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母がいない間だけ、幼馴染が俺の料理を食べに来る  作者: bonta
近いようで、遠い距離

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今朝の敵は、放課後の友

「⋯⋯はぁ」

 放課後、机に広げた教科書を前に、私はため息をついた。窓の外を見ると、雲一つない昼の青空が、勉強し始めてからあまり時間が進んでいない事を実感させてくる。

 教室では集中出来ないという琴音の提案で、今は図書室で勉強している。同じ考えの人も多いようで、十数名の生徒が静かに勉学に勤しんでいる。


「ねえ夏希、ここどうやるのか分かる?」

 琴音が隣から声をかけてくる。一緒に勉強をしてくれる事は嬉しいんだけど、

「えっと⋯⋯どの辺?」

 琴音のノートのまとめ方はなかなかに特徴的で、まずどこが分からないのかが分からない。


「ここ、公式からして良く分かんないんだけど」

 指を差した場所は、恐らく二次関数についてだ。確かに、まず公式に当てはめるのが難しいと思う。


「……うん、えっと……」

 難しいという事は、そういう事だ。説明しようとして、言葉が詰まる。⋯⋯これ、どうやるんだっけ?


「ごめん、分かんない」

「えぇ⋯⋯」

 琴音が少し引きつった表情をしている。そんな顔をしても、分からない物は分からない。


「夏希みたいに大人しい子って賢いんじゃないの?」

「なにその偏見……」

 思わず苦笑するけど、内心はちょっと傷つく。

 私だって、できるなら賢くなりたい。


「先生に聞きに行ってみる?やる気あるって評価上がるかもしれないよ?」

 数学の先生は、数学に興味を示した生徒には、喜んで手を貸してくれるだろう。

「うーん、それは面倒臭いかなぁ」

 琴音からは面倒臭いと言われてる。ごめんなさい先生。


「だって一回聞いたら、テストの後も目付けられそうじゃない?先生の演説聞いてる時間はないよ私」

「赤点回避するためには、そういう事も必要なんじゃない?」

「じゃあ夏希が聞いてきてよ。内容だけ後で教えてくれたら良いから。友達でしょ?」

「そんな事言う友達とは絶交する」

「うそうそ!冗談ですやん夏希ちゃん!」

 冗談混じりの会話は心地良いけれど、問題が解けるわけでもないし、小声であっても静かな図書室では少しの音が目立ってしまう。隣から軽い咳払いが聞こえた。


「ありゃ、こりゃ駄目だね。違う場所で勉強しよっか」

 琴音にも静かにしようとする気持ちはあるけれど、それも限界がある。正直言って落ち着きが足りないタイプなのだ。


「⋯⋯うん!こりゃ無理だ!諦めも肝心だよね」

 図書室から出た所で、あっさりと琴音はそう言った。朝の決意から一転、あまりにも早い挫折だった。


「まだ初日だけど、もう諦めるの?」

「諦めるって、私達だけでは無理って話ね」

 なるほど、先生に勉強を教わるつもりなのかな?


 そう考えていると琴音がぱん!、と手を叩いて。

「と言う事で脇阪くんに教わろう!」

 あまりにも無謀な提案をしてきた。


「え、ちょ、ちょっと待って?脇阪くんに教わらなくても良いんじゃない?」

「なんで? 脇阪くん頭いいでしょ?」

 なんでって、今朝どのような会話をしたか、この友人は覚えていないんだろうか。


「いや、あんな啖呵切ってたのに、気まずくないの?」

 敵扱いしていたレベルの相手に教わるのは可笑しくないだろうか?


「いや別に。すみませんでした!って謝れば良くない?昨日の敵は今日の友って言うし」

 ⋯⋯一日すら経っていないことには突っ込んだ方が良いんだろうか?


「それはそうかもしれないけど、別に脇阪くんじゃなくても良いでしょ?クラスの他の子でも⋯⋯」

 謝る事については良いとして、彼だって自分の事があるだろうし。急に勉強教えて欲しいなんて迷惑じゃないかな?


「なにさ夏希、もしかして意識しちゃってるのぉ?」

 私の反応を見て、にやつく琴音。意識している、なんて言われた時に思い浮かぶのは先日の事⋯⋯


「意識してるとか、そういうのはないから!」

 いつもの琴音のからかいに、大きな反応をしてしまった。そんな事をしても、琴音の満足感が上がるだけだ。


「じゃあ別に脇阪くんでも良いじゃんねぇ。夏希が頼んだら絶対助けてくれるよ?」

 私の反応の良さにニヤつきながら、琴音に論破される。⋯⋯意識なんてしてない。なら、成績が良い脇阪くんに教えてもらったって問題ないのかもしれない。


(そんなの、私じゃなくても助けるよ)

 引っかかったのはその後の言葉。昔から見ているけど、彼は誰にだって優しいんだ。だからこそ、今回は彼に迷惑をかけたくないって思ってるのに⋯⋯


「ああもう!じれってえなあ!」

 うつむいた私を見て、琴音は大げさな地団駄を踏む。


「夏希!高校生活ってのは一回だけ!このテストの結果が、未来を決めるんだよ?なのに、ここで遠慮して、成績落としたりしたら未来が狭まっちゃうじゃない!だから、遠慮するのは今じゃないんだよ!」

 琴音が熱弁する。確かにそうだ。ここで遠慮したらこれから先、もしかしたら自分だけじゃなく、お母さんにも迷惑をかけるかもしれない。


「そう、だね。琴音の言う通りだと思う」

 こうやって、私の事を引っ張っていってくれる。そんな友人の姿がとても頼もしく感じた。


「そうっしょ!ということで、恋も勉強も遠慮しないでいこうね!」

 ⋯⋯ちょっとだけ訂正。琴音の言葉に嘘は一つもないけれど、何か私利私欲が半分以上を占めている気がする。


「あ、駄目って言われてももう無理だから、今電話中ー」

「え?」

「こういうのはね、当たって砕けろ!」

 言うが早いか、琴音は携帯を取り出して通話ボタンを押している。


「ちょ、琴音?」


 発信音。

 え、待って。

 なんで。


(なんで琴音が脇阪くんの連絡先知ってるの?)

 その事実に、胸の奥がちくりとする。


「もしもし? あ、脇阪くん? 今どこにいんの?」


 スピーカー越しに、聞き慣れた声が微かに漏れる。

『家庭科室だな。なんか用か?』

 いつも通りの、あっさりとした返事。


「勉強教えて!」

 琴音の言葉もあまりにも直球だった。


『俺は敵じゃなかったのか?』

「昨日の敵は今日の友って言うじゃん!」

『一日すら経ってないぞお前⋯⋯』

「まぁ良いじゃん細かい事は、助けて欲しいって夏希も言ってるよ?」

 琴音がにやりと笑う。私の名前を使うの辞めてほしいんだけど。


『はぁ⋯⋯来たけりゃ勝手にくれば?』

 通話越しにも聞こえる溜め息と、一応の許可を貰う。


「よっしゃ、行こ夏希!」

「え、えぇ……」

 結局、彼に頼る事になってしまった。それについての罪悪感と、ある一つの出来事に対して、胸のざわつきが消えない。


(……なんで、琴音が連絡先……)

 私だって、知ったのはつい最近の事なのに。

 別に、彼の交流関係を全部知りたいなんて思ってない。彼とはただのクラスメイト。ただの、幼馴染。


「お邪魔しまーす!!」

「森下の場合、本当に邪魔しに来てる感じがするよな⋯⋯」

 それなのに。

 どうしてこんなに、もやもやするんだろう

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