水族館に行くだけのお話
「脇阪くんは、ここの水族館来た事ある?」
「いや、ここはないな。地元から近いと逆に来ないよなぁ」
そんな事を言いながら水族館の中に入っていく。休日ではあるけれど、大半の観光客のお目当ては紅葉なので、水族館の中は比較的空いているように感じた。
館内に足を踏み入れた瞬間、空気がひんやりと変わったように感じる。実際には外よりも温度は上がっている筈なのに不思議だ。
青い光が天井に揺れていて、目の前の水槽には名前もよく分からない魚が泳いでいる。
「暗いな。落ち着く」
「そうだね、どこから見よっか?」
声を潜める理由なんてないのに、自然と小さくなる。
「イルカショーは流石に見るだろ?それまで適当に時間潰そう」
「分かった、じゃあ私ペンギンが見たいかな」
「それは俺も見ときたいな、じゃあ一緒に行くか」
⋯⋯言い方を聞く感じ、選択肢を間違えてたら、一緒に回る事はなかったかもしれない。脇阪くんなら普通に「じゃあここからは別行動で」とか普通に言いそうだ。
「他に見たいものあったら別行動にするか?」
本当に言っちゃったよこの人。
「いや、一緒に回ろうよ、何のために一緒に来たのか分からないでしょ?」
「そうか?見たいもの見るべきだと思うんだけどな」
なるほど、それも確かに相手の事を尊重した結果になるのかもしれないけれど、それじゃ、で、デートとは言えないんじゃないだろうか?
「脇阪くん、他の女の人にもおんなじ事したら、多分嫌われるから気をつけた方が良いよ?」
忠告だけはしておこう。これから彼女さんが出来たとしても、別れるきっかけになってしまうかもしれない。
「前田さんには嫌われるのか?」
「私は⋯⋯別に嫌わないけど」
「じゃあ良いだろ。俺だってこういう事する時は人を選んでするさ」
⋯⋯こういう事って、デートの事なんだろうか?それとも別行動する事?なんだか今日は考え事に振り回されっぱなしだ。
「⋯⋯この魚」
脇阪くんが大きな水槽の前で立ち止まる。その表情は随分と楽しそうで、魚よりも、青に照らされた彼の横顔のほうが目に入った。
「甘鯛だ。一回鱗焼きってしてみたいんだよなぁ」
なんとなく分かっていたけど、彼が魚を見る目は食材としての視点になるみたいだ。
「それは難しい料理なの?」
「結構な油を使うから後処理が面倒なのと、甘鯛そのものが高いんだよ。だから作った事ないな」
水槽の中を見て、美味しそうという反応は一部の人はするだろうけど、調理工程まで考える人はあまりいないんじゃないだろうか。
「っと、悪いな、ペンギン見に行くんだった」
「別に大丈夫だよ?脇阪くんの料理好きだし、他にも教えてよ」
ペンギンは別にイルカショーを見た後でも見れるだろうし、彼が見たい物の方が私も興味がある。
「そうか?それなら、あっちはアジだな。安いし美味い。マリネも良いし、アジフライも良いよな」
「お刺身じゃ駄目なの?」
「いや、刺身も美味いぞ?今度作るか」
「やった、楽しみにしとくね」
水族館の中で、当たり前のように献立が決まっている事が可笑しくて笑ってしまう。デートというには、なんとも可愛げがない内容だ。
「クラゲって、何考えてるんだろうな」
「何も考えてなさそう」
「お前みたいだな」
「それ褒めてないよね?」
「冗談だよ、逆に前田さんは色々考えすぎじゃないか?」
その後も、軽く話をしながら歩いて回る。最初に行こうとしていたペンギンには会えていないけど、充分に楽しい。
「⋯⋯お?時間だな、行くかイルカショー」
「もうそんな時間?結構早いね」
最初の目的であった筈のペンギンを少しだけ見ていると、イルカショーの時間が近づいて来たようだった。思ったよりも時間が早く流れた事が、楽しさの何よりの証拠になっていたと思う。
そうしてイルカショーを見に行ったんだけど、十分前だというのに結構な人が集まっていた。
「流石に多いね」
「まぁ、水族館といえば、メインはこれだろうからな」
どの席に座るか見て回ると、詰めれば二人分はありそうな席が前列にもあった。
「前の方座る?」
せっかくのショーなんだし、迫力があった方が良いと思うんだけど。
「いや、濡れるのは駄目だろ」
それを脇阪くんは否定する。そんなに水なんて飛んで来ないと思うんだけどな。
「一番前じゃなきゃ大丈夫じゃない?」
それとも、水しぶきが怖いんだろうか、案外脇阪くんって怖がりな所もあるし。
「いや、俺は良いけど前田さんは駄目だろ。新しい服だろそれ」
その言葉を聞いて、思考が止まる。⋯⋯私の、服?
改めて自分の服装を見る。緩めのニットにロングスカートを履いて、少しだけ、いつもよりお洒落に気を使ったつもりだった。
「⋯⋯⋯気づいてたの?い、いつから?」
でも、まさか新しい服だって気づかれてるとは思っても見なかったし、それに、脇阪くんは別に服に言及なんてしなかったし⋯⋯
「最初からだけど」
さ、最初からって、じゃあずっと気づいてたって事!?
「き、気づいてたんなら、感想とか何かないの!?」
私だって女の子なんだから、少しはそういうのがあっても良くない!?という謎の暴走思考が私を襲う。
「そう言われても、髪形については触れたし、それで良くないか?」
いや、確かにそうだけども!お洒落にしてきたんだから、似合ってるの一言くらい⋯⋯
「それに何着たって似合うんだから、感想も何もなくないか?」
そういう所が、天然タラシなんだよ!!この人は!
「⋯⋯なんか機嫌悪いか?」
「別に!怒ってないから!」
その後は大人しく中央よりの方でイルカショーを見た。
きちんと褒めて貰えていない憤りと、何を着ても似合う、という褒め言葉に板挟みになって、テンションが可笑しくなってしまった事は、彼には気付かれなかっただろうか?




