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母がいない間だけ、幼馴染が俺の料理を食べに来る  作者: bonta
近いようで、遠い距離

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ゆっくり歩く、帰り道

「これにて、今回のイルカショーは終了でーす!ありがとうございました!」

 そうして今回のショーは終わりを迎えた。迫力もあっただろうに、誰かさんのせいでどこか落ち着かない気持ちで見てしまっていた気がする。


「終わったな」

「そうだね。⋯⋯じゃあ、出よっか」

 イルカショーが終わって、館内のざわめきが一気に出口へ流れていく。


 さっきまで跳ねていた水しぶきの音も、歓声も、もう遠い。外へ出ると、冷たい空気が頬に触れて、ようやく現実に戻ってきた気がした。


「寒……」


 思わず呟くと、隣を歩いていた脇阪くんが笑いながらこちらを見る。


「だから前の方はやめといて正解だったろ」

「それとこれとは別でしょ」


 そう言い返しながら、マフラーに顔を埋める。夕方の空は少しだけ茜色に染まり始めていて、観光客の波も朝よりは穏やかだった。


「電車もあるけど、どうやって帰る?」

 水族館は待ち合わせに使った駅から一駅分歩いた先にあった。行きについては紅葉を見ながら歩いて向かったけれど、帰りは疲れているし、電車を使った方が楽だとは思う。


「⋯⋯歩いても、良い?」

 だけど、不思議と今日という日をまだ終わらせたくなくて、そんな提案をしてしまう。


「別に良いぞ、早く帰ったってやる事ないしな」

 そうして並んで歩く、不思議と歩く速度が遅くなっていることを自覚する。だけど、脇阪くんは何も言わずに歩幅を合わせてくれた。


「想像より色々回ったけど、今日はどうだった?」

 不意に、脇阪くんがそんなことを聞く。

 横顔は相変わらず淡々としているのに、少しだけこちらを気にしているように感じる。


「うん、凄く楽しかった。今日はありがとう」

 素直な感想だ、いつもの休日とは違って、とても充実していた。きっとこれから先も、今日の事を思い出す事があるだろうな。


「お礼を言うのはこっちの方だよ、前田さんの貴重な時間を使わせて貰ったからな」

「そんなこと、ないよ。ご飯代も、水族館のチケットも買わせてる」

 罪悪感があるのはその点だ。別にそんな気持ちは無かったのに、脇阪くんが私の分のお金まで払ってくれている。


「そこは成り行きだよ、少しはカッコつけさせてくれ」

 そんな事言っても、お互いに学生だし、お金に余裕なんてないだろう。


「つ、次は!」

 だからこその、提案だ。別に深い意味なんてないんだ。


「次は、私が、奢る。ご飯」

 だというのに緊張で片言になってしまった。死にたい。

 それに言ってから、やけに心臓がうるさくなる。

 変じゃなかっただろうか。重くなかっただろうか。⋯⋯またデートがしたいみたいに、聞こえなかっただろうか。


 隣を見る勇気が、彼の顔を見ることが出来ない。


 でも。

「ああ、楽しみにしとく」

 脇阪くんは、いつもと同じ調子で、少しだけ笑った。大げさにも捉えないけれど、からかわれる事もなかった。

 こうして、私は脇阪くんと、次の約束をした。それが遊びに行くだけなのか、デートなのかは、まだ分からないけれど。


「また来週から学校だね」

「億劫になる事言うの辞めないか?」

 どちらにしても、きっと良い思い出になるだろうと、今から楽しみだった。

 

「あと、分かってると思うけど、来週からは学校で夕飯は作れないと思うから」

 浮ついた気持ちからの急展開だった。⋯⋯脇阪くんのお母さんの都合だろうか?


「な、なんで?」

 平静を装って理由を聞こうとしたのに、歯切れの悪い聞き方になってしまう。来週からって言ってたけど、どれくらいの期間なんだろう?これからずっとだったら、嫌だな。


「なんでって、テスト期間だろ?お前も部活ないし、基本的には料理部もお休みです」

 ⋯⋯普通に忘れてた。来週からは、地獄のテスト期間だ。

 テスト期間中は部活動は休止するし、そうなると、脇阪くんが学校で食事を作る理由がなくなる。


「別に作っても良いんだけど、流石に周りにバレるだろ」

 確かに、普通の放課後に家庭科室でご飯を食べるのは、リスクがありすぎる気がする。


「まぁそういう事だ。部活ないんだからちゃんと勉強しろよ?推薦組の前田さん?」

 そうだ、脇阪くんの料理が食べられない事も問題ではあるけど、それ以上の問題としてテスト勉強があるのだ。はっきり言って私は勉強が苦手なんだ。


「私も、学校行くの億劫になってきた⋯⋯」

「そうか?仲間が出来て嬉しいよ」

 そう言いながら脇阪くんは笑うけれど、勉強が出来る彼と、勉強が出来ない私とでは意味合いがまるで違うという事を、彼は分かってるんだろうか?


「じゃ、また学校でな」

「うん、また」

 自宅の最寄り駅まで着いた後、駅からは俺の家の方が近いので、玄関で手を振って別れる。そうして家の中に入った瞬間に、俺は崩れ落ちた。


「⋯⋯何言ってんだ、俺?馬鹿か?」

 反省するのは今日の行動全てだ。自分でも可笑しい行動が多々あったと感じる。何急に水族館なんて行ってんだよ、というかカフェも一人で行けよ。


「何が、『せっかくのデートなんだから』だよ。ナンパ野郎かよ」

 だが、思ってしまった。今日初めて会った時の、彼女の姿を見た時に。それまでは、今日の事をデートだなんて、欠片も思っていなかったのに。


「あんな気合入った格好するなよ⋯⋯」

 今まで見た事がない雰囲気だった。少し緩いニットに、揺れるスカート。

 以前、スーパーで見た事があるラフな格好ではない姿に、見惚れてしまったのだ。

 だからこそ、浮かれてしまった。ここまでしてくれるなら、報いなければならないと、思ってしまったのだ。


「⋯⋯寝よ」

 今日は本当に疲れた。ベッドに倒れ込んで目を閉じても、夏希の姿が脳裏から離れない。


「⋯⋯次が、あるのか」

 帰り道のあの言葉。その言葉にどれだけ心が浮ついてしまったのか、彼女に伝わっていない事を切に願うのだった。

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