、なんか近くない?)
いや、教えるためなんだから仕方ないのかもしれないけど、私だってあんな距離で話す事ほとんどないのに⋯⋯
「琴音、脇阪くんだって自分の勉強があるんだから、あんまり質問するのも良くないんじゃないかな?」
「だってさワッキー、私迷惑?」
「ワッキー言うのやめろ。別に今日一日くらいなら問題ない」
問題ない、と言われてしまったらそれまでだろう。私から言える事なんてない。
「前田さんはどうだ?分かんないとこないか?」
「⋯⋯分からない場所は琴音と同じ所が多いから、大丈夫」
せっかく話を振ってくれても、何故かぶっきら棒な言い方になってしまう。
「そうか?なら良いんだけどな」
そう言って元の席に移動する脇阪くんを目で追ってしまう。⋯⋯私は何をしてるんだろう?心の中ではいつもの放課後みたいに、彼と何か話したいと、思っている。
「ワッキー!ここ分からん!」
「今日から森下の事は馬鹿二号って呼ぶ事にするわ」
だけど、今は難しいんだ。琴音がいる以上、茶化される事も嫌だから、いつものように彼と話すわけにもいかない。
「ちなみに一号は?」
「上原。ちなみにお前よりは賢い」
「酷くない!?」
「酷いと思うんだったら見返してみろよ」
⋯⋯何も遠慮せずに彼と話している琴音を見て、なんだかイライラしてくる。何も琴音は悪くない。悪いのは私の心の狭さだ。
(琴音の事は、「森下」って呼ぶんだ)
だけど、呼び捨てにされている琴音を見て、勉強は捗っているのに、私の中のモヤは、いつまで経っても晴れなかった。




