26.ザマァの世界
〝悪役令嬢による攻略者及び攻略対象者絶対ザマァ世界〟
それがこの世界だとしたら聖女がこの世界に現れたとしてもきっと幸せになる事はない。あくまで他者を陥れようとした聖女に限るが、現に〝災禍の魔女〟と関わりのある聖女達の最期は悲惨なものだった。
その始まりがオルタナだ。
クレアであった時代に聖女として対峙したチェルシーは悪魔が作った魔道具と自身の魅了の力を使って攻略対象者を次々と陥落させ、ライバルとなる女性達を様々な手を使って陥れた。そして陥れられた令嬢の一人がクレアだ。
何故クレアだけが魔女オルタナとなり復讐する為に蘇ったのかは本人にすらわからない。他にもライバルとなる女性はいたはずだ。聖女は高位貴族であろうが平民であろうが男で顔が良ければ誘惑していたと記憶している。その後オルタナとして復讐を果たし生き続ける中セレスト、ディアナ、フィオナ、ルシールと魔女は増えて行った。
そこに共通しているのは?
「……全員国の代表、王太子や第二王子と言った王族と婚約していた?」
「せ~か~い!」
手を挙げたのはフィオナだ。
フィオナはプリュイ大陸を領域とする四番目の魔女。彼女は王族でも貴族でもない平民出身だった。しかし他の四人と違い彼女自身が〝聖女〟の認定を受けていた。幼い頃に力に目覚め教会でその力を行使する日々。力が尽きて気絶するように眠るまで酷使されていた。家に残る兄弟達の為に彼女は陰湿ないじめにも耐えながら聖女として力を振るい続けていたのだ。
しかしある時貴族家から聖女が現われ、それにより偽物扱いされてしまう。聖女として覚醒した貴族令嬢だがフィオナの方が能力的に優れていた為、それを妬んだ事による断罪が行われた。王太子はやせ細ったフィオナよりも肉付きの良い聖女を選び、婚約は破棄。フィオナは教会からも追放された。久しぶりに帰った実家はとうの昔に廃墟となり、親兄弟はすべて死んでいた。保護を求めていたというのにだ。怒りを通り越して虚無となるフィオナに追い打ちをかけたのが国王。聖女の力がフィオナに劣ると知ると彼女を再び王太子の婚約者に据えようとしたのだ。王太子はこれを拒否するが新たな聖女は傲慢で力は微弱。王族に迎えるのは足らない人間だと判断された。国王は息子と聖女を見限り幽閉。フィオナを孕ませ、子を数人生ませた後王太子諸共聖女を病死とする計画を立てていた。フィオナは囚われその身を国王に穢された。どこまでも勝手な連中を恨み、憎み憎悪した。そして聖女としての力が反転し、彼女は魔女となったのだ。
これが〝暗澹の魔女〟フィオナの物語である。
彼女は国王・王太子・聖女を国民の前で処刑した。その直後からその国は雨が止まぬ国となり現在は湖の底に沈んでしまっている。止まぬ雨の大陸プリュイはいつも雲に覆われ晴れる事は無い。この雨は真の聖女、フィオナの涙だと語り継がれている。
身分が平民だった事もあり彼女は〝災禍の魔女〟では四番目の魔女と呼ばれているが序列で言えば最下位だと自称している。オルタナ・セレストは元公爵令嬢でディアナに至っては元王女だ。ルシールですら伯爵令嬢という事もあり、貴族に苦手意識のあるフィオナはいつも表情は暗い。
そんな彼女も幼い頃思い描いていたのは『お嫁さんになる』事だった。教会に連れて行かれる前に好きだった男の子と将来は結婚するんだと、そう思い描いていた。その叶わぬ恋を今でも胸に秘めている。
他の魔女四人とは違い、彼女が婚約者である王太子を愛していた事は無い。しかし王族の婚約者という立場は同じだ。きっとこの世界の元は王族との婚約者ルートの世界線だったと推測できる。
「待って? わたしは違うわよ?」
不思議そうに首を傾げるのはルシール。確かに彼女は王族の婚約者という立場ではない。
〝狂恋の魔女〟ルシールは多くの男性の元を訪れる麗しの蝶だった。夜会やパーティに繰り出し様々な男性の元を渡り歩く奔放な女性。それがルシール。そんな彼女に婚約者はいなかった。
「だけどお前は王家の命令で動いていた」
「……」
王家の命令。貴族令嬢でありながら彼女はその持って生まれた美貌を駆使して諜報活動を命じられていたのだ。時には祖父程離れた男と、時にはまだ女性を知らぬ若き少年と。父親の命令であり、王家の命令で彼女は身を削ってその役目を果たしていた。
同じ女性からは白い目で見られ、男性からは好色な目で、偶に嫌悪の目で見られ疲弊しながら彼女は飛び回る。愛した人の為に。
「……一緒になれるなど、思ってなんかいなかったわ。だって私……汚れているんだもの」
そうポツリとこぼしたルシールは今も尚傷ついている。ここにいる五人全員が傷を負い、今もその傷が癒えずにいるがルシールは傷ついていない顔をする。事実を述べ、当たり前だと割り切るしか出来なかったのだ。
立場の危うい王子の為の地盤を作らなければならない、そう父に促されルシールは父と同年の男に初めての夜を捧げた。その夜の翌日、彼女の目からは涙が零れ止まる事は無かった。だが得た情報により、王子の地盤は固まっていく。ルシールが飛び回れば飛び回る程、王子の立場は頑強なものとなっていったのだ。それを王子が知る事は無い。目が合えば嫌悪される程嫌われていたが、彼の為にとルシールは飛び回るのを止めなかった。
それがあの日、全てが砕けた。
王子の隣に立つのは聖女。見た目は清廉で穢れを知らない無垢な女性。
だけどルシールには解った。彼女は自分と同じだと。目的の為には他者を踏み台にする事を厭わない女だと。その踏み台が、ルシールの好きな男性で今聖女の隣に立つ王子だとしてもだ。
王子の地盤は崩れていく。聖女は王太子である王子の兄を手に入れる為、王子を踏み台にしたのだ。立場の悪くなった王子はすべての責任をルシールとその父になすりつけた。父はルシールを捨てすでに逃亡し、捕らえられたルシールは国家反逆罪とされ処刑される事になる。処刑の前夜、聖女はルシールを捕らえた牢屋の前で王子の行く末を面白可笑しく語る。聖女の王子を奴隷として飼うという発言にルシールの中で何かが弾け、気づけば聖女は肉塊となり血溜まりが出来、ルシールは魔女となっていた。多くの男性との交わりによって得た『気』が怒りによって爆散し、聖女を殺めた。行き場のなくなった神聖力はその場で霧散する筈だったがルシールの無意識に使っていた『包容』というスキルが神聖力を包み、彼女の中に取り込まれる。そして神聖力は魔力に変換され、ルシールは魔女へと変化したのだった。
これが手の届かない愛する男性の為にその身を堕としてまで支えたルシールの物語。
王子も攻略対象者だったのかは今となっては定かではない。しかしその可能性は高く、悪役令嬢としてのルシールの立ち位置も申し分ない。仮説ではあるがきっとそうだろう。
「〝悪役令嬢による攻略者及び攻略対象者絶対ザマァ世界〟……。長いので〝ザマァ世界〟でよろしくて? この〝ザマァ世界〟の聖女は必ず身を亡ぼすという事でしょうか?」
首を傾げるのはセレストだ。
そしてその問いにオルタナはこう返す。
「絶対かどうかは定かではない。私の生きた時代にも聖女伝説はあったけど魔女は訊いた事もなければ聖女が身を滅ぼしたという話も訊いた事なかったよ。あくまで人を冤罪や濡れ衣を着せて陥れた聖女に限る話だろう。それに……フッ」
「どうかしましたか?」
失笑を溢すオルタナ。心底馬鹿にしているのは感じられるが一体なんだというのだ?
「ゲームとやらの聖女って……転生者かなぁ?」
「「「……?」」」
「私が言ってるのは異世界人達の世界でやっていたというゲームそのものの話だ。その中の主人公達って自分が異世界人だった記憶があったのか? 力が覚醒したというらしいが私が殺した聖女の記憶からはゲームの聖女はあくまでこの世界の一般人。身分もただの平民の孤児だった。何が言いたいか、わかる?」
ゲームそのものの聖女達はあくまでゲームの中の世界に生きていたその世界の人間。―――つまり
「転生……もしくは転移や憑依で聖女となった、この世界の聖女は」
「聖女としてこの世界の記憶を持っていること自体がイレギュラー……!」
「世界から見れば聖女こそが異物という事、ですか」
「そう、そう解釈すると辻褄が合う」
「「「辻褄?」」」
ニッと口角を上げるオルタナは悪い顔をしているに違いない。
「私達が魔女となった理由」
「「「!!?」」」
「理由があるとすればそれだろうな。業を背負わせる神もどうかと思うが、異物排除に私達が選ばれたんだろうよ。聖女に恨みを持ち、でも人を愛し、憎み切れない私達が……ね」
「……そんな」
感謝すべきか? それとも罵倒するべき?
悪魔がいるんだ、神がいても可笑しくないし、実際魔界からこちらに戻る際の転生先を神は用意してくれた。割と融通が利くのかそれとも私だったからなのか。
「エリスはなんか知ってるかな……」
今日のお茶請けを作り上げた、すっかり料理が趣味となった大悪魔エリス。彼もこの世界の住人だが私なんかよりも長い時を生きている分、何か知っているかもしれない。
「知っていたとしても、どうしようもないわよぅ。私の愛しい人は私のものよ」
口を尖らせ不貞腐れるルシール。その態度に体を強張らせていた面々も徐々にほぐれていく。
「そうじゃの。妾も、好きにしておる。神の怒りに触れる行為であるなら、とうの昔に裁かれておるじゃろう」
「そうよぅ。でも、なーんにもお咎めなしだわ。だから好きにやるのよ」
異物排除の為の存在が私達だというのなら、この世界は私達が支配者という事で合ってる。神は存在すれど人々を見守るだけで基本干渉はしないのだろう。だからこそ、直接手を下せる存在が欲しかったのだ。
正義の鉄槌を下す存在を夢見たのかもしれないがそこは人間だし。オルタナに至っては悪魔と契約しちゃったし。神は人間の怨みは恐ろしいと理解は出来ただろうか。
「私達は恨みの感情が勝った為に天に向かう事が出来なかった。神から権限を与えられておきながら、神を信じない異端者。だけど悪魔にも成り切れない半端者。さしずめ『堕天使』といったところかな」
「ふふっ! 『堕天』だなんて。天に昇ってすらおりませんのに?」
「む、それもそうか。じゃあやっぱり半端者だね。本物の天使が怒りそうだ」
「まぁ、怖い。返り討ちにして差し上げましょう」
「セレストは攻撃的じゃったか? 意外じゃの」
「あら、平穏を脅かすのならご理解いただくだけですわ」
「そうですね。私も……迎え撃ちます」
血の気多いなぁ、と感心するオルタナであった。
仮説であるが当たらずしも遠からずだろうとオルタナ自身はそう思っている。そして自分達が『天使』となれなかった理由があるとしたら、それはオルタナの責任だとも解釈している。
すべては神の御許に向かう前、悪魔の手を取ったオルタナの責任だ。
悪魔の手を取ってしまった場合の世界線となったのがこの世界なのだろうと、オルタナは解釈していた。
時を戻す事など出来ない。物語の中で主人公やそれに近しい人物が過去をやり直そうと時間を戻す事がある。自分の一族に備わっている力、魔道具、神に愛されていたからなど、様々な理由で時間が巻き戻る。
だけどそんな事はあり得ない。人一人の感情、命程度で時間が戻るものか。戻った先で不自由を被るなど代償があったとしてもそんなモノ代償にもなりはしない。何百、何千、何万、何十万もの人間や動物、この世の全ての生物の運命をたかが一人の人間の感情で元に戻せる訳がないのだ。
所詮は物語の中の話。現実はそう甘くない。




