貴女の幸せを願うなら
「知ってるか前田さん。馬鹿は風邪にならないんじゃなくて、風邪になっても気づかないという説があるんだ」
「流石に酷くない!?ッゲホッ!」
夏希は大きめの声を出したかと思えば、喉に負担がかかったのか咳込んでいる。俺の言葉に反応をするのはいいが、やっぱ自分の調子が分からないのでは?
「⋯⋯絶対失礼な事考えてるでしょ」
「さぁ?どうだかな?」
「うぅ⋯⋯怒らないって言ってたのに⋯⋯」
「怒ってはない。呆れてはいるけどな」
まぁ、正直言いたい事は色々ある。なんでこの状態で外に出た?というか雪かきした?大人しくする事が何故出来なかった?
「ハァ⋯⋯」
それら全てを、溜め息一つに押し込める。
「倒れたらどうするつもりだったんだよ」
一人での雪かきというのは思っているよりも危険だ。それを病人がやるというのは流石に駄目だろう。
「でも、雪積もるし……ケホッ」
「まぁ積もるな。でも明日でも良かっただろ」
「明日は⋯⋯駄目だよ」
咳き込みながらも、夏希は首を横に振る。
「一人でもちゃんと出来てるって、安心してほしいから」
「⋯⋯はぁ?意味が分からん」
夏希の言葉に、少しだけ語気が強くなる。何だそれは?彼氏か何か知らんが、そこまで夏希に自立する事を求めるのか?というかこの状況でも見にも来ないとか、そいつは何をやってるんだ?
(俺なら、前田さんに無理なんてさせないのに)
手に力がこもる。こんな感情になった事は今までなかった。顔も分からない相手に複雑な感情が入り混じる。
そんな俺の様子を見て、夏希が少しだけ肩を縮こませた。
「……ごめんなさい。そうだよね、意味分かんないよね」
しゅん、とした声。
その様子を見ていると怒る気力も失せる。というか病人が目の前にいるのに何をやっているんだ俺は。
「……悪い、怒らないって言ったのにな」
夏希はずっと一人だったのだ。母親は帰って来ていない。父親とも離れている。そんな状況なら、一人で何とかしようとするのは当然だろう。
風邪を引いていても、雪が降ったとしても、誰もいない。誰かがやらなければいけないのなら、夏希がやるしかないのだろう。
「……一旦寝ろ」
だが、そんな時に自分を頼ってもらえなかったという事実が、少しだけ気になった。
「でも⋯⋯」
「大丈夫だから、寝ろ」
説得力はないだろうが、まずは体力を回復させる事が先決だろう。
「うん……分かった」
俺の言葉に素直に頷いてはくれた。それでもどこか不安そうだった。
――だからだろうか。
「大丈夫だ」
気付けば自然と頭に手を置いていた。子供をあやす様に、髪から額にかけて優しく撫でる。
「……」
「明日、大事なんだろ」
クリスマスイブ。おそらくだが、好きな人と会う日。そのための練習に、俺は付き合ったのだから。
「今日中に治しとかないと後悔するぞ」
「⋯⋯治るかな?」
「治るさ、無茶しなけりゃな。だからとりあえず目瞑れ」
「脇阪くんが言うなら、間違いないね」
残念ながら人の病気を治すような力はないが、それでも俺の言葉に少しだけ安心したのか、ゆっくりと目を閉じる。
そのまま黙って撫でていると、規則的な寝息が聞こえてくるまで、それほど時間は掛からなかった。
(⋯⋯こうやって寝顔見るのは二度目だな)
以前起きたビデオ通話事件の時のように、目の前に夏希の寝顔がある。画面越しではない、生の寝顔。⋯⋯変な気を起こさないようにと、直ぐに目を逸らす。
(⋯⋯さてと、一旦出るか)
完全に夏希が眠った事を確認してから、俺は静かに立ち上がる。 窓の外では相変わらず雪が降り続いていた。
自分の家の前も酷い事になっているだろう。午後勤の母が帰ってくる前に、自宅も何とかしておきたいが⋯⋯
(その前に、まずはこっちを済ませるか)
玄関先に放り出されたスコップを思い出す、確か近くにはスノーダンプもあっただろう。
「大丈夫だから、って言ったからな」
そう呟いて、静かに夏希の部屋を後にした。
「俺にここまでの事をさせたんだから、成功してもらわないと今度は怒るぞ?」
そうして眠っている夏希を一瞥してから、部屋を出る。
(正直、あまり気乗りはしないんだけどな)
俺が今日色々と手伝って、夏希の想い人に感謝されたとしても、俺としては何も面白くはないだろう。
⋯⋯だが、俺が夏希の想い人にどんな感情を持とうが、それは夏希にとっては関係無いことだ。
(今回はあくまでも、困ってる幼馴染の手助けをするだけだ)
そう言い聞かせて外に出る。本当に夏希の事が好きだと思うなら、彼女が幸せな事が、一番大事なのだから。




